# 第97話:清浄と不浄、二対の刃
「――行くよ、サタネル」
「――ああ、サリエル」
双子の声が、ぴたりと、重なった。
次の瞬間、白と黒が、左右に分かれ、シアたちへと殺到する。その動きは、まるで一つの意思で動く、二体で一つの生き物のようだった。長い年月、二人で戦い続けてきた者だけが持つ、完璧な連携。
「シアは、白! テラは、黒を頼むよ!」
シャムシェルが叫んだ。
「あたしは、二人の隙を突く!」
「はいっ!」
シアが、白い天使――サリエルへと、駆けた。
「【刹那】!」
神速の踏み込み。剣が、閃く。
だが。
「うふふ。だめだよ」
サリエルの錫杖が、ふわりと掲げられた。
純白の光が、シアの剣を、受け止める。金属ではない、光の障壁。シアの斬撃は、その柔らかな光に、吸い込まれるように、止められた。
「清浄なるものは、すべてを、浄化する」
サリエルが、微笑んだ。
「あなたの、その必死な想いも……ぜんぶ、真っ白に、してあげる」
錫杖の先から、純白の光が、放たれた。
シアは、咄嗟に飛び退く。光が、地面を灼いた。触れた草花が、色を失い、白く枯れていく。
(……浄化? いえ、あれは……!)
シアの背筋が、凍った。
白く枯れた草花は、風が吹くと、さらさらと、灰のように崩れ去った。あとには、何も残らない。
あの光に触れたものは、命ごと、存在ごと、消し飛ばされる。「浄化」とは名ばかりの
――純然たる、消滅の光だった。かすっただけでも、その部分が、消えてなくなるだろう。
◇
一方。
「らあっ!」
テラの拳が、黒い天使――サタネルへと、叩き込まれた。
だが、その拳は。
ずぶり、と。
サタネルの体を、すり抜けた。
「なっ……!?」
「あははっ。むだむだぁ」
サタネルの体が、黒い霧のように、揺らいでいた。
「不浄なるものは、形を持たない。掴めない。……でも、こっちは、掴めるよぉ?」
サタネルの鎌が、黒い軌跡を描いて、薙がれた。
テラは、咄嗟に腕で防ぐ。だが、鎌が触れた箇所から――どす黒い「何か」が、腕を這い上がってきた。
「ぐ……っ、これは……!?」
「腐るよ。ゆっくり、ね」
サタネルが、嗤った。
触れた場所から、テラの腕の感覚が、失われていく。冷たく、重く、痺れていく。まるで、その部分だけが、死んでいくかのように。
テラは、舌打ちして、距離を取った。
「厄介な……! 掴めん相手を、どう殴れというのだ」
◇
(……面倒な連中だね)
シャムシェルは、二人の戦いを、冷静に見ていた。
清浄のサリエル。触れれば、消滅させる浄化の光。
不浄のサタネル。実体を持たず、触れれば、腐らせる。
攻めれば、消される。殴れば、すり抜けて、腐らされる。
まともに戦えば、シアもテラも、いずれ、削り殺される。
だが。
「――ま、あたしがいなけりゃ、の話だけどね」
シャムシェルの、両目が。
黄金に、輝いた。
その小柄な体から、膨大な魔力が、静かに、しかし圧倒的に、立ち上っていく。里の空気が、びりびりと、震えた。地面の小石が、浮き上がる。木々の葉が、ざわざわと騒めいた。
さっきまで、ただの気難しい老婆にしか見えなかったその姿が。
今は――一人の、規格外の存在として、そこに立っていた。
「ぼけっとした、老いぼれだと思ったかい?」
シャムシェルの口元が、獰猛に、吊り上がる。
「言っておくれ。天界研究局、先代局長――慧眼のシャムシェル、とね」
黄金の瞳が、双子を、射抜いた。
「天使の権能ってやつを、誰よりも研究し、解析し尽くした女さ。あんたら双子の手の内なんざ――手に取るように、お見通しだよ」
◇
「サタネル! そのばあさん、めんどくさいよ!」
サリエルが、初めて、笑みを消した。
「……分かってる。研究局の局長。ぼくらの権能を、一番知ってる相手だ」
双子の警戒が、シャムシェルへと、集中する。
その、隙。
「シア! 今だよ!」
シャムシェルが、叫んだ。
「サリエルの錫杖! あれが、権能の核だ! 杖さえ、封じちまえば――光は、出せない!」
「……っ、はいっ!」
シアが、動いた。
浄化の光を、紙一重で避けながら。神速で、サリエルの懐へと、飛び込む。狙うは、その手の――錫杖。
「させ、ない!」
サリエルが、錫杖を引く。だが。
「テラさん!」
「応! 任せろ!」
テラが、地を蹴った。竜化した脚で、凄まじい速度で回り込む。腐りかけた腕を庇いながらも、その脚力は、健在だった。
一瞬で、サリエルの背後を取り――その退路を、完全に、塞ぐ。
前には、シア。後ろには、テラ。
逃げ場を、失ったサリエル。
その、刹那の隙に。
「もらった――!」
シアの剣が、神速で走り――サリエルの錫杖を、握る手を、捉えた。
「きゃあっ!?」
錫杖が、宙を舞い、地に落ちる。
「よくやった!」
シャムシェルの手のひらに、黄金の魔力が、収束した。
「これで――片方は、封じたよ」
◇
だが。
「……へえ」
黒い天使、サタネルの声が、低く、沈んだ。
先ほどまでの、嗤いが、消えている。
「ぼくの、姉さんを……傷つけたね」
サタネルの体から、噴き上がる黒い霧が、一気に、濃くなった。
里の光が、翳る。世界樹の燐光すら、その闇に、飲まれていく。
「あそぼう、って、思ってたのに。……もう、やめた」
サタネルの、黒い瞳が、爛々と、輝いた。
「みんな、腐らせて――ぐちゃぐちゃに、してあげる」
空気が、変わった。
遊びは、終わり。双子が、本気の殺意を、剥き出しにした。
「……チッ。片割れを封じたくらいで、終わっちゃくれないか」
シャムシェルの額に、汗が滲む。
姉サリエルの浄化は封じた。だが、怒り狂った不浄のサタネル――そして、権能を封じられてなお、牙を剥くであろうサリエル。双子を、同時に相手取る。
楽な戦いには、ならない。
「シア、テラ! 気を引き締めな!」
シャムシェルの声が、里に、響き渡る。
「ここからが……本番だよ!」
穏やかだったエルフの里に。
純白と漆黒の、死闘が――加速していく。
アルトとフィリアが、世界樹の奥で試練に挑む、その間。
この里を、命に代えても、守り抜くために。
(第97話 終)




