第四話 追放勇者は評判がいい
サイラスは、パン屋の前で剣を振っていた。
相手は大人ではない。木の枝を握った子供が二人、交互に打ちかかっている。彼は一本の木剣で二人を受けながら、パン屋のおばさんへ夕食の注文をしていた。
「今日は肉入りで。帰ってくる頃には売り切れるから、四つ取っておいて」
「昨日も四つだったよ。誰に食べさせてるんだい」
「俺。一つじゃ足りないんだ」
子供が笑った。
俺は向かいの屋台で、硬い焼き菓子をかじっていた。トマに道を聞けば、探すまでもなく見つかった。町で一番剣がうまく、町で一番断るのが下手な男だそうだ。
サイラスの顔を見て、補正を外した。
彼は変わらず子供の相手をしている。今まで向こうが持っていた幸運だけを抜いても、身体が急に重くなるわけではない。
俺の端末に、ニアから連絡が来た。
『釘の受け取り、明日になったよ。橋が傷んで、通れる所を確かめてるって』
「じゃ、今日は飯だけか」
『観光みたいに言わないで。確認すること、あるでしょ』
サイラスの腰には剣が一本。荷物は小さな肩掛け袋だけだった。資料にあった、黒い釘を収める筒はない。
通りの向こうから銃を向ければ、サイラスの胸まで遮る物はない。袋がまだ薄いことも、ここから分かった。
殺すだけなら、品を受け取る前でもいい。
ただ、そのあとで知らない修道院を探し回るのは面倒だった。受け取りに行く本人へ付いていけば、置き場所も使い方も分かる。
「仕事するよ。今、見てる」
言った直後、坂の上で悲鳴が上がった。
野菜を積んだ荷車が傾いている。荷車を引いていた獣が、ちぎれた革帯を引きずりながら通りを下ってきた。猪に似ているが、額に骨の板がある。大人の腰ほどの高さだった。
「店の中へ!」
サイラスの声に、子供たちは枝を落としてパン屋へ駆け込んだ。彼は木剣を放し、荷車の脇へ走った。抜いた剣を振るう前に、獣が頭を下げる。
彼の足が、横へ滑った。
あの動きは知っていた。
身体の外を獣に通らせ、振り返る力を使って剣を返す。レオンが大きな敵に使っていた型だ。ただし、同じ動きをしたからといって、レオンと同じ力が出るわけではない。
骨の板に刃が当たり、獣の進路が変わった。
サイラスはすぐに追わなかった。最後の足を置き、剣を戻してから、もう一度踏み出す。型の途中で、別の動きへ切り替えられないらしい。
そのわずかな間に、荷車の陰にいた少女へ獣が向いた。
パン屋へ逃げ込んだ二人を確かめた。俺のいる屋台と獣の間には、誰もいない。
手に残っていた焼き菓子を、獣の鼻先へ投げた。
鼻先に当たって割れ、硬い欠片が散る。獣が顔をこちらへ向けたところで、サイラスの剣が首へ届いた。
獣は倒れた。
「怪我は?」
サイラスは剣を収め、少女を荷車の陰から連れ出した。膝を擦りむいているだけだと分かると、パン屋の入口へ座らせた。
荷車の男は、倒れた獣の首から革帯を外していた。サイラスが声をかける。
「すまない」
男は首を振ったが、しばらく立ち上がらなかった。外した革帯を膝に置き、獣の背へ手を当てている。
坂へ転がった野菜を、パン屋のおばさんが籠へ拾い集めていた。男が戻ると、サイラスも荷車を起こすのを手伝った。
「助かった」
荷車を起こし終えたサイラスが、俺へ声をかけた。
「あれ、食べかけだったろう。弁償するよ」
「硬かったし、別にいいよ」
「うちの町の菓子に、ひどいこと言うなあ」
彼は笑って、屋台へ菓子の代金を渡した。
新しい菓子を渡し終えると、もう荷車の男の相談を聞いていた。今度は車輪を直せる店の話らしい。道を聞かれたとき、トマが迷わずここを教えたのも分かる。
「さっきの剣の動き、見覚えがあるんだよね」
「レオン様の型だ。子供の頃に一度だけ、魔物を倒すところを見た。同じ動きはできる。でも、同じようには斬れない。あの人の力も剣も、俺の物じゃないから」
「途中で止まれないのも?」
「ああ。一度始めると、最後までその型になる。使う場所は選ぶよ」
「子供にも、それを教えてんの?」
「俺の力は渡せない。あの子たちは、最初から自分で覚えるんだ」
店から出てきた子供へ、サイラスは落ちていた枝を足で寄せた。拾うのを待ち、自分はゆっくり同じ足運びをする。今度は、一歩の途中で止まれた。力を使わずに教えているらしい。
「そっちのほうが、手間かかるねえ」
「一度覚えたら、俺がいないときにも使えるよ」
彼の目が、俺の肩の鞄へ移った。
「旅の人?」
「昔、少し住んでた。今はよその仕事してる」
「明日、谷の修道院へ荷物を届けるんだ。橋が傷んでるから、足元を確かめながら渡ることになる。荷を運ぶ人もいるし、一緒に来て、周りを見てくれないか」
「俺、菓子投げただけだよ」
「投げる前に、子供の位置を確かめてたろう。剣は俺が使うから、周りを見て動ける人がいると助かる」
よく見ている。
俺は鞄の紐を直した。
「いいよ。俺、田中。途中の飯、出る?」
「出す。俺のぶんまで食べなければ」
「そこは人数ぶん頼んどいてよ」
サイラスは明日の集合場所を教え、パン屋へ戻っていった。
四つ頼んだパンのうち、一つだけ先に受け取り、先ほどの少女へ渡していた。
「サイラス、帰ってきたら、もう一回やって」
剣を習っていた男の子が、枝を握り直した。さっきまで前へ出していた足を、今度は後ろへ引いている。
「次は左じゃなくて、右の足を引くんだよ」
「そっちか。分かった。帰ってくるまでに、できるようにする」
「じゃあ、帰ったら最初に見せてくれ」
男の子はもう一度やり直し、パン屋の入口へ場所を移した。まだサイラスに見てもらいたそうだったが、彼は手を振り、荷車の男に呼ばれていった。
俺は新しく買ってもらった菓子を割る。
こっちも、やっぱり硬かった。




