第五話 三年前の借り
「それ、どこで拾った」
鞄から剣を出した途端、トマの顔が変わった。
炉の火を落とした鍛冶場で、俺たちは向かい合っていた。店の外からは、閉めかけた雨戸を叩く風の音がする。
「拾ったわけじゃないけど。よその世界だよ」
「レオンの剣だぞ」
「うん。知ってる」
トマは手を伸ばしかけ、途中で止めた。
剣へ触れたくない顔ではなかった。指の汚れを自分の前掛けで拭いてから、改めて柄に触れた。
「欠けた翼も、そのままだ」
「あんたが直したの?」
「飾りは残してくれって、本人が言った。最初の失敗を忘れたくないからと」
レオンから、その話は聞かなかった。
俺が知りたかったのは、何を斬れる剣なのかと、どうすれば止められるか。それだけだった。
「城から運び出したの、あんた?」
トマは炉の脇の椅子へ座った。
「俺と、町の連中だ。魔物がいなくなってから入った。お前も城へ行くと言って、そのまま戻らなかったな」
「帰りを急いでたんだよね」
トマは少し黙ったが、それ以上は聞かなかった。
「レオンは、奥の広間に倒れていた。剣も、その横にあった。町へ連れ帰って葬ったよ」
「で、剣はどうしたの?」
「町で預かっていた。だが、あれは俺たちの手に負えなかった」
彼は棚から古い木箱を下ろした。
「後継者を名乗る奴が、何人も来た。教会と領主まで取り合いを始めた。死人より、生きてる人間の話ばかりしていた」
「まあ、強い剣だしね」
「だから町の連中と相談して売った。代金で橋と水路を直した。あの剣を囲んで毎日言い争うより、レオンも喜ぶと思った」
言い終えてから、トマは前掛けを握った。
「……喜ぶと、思いたかった」
箱には、売却の控えが残っていた。
紙の下に、三つの輪を重ねた印がある。市場で何度か見た、渡り商会の荷印だった。
買い取ったのは、個人の収集家ではない。世界をまたいで品を運ぶ連中だ。
「この商会、まだ来る?」
「たまにな。今度の釘も、あそこが運ぶ」
「サイラスが取りに行くやつ?」
トマが顔を上げた。
「もう会ったのか」
「明日、一緒に行くことになった」
「あいつを助けてやってくれ。剣のことになると、自分一人で足りると思い込む癖がある」
トマは控えを机に置き、窓の外を見た。
「城の隊から追い出されたあとも、ここで働いた。隊長の命令に逆らって、逃げ遅れた村人を連れ帰ったからだと聞いたよ」
「命令を守ると、そっちは死んでたんだ」
「そうだろうな。ただ、隊の門を勝手に開けたせいで、別の持ち場が危なくなった。あいつにも、まだ分かってないことはある」
それでも、この町は彼を置いた。
代わりの剣も、寝る場所も、ここでそろえたらしい。この春には城から戻れと使いが来たが、サイラスは断ったと、トマは話した。
俺は紙を端末で撮った。ニアへ送るのは、ここを出てからにする。トマの前で、仕事の話をしたくなかった。
「俺たちが一度売った剣だ。今さら返せとは言わない」
トマが言った。
「だが、お前が持つなら、大事にしてくれ。こいつで助かった奴が、この町にもいる」
「大事にはするよ。結構使えるし」
トマは苦笑した。
「お前は昔から、そういう言い方だな」
剣を包もうとすると、トマが柄の革をつまんだ。
「緩んでいる。握ってみろ」
言われた通りにすると、小指の下で革がずれた。刃がよく斬れても、手から抜けては役に立たない。
「刃ばっかり見てたなあ」
「使うのはお前の手だ。飾りを直さなかった分、あいつも、こういう所はよく持ってきた」
トマは革を巻き直し、余った端を短く切った。今度は指を曲げても滑らなかった。
「これ、いくら?」
「その話は先に済んでいる」
小さな包みを押しつけられた。中には、同じ革紐の残りと、剣を拭く布があった。
「三年前、お前が使っていた剣の修理代を、多くもらった。釣りを返そうにも、お前はいなくなった」
「まだ覚えてたの」
「借りは嫌いだ」
俺は包みを受け取った。三年前の釣りが、布と革紐になって戻ってきた。
鍛冶場を出たところで、ニアへ写真を送った。
『渡り商会か。古賀さんが店を出してる市場にも入ってるよ。支店、いっぱいあるんだよね』
「調べられる?」
『担当に聞いてみる。田中さん、これ今度のお仕事と関係ある?』
「多分ね。レグナを買い取ったのが、そいつらだって。今度はサイラスに釘を届けるらしいよ」
『……偶然にしては、続くね』
俺は銅像のある広場を通り抜けた。
夜の灯りに、レオンの剣が光っている。本物は俺の肩にあるのに、像のほうが、ずっと立派に見えた。
「商売が上手なんじゃない」
端末をしまい、明日の集合場所を確かめた。宿へ戻る道には、まだパンの焼ける匂いが残っていた。
同じ夜、東京のダンジョンで、雪乃は壁へ背をつけていた。
四つ脚の魔物が、少し先の石を嗅いでいる。雪乃は倒した一体を置いてきた通路へ、小石を投げた。音に首が向く。横穴へ身体を滑り込ませると、すぐ後ろを足音が通り過ぎた。
灯りを伏せ、息を整える。左の袖が裂けていた。布を巻き直してから、保存した配信の映像を開く。
晴人が休憩していた場所に、斜めの亀裂があった。目の前の柱にも、同じ亀裂がある。扉のある層は、まだ下だった。ここを、晴人は昼までに通り過ぎていた。
招待状の地図にあるのは、門のある層と目印だけだった。そこへ至る通路は、自分で確かめなければならない。
招待状をしまおうとすると、封筒の書き込みが見えた。『明日、雪乃と』。彼と同じ速さでは進めないので、食料は余分に持ってきている。
雪乃は先ほど通った横穴を、自分の地図へ書き足した。戻る道を残し、端末の映像を止める。
魔物の足音が遠ざかり、聞こえなくなってから、横穴を出た。剣を握り直し、晴人が通った道の先へ進んだ。




