24 ナヴァロの家
ゆっくりと日が沈んでいく。ちょっと出るのが遅すぎたかもと仁那は足早にナヴァロの家に向かって歩いていた。人や馬車が通ることで、道は土が固く押し詰められ雑草なども無く歩きやすい。
治安の良い日本に住んでいた仁那は、少しづつ村にも慣れ、街を歩くことに不安感はなかった。朝から調剤場で根を詰めて薬を作っていたので、気分転換に散歩をしているような気分でいた。
しかし、ある程度進むと民家は無くなり、ナヴァロの家までは薄暗い木々の茂る場所などを通っていく。そんな人気のない道に少し不安が芽生える。
仁那はふと先程聞いたゴブリンの話を思い出し、周囲を見渡す。
村の周りには高くはないが木の柵で囲いは作られている。小さな魔物などは簡単に入って来れるが、基本的に村のように人の生活圏にはあまり魔物は寄り付かないという。
――大丈夫。村の中だし。
後ろからついてくるフィンを見て、こういう動物なら危険な魔物が居ればすぐに教えてくれるかも知れない。そう考えると少し気が楽になる。
実際はトラックに轢かれそうになっても逃げようとしなかったように、フィンの体は人だろうと魔物だろうと、おいそれと害することなど出来ない。後ろから三人の冒険者がこっそりとついてきていても危機感すら持つことはないのだが……。
やがて先に小さな家が見える。家の煙突からはモクモクと煙が上がっているのが見えた。そんな人の生活の気配で少し元気が出た仁那は小走りに家まで行く。
ナヴァロの家は、周囲を取り囲むように柵で囲まれている。その柵の扉を開け、中に入っていく。家の門までたどり着いた仁那はノックをしてドアを開いた。
「すいません。アニーの使いできました」
「おお、すまんな中に入ってもらっていいか?」
「はい。おじゃまします」
「フィンは外で待ってて」
「にゃあ」
流石に他人の家に猫を連れて行くことに躊躇いを感じた仁那がフィンに声をかける。フィンはまるで言葉が分かるのかドアの外にチョンと座り仁那を見上げる。
「ふふふ。いい子ね」
そしてそのままアニーと一緒に来たときの事を思い出し、中に入っていく。リビングに行くと、台所でナヴァロは何かを作っていた。前回は何もついていなかったが今のナヴァロの足には義足なのだろう、木の棒が伸びている。
「ちょうど夕食を作ってたんだ。薬。だろ?」
「あ、はい。テーブルに置いておきますね」
「ああ。ちょっと待ってくれよ」
仁那が机の上に薬を置いて振り向くと、ナヴァロはひょこひょこと杖を突きながら棚に向かい、そこからお金を取り出して戻ってくる。
「大丈夫ですか?」
「このくらいの移動なら問題ないさ。ほら。ありがとよ」
お金を受け取った仁那は、不自由な体で料理を作っているナヴァロを見てこのまま帰ることを躊躇する。
「あの……お手伝いしますか?」
「いや。大丈夫だ。毎日やってることだからな。それよりもうじき暗くなる。君は街から来たんだったね?」
「は、はい」
「こんな村では街頭も無い。暗くなる前に帰りなさい」
ナヴァロに言われ、窓の外を見るとたしかに先程より少し暗くなってきている気はする。仁那は、再度お礼を良い家から出ていこうとする。
「……明日とかになりますが何かお店でお使いするものとかあれば……」
「ははは。大丈夫だよ。孤児院の子たちが小遣い稼ぎに定期的にやってくるからね」
「あ、なるほど。じゃあ、またお薬持ってきますね」
「ああ。ありがとうな」
「こちらこそ、それでは」
「はい。おやすみ」
「おやすみなさい」
……
ナヴァロの家を後にした仁那はちゃんとお使いを済ませたことに一安心し、薬屋に向かって歩いていた。
家から少し歩いた時だった。距離にしては百メートル程だろうか。木々でナヴァロの家が見えくなったあたりだ。
突然、仁那の耳に声が聞こえた。
「ほら、ちゃんと戻ってきただろ? 賭けは俺の勝ちだな」
「ちっ。こんな夜更けじゃお泊りかと思ったのにな」
「まったく下らねえ賭けなんてしやがって。結局美味しい思いが出来るんだ。これで良いじゃねえか」
「ぎゃはは。ちげえねえ」
その下卑た声に仁那は驚き足を止める。声の方を振り向けば木の陰から一人の男の姿が見えた。前の方にも仁那の行く道を塞ぐようにもう一人の人影が現れる。
焦った仁那が後ろを振り向けば、そこにも一人の男が立ちふさがっていた。
仁那はすぐにその三人が誰か分かった。毒消しを買いに来た冒険者だ。三人の会話やその視線に身の危険を感じる。
「やあ。お嬢ちゃん。こんな時間に独り歩きはあぶねえぜ」
ナックが仁那に向かって一歩踏み出す。仁那はナックの言葉には応えず三人が居ない藪の中に向けて走り出す。
「おっと。どこ行くんだい?」
仁那が走り出すのと当時に男たちは仁那を取り囲むように走り出した。仁那と比べ大柄な男達はすぐに仁那に追いつく。あっという間に囲まれた仁那は、恐怖に怯え、声も出ない。
「やっぱり上玉だ。こんなの街でもなかなかお目にかかれねえや」
「だけどよお。ナック。まだガキじゃねえか。俺はでけえ乳が好きだぜ」
「そう言うなビル。見ろをこの怯えた顔をよ。ひっひっひ。堪らねえぜ」
「くっくっく。おめえも好きだなあ」
三人は逃げ場を無くし固まっている仁那を前に下卑た笑いで更に仁那を恐怖に陥れる。舌なめずりをしながらナックが仁那に近づいていく。仁那が後ずさりをするがその背中をヌージーが羽交い締めにする。
「嫌っ!」
「なあに、すぐに楽しい思いをさせてやるぜ」
「にゃあ!」
「なんだこの猫。邪魔だ!」
足元で抗議をするようにフィンが鳴く。ナックがそれに気がつき足蹴にしようとするがフィンはフッとナックの足を避けスッとその姿を消す。
「……んあ? 今のは?」
突然姿を消したフィンにナックが不思議そうな顔をするが、他の二人はそれを見ていない。あたりを見回しているナックにビルが声をかける。
「どうした?」
「いや、そこに猫が……」
「猫? どこだ?」
「……まあいい。今はこっちが大事だ」
ナックはすぐに目の前の美味しい果実に意識が向く。
追い詰めた獲物を前にナックはニヤニヤと笑いながら仁那に近づいていく。仁那は顔を強張ら背必死に逃げようともがいている。
力の差は決定的だった。羽交い締めにした腕はピクリとも動かない。
ナックはそれを見て満足そうに仁那の胸に手を伸ばす。
子供とはいえ、仁那はもう14歳だ。目の前の男たちが何をしようとしているのか既に理解をしていた。必死に体をよじり、腕で自分の胸を守ろうとする。
「ひっひっひ。良いぜ良いぜ。そうやって嫌がってくれたほうが、より興が乗るということよ」
そんな仁那の態度がナックの欲望を更に膨らませる。
「お前ら。何をやってるっ!」
ナックが再び仁那に手を伸ばそうとした時。三人の後ろから怒鳴り声が響く。三人が慌てたように後ろを振り向くと、テオが息を切らせ三人に向かって走ってきていた。
……
……。
テオは三人に見つからないように距離を取って村の中心地からつけてきていた。三人も仁那に気が付かれない様にと仁那から距離をとっていたため、先に仁那が歩いていることには全く気がついていなかった。
この先にはナヴァロの家があるだけだ。テオは嫌な予感を感じていた。もし片足のナヴァロの家がこの三人に襲われたらきっと太刀打ちできないだろう。
村の人達を呼ぶか躊躇していると三人がふと足を止める。しばらく遠くから様子を伺っていたが動く気配もしない。
――あいつら何をしているんだ?
テオも藪の中に隠れ、どうしたものかと悩む。
そのまま時間は過ぎていくが三人は動く様子はない。わけも分からぬまま動けずに居ると三人に動きがみえた。
ナヴァロの家から誰かが歩いてくる。三人はそれを取り囲むように動いた。
見れば取り囲まれているのは仁那じゃないか。
――ニナ? なんで?
そのまますぐにニナが三人から逃げ出すのが見えた。
……当然テオが大人の冒険者三人になんて、とても敵わないことは分かっている。村に戻り、助けを呼ぶことが正解だとも。
――くっそ……。
しかしそれでは間に合わない事もわかってしまう。
悩むのは一瞬だった。
テオは三人に向けて走り出した。




