八十四話 忠告の物語
「これが、私が楓さんとここで暮らしている馴れ初めです。」
「……。」
「恐ろしいですか?」
ゆづるはただただ固まるしか無かった。でも一つだけ言えることはある。
「…楓さんも望んでいることならそれが閻魔大王様たちの愛のカタチだと思います。」
「ふふっ。ご理解いただけて嬉しいです。私があなたに伝えたいのは妖怪は欲深いということです。関われば関わるほど執着し、暴走する。私の様にね?」
「…それって早く帰った方がいいってことですか?」
「受け取り方はお任せします。さぁ、長話をしてしまいましたね。皆さんの元に返しましょう。牛頭丸さん、馬頭丸さん。」
「はっ!人間、こっちだ。」
ゆづるは先程の話に少し恐怖を抱きながら牛頭丸たちについて行った。
「あの、牛頭丸さん馬頭丸さん。楓さんって…もしかして」
「余計な詮索は頂けない。ここでは閻魔大王様が全て。」
「あぁ、閻魔大王様が決めたことに口出しをするな。」
「ご、ごめんなさい。」
ゆづるは気づいてしまった。楓さんは…気づかず妖怪の薬を飲まされ生かされている。彼女は知らないのだ。自分の状況を…もしかしたら自分も気づかないうちに…
ゆづるはただただ嫌な気持ちを感じた。怖い、恐ろしい。自分の妖怪に対する気持ちが戻っていく。
「…大丈夫か人間。汗がすごいぞ?」
「無理もない、妖怪とはそういうものだ。人間、お前は妖怪のいい所しか見ていない。人間同様、残酷なところもあるのだ。」
「…。僕…帰りたい。」
「?皆の元に戻らなくていいのか?」
「…帰りたい。」
「堕ちたな…恐怖に。妖怪に恐れを見せるといけない。喰われても仕方がない。」
牛頭丸がそう言うと持っていた槍を大きく振り上げゆづるに向かって勢いよく刺しに向かった。
ゆづるは恐れのせいで動けない。
もうダメだと感じたその時、
「ゆうちゃん!!」
飛んできた苦無が牛頭丸の槍を弾いた。
苦無が飛んできた先にいたのはネコだった。
「大丈夫でありんすか!?」
「お前、どこから?」
「怪しいと思って後をつけたでありんす!ゆうちゃんに何をしようとしたでありんすか?」
「こいつは恐れを表した。この意味が分かるだろ?」
「…ゆうちゃん?」
「怖い…」
「閻魔大王と何を話したでありんすか?」
「……閻魔大王様が妖怪は欲深い…って…それで…それ…で」
子供ながらごちゃごちゃした言葉を必死に伝える。ネコはそんなゆづるの震える手を優しく包んだ。優しく、優しく。
「怖かったでありんすね。大丈夫でありんす。ゆうちゃんの周りの妖怪は怖いでありんすか?」
「…分からない。みんな優しい…でも嘘だったら?」
「嘘じゃないでありんす。皆、ゆうちゃんのことが大事でありんす。だから、ゆうちゃんには安全に元の世界に帰って欲しいでありんす。」
「…ネコさんは、人間のこと嫌いでしょ?どうして…気にかけてくれるの?」
ゆづるは一つ一つ答えを求めるようにネコに問う。
「確かに、人間は嫌いでありんす。でもゆうちゃんは優しいでありんす。アチキの知っている人間とは違う。妖怪もそう、皆が同じ欲深いとは限らないでありんすよ?」
ゆづるはだんだん安心してきたのか、顔から恐れの表情が解けてきた。
「ありがとうネコさん。」
「…恐れを解いたか。」
「つまらん。」
牛頭丸と馬頭丸はやれやれとため息を着く。すると向こうから誰かが歩いてくる音が聞こえる。
「あら?あの時の子ね!」
「…楓さん?」
「楓様!?」
「お体に触ります!お部屋にお戻りに…」
「ありがとう。でも彼と少し話したいの。」
楓はゆづるに近づくと深く頭を下げた。
「ごめんなさい。吉野さんがあなたを怖がらせたみたいで。」
「いえ、事実を言われただけですから。」
「そうかしら?あなたの隣の妖怪さんは怖そうには見えないけど。確かに吉野さんの言っていたことは事実かもしれない。でもあなたが見た景色も事実そのものよ?」
「見た景色?」
「ゆうちゃんから見てアチキたちはどう写ってたでありんすか?」
ネコは優しくゆづるに問いかける。ゆづる本人もゆっくりと今までの思い出を振り返った。
『福呼び食堂』、みんなとの出会い、百鬼夜行…どれも楽しく温かい、それに…
「一緒にいて安心する。」
「なら、それはあなたにとっての事実よ。」
楓はニコリと笑うと再び口を開いた。
「あと、私は全てを知って今を受け入れているの。心配してくれてありがとう。」
「え!?そうなの!?」
「あはは!やっぱり!だから大丈夫!これはちゃんと私の決めた道よ!」
「そうなんだ、勘違いしてごめんなさい。」
「いいのよ。それが自然な反応。久しぶりに人間と話せて嬉しかったわ!気をつけて帰ってね。」
「ありがとうございました。」
「ありがとうでありんす。」
「ふん、では行くぞ。」
手を振る楓と対照にゆづるは軽くお辞儀をし、牛頭丸と馬頭丸についていった。
「おやおや、少し怖がらせ過ぎましたかね。申し訳ないことをしました。」
ふわっと楓の後ろから優しい声が聞こえた。吉野もとい閻魔大王だ。
「吉野さんは彼がまたこちらの世界に来ないようにするために言ったんでしょ?それなのに私、励ましちゃった…ごめんなさい。」
「いいえ、これでよかったんですよ。きっと彼の気持ちは整理できたはずです。私たちは見守りましょう。」
「そうね…ねぇ、吉野さん。いつになったら本名を教えてくれるの?」
「おや?私は吉野ですよ?あなただけのね。」
「…ふふっ、そうね。そうだった。」
閻魔大王は楓に名前を知られるのを恐れているが、楓自身もうとっくに気づいていた。彼女が閻魔大王本人から打ち明けてくれる日を待っていることは誰も知らない。




