13.召喚士と召喚獣の在り様3
「お、おかしいじゃないか。どうして俺が。お前ら、なんで石化していないんだよ」
大賢者が施した防壁が素晴らしい仕事をしたからである。
「世の中、悪いことはできないようになっているんだよ」
エタンは平然と返すも、マルタンも同じことを疑問に思っている風なのがひしひしと伝わって来る。グランなどは素直に、『そうなんだな!』と納得し(うちの子、可愛い)、パッシオネは戦闘に疲れたとばかりにその場に寝そべっている。
「街で噂になっている石化した召喚獣ってのはあんたのだな?」
「そ、それがどうした!」
今や、男はエタンに対して言い知れない恐怖を感じている様子だ。怯えを、声を大きくすることでなんとか堪えている。
「俺やマルタンを、そして自分の召喚獣を囮にして逃げようとした。同じように以前も召喚獣を見捨てたのか?」
『えっ?!』
「お前、まさか、捨て石にして逃げたのか?!」
グランが愕然とし、マルタンは咄嗟に逃げたのではなく、わざとなのかと目を剥く。パッシオネは投げ出した両前足の上に顎を乗せて目をつぶっている。
「いや、噂を聞いて、石化というのはどれほどのものかと」
男はマルタンと同じく、そこそこベテランの召喚士に見えたが、災害級の一歩手前の妖獣を相手に取れるような腕前ではなさそうだ。
「マルタンからしてみたら、危険は回避するタイプらしいじゃないか。ああ、そうか。戦うように仕向けたのか」
エタンの言葉に男は肩を大きく震わせる。
「当たり、か。どうしてそんなことを? 無理を承知で召喚獣を強く育てようとしたのか?」
あれこれ聞かれるうちに、我慢することができなくなったようで、男は叫び返した。
「ああ、そうだよ! 無理だと分かっていて、向かわせた! ちょうど、新たな召喚獣を得たんだ。新人のころに得た召喚獣はもう弱くて邪魔になっていたんだよ」
男の言葉に、グランは言葉もなく、ただただ呆然と見つめている。
男は更にままあることだ、使わないし、召喚書の外に出して魔力を持っていかれる方が嫌だと言い募る。
エタンは反吐が出そうになる。全ては言い訳だ。そんなものをグランに聞かせたくなかった。エタンの格好良い召喚獣はとても素直で健気で、一心に召喚士を慕う。違った召喚士と召喚獣の関係性、在り様もあると知らせるのは良いが、こんな一方的で自分勝手な言い分を知らせたくなかった。
「だったら、契約を切れば良いじゃないか。わざわざ死地に追いやることもあるまい」
マルタンがうめくように言う。
「なにを甘っちょろいことを言っているんだ。そんなだから、お前はうだつが上がらないんだよ! せっかく危険を冒して契約し、ずっと魔力を与え続けてやったんだ。今まで良い思いをさせてやったんだから、最後に役に立ってもらわないとな!」
「それで、捨て石にしたのか?」
エタンには男が描いた計画が読めていた。
「そうさ! 今は無理だとしても、そのうち力をつけて倒せるようになるかもしれない。だから、不要な妖獣を向かわせて、傾向と対策を練っていたんだ。情報が重要なんだよ!」
さも、自身の考えが正しく、素晴らしいものだと言わんばかりだ。
『そんなひどいことを! ずっと今までいっしょにやってきたんだろう?』
グランは夢中で叫んだ。悲痛な色あいを帯びており、エタンが顔をしかめる。ここにグランの同族らがいてその表情を見たら、震え上がったことだろう。
「なにを言うんだ。お前たち妖獣の方だって、単なる暇つぶしに召喚獣契約をしただけだろう? それに協力してやっているんだ。感謝してほしいぐらいだぜ」
『それでも、長い間力を貸してくれた相手に、なにかの気持ちはないのか!』
「あるよ。感謝しているぜ。ありがとう。じゃあ、これでいいな?」
まったく気持ちがこもっていない。
なんで、そんなことができるのか。なんで、そんな風に思えるのか。
こんな召喚士もいるのだ。
グランは自分が非常に恵まれた立場にあるということを思い知らされる。
実は、グランも戦闘中、コカトリスの石化の視線を向けられ、咄嗟に目をつぶってしまった。直後、はっと見開く。なんて自分は弱虫なんだろう。こんなとき、最後の最後まで目を開いて、しっかりと見据えて適切に対処する。そうしなければならないというのに。
そこまで考えて自身が無事なことを知る。きっと、石化の視線は狙いが甘かったのだろう、と判断して戦闘に戻る。エタンが常に施している防壁の魔術がしっかり仕事をしていたのだが、グランは気づかない。
助かったことに驚きつつも、グランは今度こそは臨機応変に対応して見せる、と勢い込んでパッシオネのやろうとしていることをよく見て、合わせて動いた。
後からエタンに敵とパッシオネの動きをよく見て対応した行動を取れていた、素晴らしい判断だったと褒められた。
きっと、マルタンの友人である召喚士の召喚獣も、こんな風に協力したら、格上の相手でも倒すことができただろうに。なのに、新しい強い召喚獣を得たら不要だと言って、危険な目に遭わされたのだ。
グランはこの召喚士を許せなかったし、マルタンも相当に怒っていた。しかし、召喚士はそういった一面があるとして、召喚士組合からお咎めなしとなった。
「お前とはもうこれっきりだ」
事の顛末が定まった後、マルタンは友人にそう告げた。
「ふん、こっちから願い下げだね」
危険を冒してもその安否を調べたマルタンのような友人を失った。その意味を知らないまま、男は毒づいて別れた。失ってから気づくとはよく言うが、男はその手に黄金に等しいものを持っていたが、失ってからも気づかなかった。
さて、男が不要だからと言って捨て石にしようとした二匹のうちの一匹の兎種は辛くも生き残った。それをエタンが保護するために男に迫った。
「あの兎種の妖獣はもう要らないんだろう? 契約を切れ」
「なんで指図されなくちゃ———分かったよ」
エタンに無言で威圧された男はそそくさと妖獣を解放した。
グランはエタンが代わりに召喚獣として契約するのだと思っていたが、違った。
エタンは魔術師の知り合いを通じて他の召喚士に引き取ってもらうことにした。召喚獣となった妖獣の中でも、契約を唐突に打ち切られた際、気持ちを持ち直す者もいれば、中にはうまく気持ちを切り替えられない者もいる。
『俺、俺も、急にエタンと離れることになったら、きっとだめになるよ』
グランがきゅっとへの字口に力を入れてエタンを見上げる。
「え、俺はグランと契約を切る予定はないけれど。それ以前に、グラン以外の召喚獣と契約する気はないし」
エタンの言葉に、グランは複雑そうな表情をする。
本来なら、召喚士は徐々に力をつけて、より強い妖獣と契約を結ぶ。それが出世街道のルートだ。少し前までは、エタンもそうするのだろうと思っていた。そうなったとしても、お前はいらないと言われないように、役に立つのだと証明し続ければ良いと思っていた。でも、あの召喚士と召喚獣の一件がグランの心に黒々と影を落とした。
言え、言うんだ。「なにを馬鹿なことを言っているんだ」と。「相変わらず暢気だな」と。
エタンは魔術師を辞めてまで召喚士になったのだ。だから、強い召喚士になって、以前にエタンをその歳でまだ新人なのかと笑っていたやつらを見返してやるのだ。そうするためにも、もっと強い妖獣と契約する必要がある。
本当は違う。
「馬鹿なことを言っている」じゃなくて、「俺一匹でも十分だ」と言いたい。「俺が強くなるから、エタンを笑っていたやつらを見返してやろうな」とも。
でも、そんなこと、できるだろうか。エタンは人間だ。長命な自分を置いて、すぐに逝ってしまうだろう。その短い間に、自分は強くなれるだろうか。魔力が乏しくてすぐにふらふらになる自分が。
「え、まさか、グラン、俺との召喚獣契約を破棄したいとか思っていないよね?」
いろいろ考えていると、エタンが慌てたようにグランを抱きかかえて顔をのぞきこむ。
グランは知らない。
大賢者と称されるエタンをここまで慌てさせるのはグランだけなのだと。
『なにを馬鹿なことを言っているんだ』
そうじゃなくて、エタンが破棄したくなる日がいつかくるだろう。
「だよな! 良かった。黙っているから、もしかして、って思ったよ」
ちがう。
馬鹿なことをというのは、そういう意味ではない。
グランは唐突に気づいた。エタンが契約破棄を言い出さないのなら、自分がそうしなければならいのではないか。そうして、エタンの尻を叩いてやらないといけないのではないか。
『エタンは強い召喚士になりたいんだよな?』
確か、そう言っていた。
「ううん、格好良い召喚獣といっしょにいたかったんだ。だから、もう願いはかなっているよ」
『え?』
「グランと契約ができたからね」
『でも、俺、俺は……』
こんなに弱いのに。
『魔力を俺にくれるくらいなら、エタンが魔術を使えばいいんだ』
俺なんて、いらないだろう。
グランはさすがに、魔術師としてのエタンはそれなりに強いんだろうということは分かってきていた。落ちこぼれなどではなかったのだ。
しかし、今のグランの認識もまた、不正確だ。コカトリスを凌駕するほどの力を持っているなど、想像だにしなかった。
「まさか。いるよ、いる。グランは俺の格好良くて可愛い召喚獣だよ」
『だったら、俺、エタンの召喚獣のままでいいの?』
「もちろん。グランが良いんだよ」
グランは自分の考えに捉われつつも、エタンの懸命な様子に、召喚獣でいてもいいのか、と心が揺れ動く。
「グランじゃないと駄目なんだよ。毎朝寝坊しているのを起こしてくれたり、家計を気にしたりしてくれるグランだからね」
『そ、そうだよな。いくら強い魔術師でも、イマイチ召喚士だしな』
「そうそう。しっかり者のグランがいてくれないとね」
えらい言われようだが、グランが傍にいてくれるなら、大したことはない。
「俺にとって、グランはとても格好良くて可愛くて優しくて頼もしい召喚獣だよ!」
エタンにとってそうなのだったら、それでいい。
『うん。エタンがそれでいいんなら、俺もそれでいいや』
エタンがそう言うのだから、それで良いのだ。
ようやく気をとりなおしたグランはもの言いたげにエタンを見上げる。
「うん?」
首を傾げるも、グランは躊躇する。
しかし、グランは格好良い猫(種の召喚獣)だった。
意を決してきっとエタンを見上げる目に力を籠める。なにごとだろう、とエタンは息を呑む。
「にゃあ!」
「い、今、今、にゃあって!」
エタンは感激で胸がいっぱいになった。以前に「にゃあ」って言ってみてとねだった際、すげなく断られたというのに。
あれか、リップサービスというやつか。ごちそうさまです。
「うちの子が一番!」
グランは弱い召喚獣ではない。
エタンの行動の原動力だ。彼がいるからこそ、頑張ることができる。
後日のことである。
エタンは森を散歩するというグランと別行動をした。
街をふらふらと歩き、路地裏に入る。人気はない。
「出て来いよ」
後をつけられているのは常時発動している探知で察知していた。前方と後方からばらばらと人が現れる。みな一様に顔を隠している。
「おーおー、後ろ暗いことをしています、って感じだな」
「以前魔術師だった新人召喚士と聞いているが、ずいぶん場慣れしているな」
「まあね。魔術師のころにいろいろね」
方々から刺客を向けられていた。荒事は得意である。先手必勝だ。
ぼう、と唐突に路地に転がっていた木箱が燃え上がる。炎はほとんどの動物が恐れる。恐ろしいものだと本能に刻み込まれている。
そちらへ注意がいくわずかの時間でぎゃっと濁った悲鳴と地面に重い物が落ちる音がする。仲間が依頼された標的の召喚士を片付けたのかと眼をやれば、煙の向こうにちらりと見えた。
エタンだ。手に稲妻をまとわせ、悠然と立っている。いっそ、傲然とと言うべきか。顎を上げて挑戦的な目つきだ。
詠唱も魔術陣もなかったため、魔術が行使されたという認識もなく、暴漢たちは次々に倒されていく。
身体能力強化を用いたエタンは軽々と動き、拳を振るう。殴り飛ばされた暴漢たちは打撃を受け、稲妻を浴び、ことごとくのされていく。
「お前ら、どうせあれだろう? 片足が石化した召喚士から依頼を受けたんだろう? 前金だけしかもらえないぞ」
召喚士も廃業するしかないだろうからなと言い置いて、エタンはその場を後にした。
グランを傷つけた召喚士は、これで逆に後金を求める者たちから追われる立場となるだろう。
エタンはせっかく街へ来たのだからとマルタンの様子を確認し、変わらずやっていると聞いて安心する。グランがたまにマルタンやパッシオネはどうしているかと気に掛けるのだ。
食料や日用品の他、焼き菓子をたくさん買い込んで、いそいそと森の家へ帰る。
マルタンやパッシオネのことを話してやりながら、いっしょに菓子を食べる。楽しい午後のひとときなるだろう。
そうして、エタンとグランは召喚士と召喚獣として常にともに在った。グランが上位存在である有翼となり、エタンがすごい召喚士だと知らしめても、ふたりは変わらずのんびりと暮らした。その在り様はベルリオーズ建国王とその召喚獣となっても続いた。
これにて完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。