第十三話 〜千剣〜
魔王レインを倒してから35年。
エレンが亡くなってから15年が過ぎていた。
エレンの遺体を埋葬して、イシュトはゼノスの旅に同行するようになった。
エレンの最後の言葉、世界の平和を願って。
その間に鎮火させた戦争の数は20ではきかなかった。
それも国を巻き込んだ戦争がこの15年で20以上。
街単位では毎日のように争いが起きていた。
「ゼノスよ…この戦いに終わりはあるのだろうか……」
壮年の男となったイシュトが言った。
かなり見た目が変わっていた。
シワが増え、筋力が落ち始め、全盛期の力はもう発揮できないだろう。
イシュトは59歳になっていた。
隣のゼノスは魔王レインを倒したときから変わらない。
聖剣エヴァンが手元に無い事以外、昔と何ら変わらない。
自分だけが老いていく現実に、エレンとの約束を守れなくなってしまう恐怖を覚えていた。
「……頼みがある……」
ある日、野営で日が落ちて焚き火を囲んでいるときのことだった。
徐ろにイシュトが話し始めた。
「……俺はもう長くない……自分でもわかる。体力も剣技も何もかも若い頃には及ばない。戦火に飛び込めばいつ死んでもおかしくはない」
「………」
「だが、それではエレンとの約束も果たせないままだ」
「……お前の意思は僕が引き継ぐよ」
「いや、俺はお前を一人にできない。これからもともに有りたい」
「……でも……」
「時止めの秘術……」
「!!!?…な、なんでそれを…」
「これだ……」
それはかつて魔王レインを討伐する際に読んだ「魔王隷属のすすめ」だった。
そこには隷属したものに永遠の命、時止めの秘術をかけてやると書かれていた。
「ずっと考えていたんだ。魔王を倒した勇者が不老不死となって新たな魔王になる……あのエヴァンの言葉……同じ力が使えるんだろう?」
「…あぁ……だけど、魔王の力は何が起こるか分からない!危険すぎる!」
「……志半ばで倒れることが俺には耐えられない!………頼む……」
その堅い意志を篭った瞳をどのくらい見つめていただろうか。
「……分かった………」
目を伏せてゼノスは答えた。
「……覚悟はいいかい?発動したら僕でも解除はできない。僕の魔力供給がなくなるまで続くんだ……つまり、永遠だよ………止める方法は……僕が死ぬか、聖剣エヴァンで斬られる事……」
聖剣エヴァンはゼノスが戦争を止める為に命の犠牲を覚悟した日、その手から消えたのだった。
修羅に進む者に聖剣は応えてはくれなかったのだ。
「ゼノス………俺は大丈夫だ!……やってくれ」
イシュトが笑みを見せたのはそれが最後だった。
ゼノスの掌から黒い魔力が放たれ、イシュトを包み込む。
時止めの秘術は契約に近い。
魂の隷属。
絶対的服従の代わりに永久的な生を得る。
そこに感情は必要ない。
イシュトは、ゼノスとの時間を得る代わりに、感情をなくしたのだった。
ここに無慈悲なる剣士、千剣の支配者イシュトが誕生した。
「イ、イシュト、大丈夫か…?」
「何も問題はない。全てはゼノスの為にある。私は、全ての敵を討ち滅ぼす剣だ」
幼馴染として共に過ごした親友は……傀儡となって消えたのだった。
「そ、そんな……僕が望んだのは……こんな事じゃ………ない……」
その絶望は少しずつゼノスを侵食していく。
そして、正義の勇者は、その正義のために修羅へと落ちていく。




