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第39話 夏景色

 私たち中学、高校生の女子は、とにかくお腹がすく年頃だ。

 お昼前に海岸の清掃を終わらせた私たちを迎えたのは、地域の人たちが設営した幾つものテントだった。

 そしてそこからは、海産物を焼くいい匂いが漂ってくる。

 私たちは匂いに釣られるように駆けだした。


「いらっしゃい」


 鉢巻を巻いたおじさんが網の上で海老や貝を焼いている。また別のところでは、魚の切り身を炙っていた。

 予想以上のご馳走が並んでいるのを見て、私たちは大いに盛り上がった。

 眼を輝かせる少女たちに、大きな海老を焼いていたおじさんがニコリと笑う。


「地元で採れたものばかりだけど、どれでもいっぱい食べてっとくれ」

「食べ放題ですか!?」


 私たちは成長期の空腹を満たすべく、そこにあるものを順番に食べていった。

 周りのボランティアの多くは、大抵そこそこ年齢のいった大人の人だったので、旺盛な食欲の私たちを遠巻きに見て感心していた。

 そして、私たちのグループの中でも、際立っていたのが律子先生と康太だった。

 わき目もふらずガツガツと食べ続ける律子先生に、この葉先輩が呆れ顔を見せる。


「ねえ瑞希、あれどう思う?」

「何だか犬みたいにがっついてるわね」

「山田君は男の子だし食欲旺盛なのは分かるけど、先生は食べすぎじゃない?」


 二人の話し声が聞こえていたのか、律子先生は先輩たちに鋭い眼を向けた。


「いいでしょ。こんなご馳走滅多に食べられないんだし。それに帰りの運転があるからビールも飲めないでしょ。その分たらふく食ってやるんだから」


 海鮮バーベキューでウーロン茶をガブガブいっている律子先生を眺めつつ、私はまた、先生のイメージが崩壊していくのを感じていた。


 お腹が膨れて、しばらく休憩したのち、私たちは一度合宿所に戻って水着に着替えた。

 なんでも午後から、親睦会と称したビーチでのイベントがあるらしい。


「ビーチのイベントと言えばスイカ割りよね」


 律子先生はなんだか意気込んでいる。

 どうやらこういった行事が好きみたいだ。


 しかし……


 私は露出の多いビキニに着替えた律子先生をまじまじと見てしまう。

 あれほど食べていたのに、ウエストが締まっている。しかも出るところは出過ぎているくらいに出ている。

 いつも白衣を着ているので気付いていなかったが、脱いだらすごい人だった。


「フジコね……」


 唄子がぼそりと言ったひと言に、私も全面的に共感した。

 確かにあのサル顔の三代目大泥棒が熱を上げている怪しい女そのものだった。

 いつか私も、あのくらいまで育つのだろうか。

 私が自分の胸に目を落とすと、隣で唄子も同じように自分の胸に視線を向けていた。


 ビーチに出ると、真っ先に瑞希先輩が波打ち際に走って行った。


「ひゃー!」


 勢いよく駆け込んだ海に、先輩が黄色い声を上げる。

 続いて私たちも海に駆け込んで、予想以上の海水の冷たさに、楽し気な悲鳴を上げた。


「きゃー、きもちいいー」


 穏やかな遠浅の海は、高くて青い空を映す。

 唄子と手を繋いでいれば、その景色はどこまでも美しかった。

 それかしばらくキャーキャーはしゃいでいると、遅れて康太がビーチに姿を見せた。


「山田くーん、こっちこっち」


 瑞希先輩が大きく手を振ると、遠目の坊主頭はすぐに気付いて真っ直ぐに走って来た。


「遅かったじゃない。何してたの?」


 私が尋ねると、康太は遅くなった事情を説明した。


「交流会の実行委員の人に、スケジュールの説明を受けていたんだ」

「ふーん、で、どうゆう流れなの?」

「あと一時間後くらいにスイカ割りするんだって。それからビーチフラッグスをするって」

「ビーチフラッグス?」


 少し聞き慣れない言葉に首を傾げると、この葉先輩が詳しい説明をしてくれた。


「ビーチフラッグスっていうのはね、砂浜でフラッグを奪い合うライフセービングの競技なの。開始の合図とともにうつ伏せの状態から素早く立ち上がって、20メートルほど先にあるフラッグを先に掴んだ人が勝ちなの」

「へー」


 唄子も知らなかったみたいで、私と一緒に感心していた。


「私はパス。あんなの男子が勝つに決まってるし」


 面倒臭そうに瑞希先輩が手を振ると、康太は少し補足した。


「男女別でやるらしいですよ。それと優勝者には賞品も出るみたいです」


 賞品と聞いて、瑞希先輩はすかさず聞き直す。


「賞品? どんな?」

「さあ、そこまでは」


 何が貰えるかは判然としなかったものの、瑞希先輩は俄然燃え出した。


「よーし、じゃあ男子の方は山田君が賞品を貰って、女子の方は私らの誰かが貰って帰ろうよ」


 どうやら瑞希先輩は本気みたいだ。勝利に対する執念、いや、賞品に対する執念の様なものが全身から溢れていた。


「よし! そうと決まれば練習よ!」

「え――」


 私と唄子とこの葉先輩、そして康太も同じ様に声を上げた。

 折角海まで来たのに、泳がないで砂浜を走るなど考えられない。

 先輩のやる気は立派だけど、ここはまったりと水遊びをしたい。

 そして、この葉先輩は私たちを代表して瑞希先輩に進言してくれた。


「ねえ瑞希、折角海に来たんだしのんびり泳いだりしようよ。ビーチフラッグスは勝てたらラッキーぐらいでいいじゃない」

「そんなの駄目よ!」


 瑞希先輩は拳をグッと握った。

 眼が燃えている。実際に燃えているわけではないが、何だかメラメラしたものがその瞳の奥にはあった。


「みんなで一つのことを成し遂げる。結束こそが私たちの一番の強みじゃない。ね、そうだよね!」

「まあ、そうかも知れないけど……」

「海は逃げたりしないわ。でも、ビーチフラッグスは一度きり。勝利を掴むことができたらきっと最高の思い出になる。そう思わない?」

「いや、最初にあんた『私はパス』って言ってたよね……」


 すったもんだの末、最終的に瑞希先輩に押し切られた私たちは、ビーチフラッグスの練習をさせられた。


 それからイベントの開始時間となり、まずスイカ割りが始まった。

 大玉の西瓜は五つあり、女性から優先的に始めたスイカ割りの一つ目は律子先生が見事一刀両断して見せた。

 あとで聞いた話だが、律子先生は、なんでも中学、高校時代と剣道をやっていたらしい。

 大きな胸を揺らして西瓜に一太刀浴びせた律子先生に、多分男性諸君はくぎ付けだっただろう。

 甘い西瓜を堪能してからしばらくすると、アナウンスが入った。


「では、ビーチフラッグスを開催いたします。参加希望の方はこちらへお並び下さい」


 瑞希先輩は待ってましたと言わんばかりに列に並ぶ。

 私たちも、そのあとに続いて並んだ。


「がんばってねー」


 律子先生が食べかけの西瓜を手に、無責任なエールを送って来る。

 そんな先生を横目に、隣の唄子は集中し始めていた。


「彩夏、やるからには一等獲ろうよ」


 負けず嫌いの性格が、ここで顔を覗かせた。

 私は軽くため息をつきつつ、どうしてこうも砂浜を走ってばかりなのだろうと、心の中でその運命の皮肉さに感心していた。

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