第40話 ビーチフラッグス
スイカ割りに続いてのイベント、ビーチフラッグスが始まった。
男性に比べて女性参加者は少ない。
私は十余名のメンバーを見回し、ひょっとしたらいけそうかもと、気の早い皮算用をしていた。
そして、男性は三つの班に、女性は二つの班に分けられた。
先輩たち二人とは違う班になってしまったけれど、唄子とは同じ班になれたので、一旦は安堵した。
「あの人、速そう」
唄子が小さく指さした先に、日焼けした大学生くらいの女の人が軽く体を動かしていた。
後ろに括った髪は唄子と一緒だが、どことなく精悍な印象の人だった。
私たちの視線に気付いたのか、そのおねえさんは私たちの元へとやって来た。
「中学生?」
「あ、はい。二年生です」
「その歳でボランティアなんて偉いわね」
おねえさんは白い歯を見せて、ちょっと素敵な笑顔をくれた。
「私らは地元の大学でボランティアサークルをしてるの。こういった研修会であなたたちみたいな子と交流できるのを楽しみに今回参加したのよ」
大学のボランティアサークルか。こういうサークルのある大学に、瑞希先輩とこの葉先輩は進学するのだろうか。
「あなたたちは個人で? それとも部活なの?」
「あ、私たち風ノ巻中学のボランティア部なんです。そこにいる卒業生の先輩二人も高校でボランティアサークルをしています」
「へえ、何だか楽しそうね」
そして、おねえさんはスッと手を差し出した。
「川尻結衣です。よろしくね」
「志藤彩夏です。よろしくお願いします」
「鳴瀬唄子です。よろしくお願いします」
おねえさんと握手を交わしてしばらくすると、運営によるルールの説明が始まった。
ルールは先ほどこの葉先輩から聞いたのとほぼ同じ内容だった。
女性の参加者は十二名。
まずは各々の班の六名で、三本のフラッグを取り合い、三名ずつ選抜する。
勝ち上がった者で、また同じようにフラッグを取り合うことで、最終的に一対一の構図になる。
そして、決勝戦で一本のフラッグを取り合って勝ったものが優勝するのだ。
「では女性の部、第一組、用意してください」
先輩たちは私たちに手を振りながら、スタート位置に向かっていった。
フラッグから見て、反対方向にうつぶせになった状態から競技は始まる。
「よーい」
ピーッ!
鋭い笛の音と共に反転し、先輩たちは駆け出した。
勢いよくスタートを切った瑞希先輩とこの葉先輩は、スピードに乗れず失速していった。
そして結果は、二人揃って一回戦敗退だった。
「ハハハハ……」
唄子と私は顔を見合わせて苦笑してしまった。
つまり私たちが頑張らないと、もうあとが無いということだった。
そして、私たちの番がやって来た。
「行くよ、唄子」
「うん。がんばろう」
六人の中でフラッグを取れるのは三人。
私の隣には、さっき自己紹介をした精悍なお姉さんがいる。
いきなりこの人とフラッグの奪い合いになるなんて。
見た目スプリンターな大学生と、見た目運動音痴の中学生。
誰が見ても勝てそうにない相手を前に、私はあの体育大会を思い出していた。
あの八十メートル走で、コータもこんな気持ちだったのかな……
陸上部の精鋭がずらりと並んだスタートラインで、野球部のダークホースはどんなことを考えていたのだろう。
皆がうつぶせの態勢を作る。
私の心臓は音が聴こえそうなほど高鳴っていた。
「よーい」
ピーッ!
私は反転して駆け出した。
髪の毛を指から離したことで限界突破が解け、視界がモノクロになる。
踏み出した足の裏に砂の感触。
唄子と走ったバカヤローの砂浜の感覚が、一気に甦った。
「イケー! アーちゃん!」
康太の声援が私の背中を強く押した。
二十メートルはあっという間だった。
視界の隅で唄子がフラッグに跳びついているのが分かった。
そして、私もフラッグに跳びついていた。
「いやー、本気で負けちゃったわ」
フラッグを手にした私に、おねえさんは体に砂を付けたまま、ポンと肩を叩いてきた。
「もしかして、ビーチフラッグスの経験者?」
「いえいえいえ、そんな大したもんではないです」
恐縮した私に、おねえさんは「ふーん」と返す。
「やっぱり若さには勝てなかったわ。これは佳織にリベンジしてもらわないと」
「佳織さん?」
「ほらあそこにいる背の低い子。うちのサークルの後輩なの。元陸上部よ」
第一組で断トツの速さでフラッグを取った人だった。
元陸上部と聞いて、私の戦意は喪失してしまった。
それから私と唄子はもう一つ勝ち進み、準決勝までやって来た。
唄子は小休止をしている私の隣に座った。
「なあに? 浮かない顔ね」
「まあね。さっきのおねえさんに聞いたんだ。次の対戦相手に元陸上部がいるって」
「へー」
感心しているみたいだけど、怖気づいている感じは一切なかった。
「次は四人で二本のフラッグを取り合うわけじゃない。唄子はいいけど、私はあの人の隣だよ」
「だから何?」
私の言いたいことが伝わっていないのか、唄子は聞き返して来た。
「だから、勝ち目はないって言ってんのよ」
「何言ってんの?」
弱気な私に、唄子はちょっと食って掛かって来た。
「あの人、元陸上部って言ってたよね。陸上にも色々あるでしょ」
「まあ、色々あるわね」
「あの背格好、私は中長距離の選手と見た。ブランクもありそうだし、恐らく瞬発力は無いはずよ」
「ふむふむ」
「きっと体重も増えてるから砂に足を取られるはず。彩夏はチビで痩せっぽちだから有利よね」
「今ちょっと傷ついたけど、そのとおりだわ」
「私たちはあのバカヤローの砂浜を死に物狂いで走った。グランドでも速く走れるようになったけど、私たちが真価を発揮できるのは砂浜よ。言わせてもらうけど、私は最初から彩夏以外はライバルだとは思ってない」
そして唄子は私の手を取って立ち上がった。
「決勝戦で一騎打ちよ。それまでは負けたら承知しないんだから」
そして準決勝。
唄子の予言は的中した。
出だしでは元陸上部に負けてたものの、十メーターを超えたあたりで彼女は失速した。
最後までスピードを落とさずに飛び込んだ私と唄子は、ほぼ同時にフラッグを掴んでいた。
そして唄子の望んだとおり、私たちは一騎打ちで決着をつけることとなった。




