第十二話 〜エレン〜
「すまない……イシュト……間に合わなかった」
「ゼノス……なんでこんな事になるんだ……?」
頬から伝う涙が地面を濡らす。
「俺はあいつらが許せない!……それでもエレンの願いは……」
「イシュト……この戦争を終わらせてくるよ!」
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ゼノスが魔王レインを倒してから20年が経った。
世界は少しずつ変化している。
魔王の脅威がない今、人々は自由に生きている。
その自由が全ての人にとっての幸せではなかった。
エレンとイシュトは結婚して子どもも生まれ、その子は14歳になって教会の宣教師になるべくサンクチュアリの教会学校に入った。
エレンとイシュトはルミナス教布教の為にエレンが作ったルミナス像や絵画を配布しながら活動していた。
この二人も世界を平和にしたいと心から願っていた。
ゼノスと方法は異なるが目指すものは同じだった。
この日立ち寄った街は、ルミナス教の信者が多くいる街だった。
しかし、地下宗教組織ノクス教の信徒も隠れ住んでいた。
勇者一行の神託の巫女エレン。
ルミナス教の信徒にして宣教師。
彼らからすれば、ノクス神に捧げる供物としてこれ以上ない素材だった。
そして、計画は水面下で動き始めていた。
街全体を巻き込む大きな騒動に発展していく。
深夜2時、静かに眠る街の中で黒いローブに身を包んだ男達が行動を開始した。
男達は街の倉庫に保管されている小麦粉の布袋を引き裂き、倉庫内にばら撒く。
視界が奪われるほどに小麦の粉塵で真っ白になった。
「我らが神!ノクスに聖血の祝杯を!!」
マッチに火を着けた。
ドドーーン!!
数カ所の倉庫で同時に巨大な爆発が起こった。
粉塵爆発。
これが戦いの狼煙に変わったのだった。
「な、なに?」
「爆発?!! エレン俺が見てくる、君は避難の誘導を!!」
「ええ!!」
爆発音で飛び起きたイシュトとエレンは、宿屋から駆け出した。
ここで別れなければきっと運命は変わっていた。
勇者一行の矜持がそうさせたのか、人の安全、幸せを第一にする彼らだからこその選択だったに違いない。
街の中心で起きた爆発を確認しに行くイシュト。
街の外へ誘導するエレン。
爆発の狼煙を合図に、街の出口側から虐殺を始めるノクス教の信徒達。
街は戦火に包まれていった。
イシュトは出口側の喧騒に気付き、踵を返した。
彼が辿り着いた時、目にしたのは、町の子どもを庇うように立つエレンが斬られる所だった。
「エレーーン!!」
イシュトは固有スキル「無機物操作」を使い、無数の剣を操る。
数多の剣の雨が黒いローブの男達を切り裂いていく。
「エレン!エレン!!」
エレンを抱き上げるイシュト。
ゴフッ
胸部を深く斬られ、傷が肺まで達していた。
薄れいく意識の中、エレンは最後が愛する男の腕の中である事に感謝した。
(あぁ!血が止まらない!エレン!エレン!君がいなくなってしまったら俺は生きていけない!!エレン!神よ!)
エレンにはイシュトの心が見えていた。
(あぁ、私はこの人にとても愛された……本当に素敵な愛をありがとう。どうか、悲しまないで。貴方が優しい平和な世界で過ごせる事を祈ってるわ)
「…イシュト……」
エレンは伝えたかった。
自分の想いを。
これまでの感謝を。
動かぬ体に鞭打って、イシュトの頬に触れる。
「喋っちゃダメだ!!」
「…どうか……平和な世界……を………」
トサッ
上げていた手が地に落ちる。
「…エ、エレン?」
そこで、エレンは目じりから溢れる涙と共に、静かに息を引き取ったのだった。
「うわあぁぁああ!!!!」
その場で叫びを聞いたのはエレンに助けられた町の子一人だけだった。
イシュトが悲しみの中にいる間も戦火は広がり、街全体が炎に包まれ始めていった。
どのくらい時が経ったのか、冷たくなったエレンを抱きしめるイシュトの元にゼノスが現れた。
「すまない……イシュト……間に合わなかった」
「ゼノス……なんでこんな事になるんだ……?」
頬から伝う涙が地面を濡らす。
「魔王を倒せば!!……平和な世界が……来るんじゃ…なかったのか……」
「……イシュト……」
片膝を付き、イシュトに手を伸ばすゼノス。
「俺はあいつらが許せない!……それでもエレンの願いは……」
エレンの願いは平和な世界にする事。
復讐ではない。
イシュトは──そう受け取っていた。
「イシュト……この戦争は僕が終わらせてくるよ!」
その決意の瞳に命を刈り取る覚悟が見えていた。
(また僕の大切なモノが奪われた……こんなことが後何年……どれだけ続くと言うんだ)
そして、多くの犠牲の元、この戦争は終結し、宗教戦争の一つとして歴史書の片隅に書かれることとなった。




