表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
97/100

# 第97話:清浄と不浄、二対の刃



「――行くよ、サタネル」


「――ああ、サリエル」


双子の声が、ぴたりと、重なった。

次の瞬間、白と黒が、左右に分かれ、シアたちへと殺到する。その動きは、まるで一つの意思で動く、二体で一つの生き物のようだった。長い年月、二人で戦い続けてきた者だけが持つ、完璧な連携。


「シアは、白! テラは、黒を頼むよ!」


シャムシェルが叫んだ。


「あたしは、二人の隙を突く!」


「はいっ!」


シアが、白い天使――サリエルへと、駆けた。


「【刹那】!」


神速の踏み込み。剣が、閃く。

だが。


「うふふ。だめだよ」

サリエルの錫杖が、ふわりと掲げられた。

純白の光が、シアの剣を、受け止める。金属ではない、光の障壁。シアの斬撃は、その柔らかな光に、吸い込まれるように、止められた。


「清浄なるものは、すべてを、浄化する」


サリエルが、微笑んだ。


「あなたの、その必死な想いも……ぜんぶ、真っ白に、してあげる」


錫杖の先から、純白の光が、放たれた。

シアは、咄嗟に飛び退く。光が、地面を灼いた。触れた草花が、色を失い、白く枯れていく。


(……浄化? いえ、あれは……!)


シアの背筋が、凍った。

白く枯れた草花は、風が吹くと、さらさらと、灰のように崩れ去った。あとには、何も残らない。

あの光に触れたものは、命ごと、存在ごと、消し飛ばされる。「浄化」とは名ばかりの


――純然たる、消滅の光だった。かすっただけでも、その部分が、消えてなくなるだろう。



一方。


「らあっ!」


テラの拳が、黒い天使――サタネルへと、叩き込まれた。

だが、その拳は。

ずぶり、と。

サタネルの体を、すり抜けた。


「なっ……!?」


「あははっ。むだむだぁ」


サタネルの体が、黒い霧のように、揺らいでいた。


「不浄なるものは、形を持たない。掴めない。……でも、こっちは、掴めるよぉ?」


サタネルの鎌が、黒い軌跡を描いて、薙がれた。

テラは、咄嗟に腕で防ぐ。だが、鎌が触れた箇所から――どす黒い「何か」が、腕を這い上がってきた。


「ぐ……っ、これは……!?」


「腐るよ。ゆっくり、ね」


サタネルが、嗤った。

触れた場所から、テラの腕の感覚が、失われていく。冷たく、重く、痺れていく。まるで、その部分だけが、死んでいくかのように。

テラは、舌打ちして、距離を取った。


「厄介な……! 掴めん相手を、どう殴れというのだ」



(……面倒な連中だね)


シャムシェルは、二人の戦いを、冷静に見ていた。

清浄のサリエル。触れれば、消滅させる浄化の光。

不浄のサタネル。実体を持たず、触れれば、腐らせる。

攻めれば、消される。殴れば、すり抜けて、腐らされる。

まともに戦えば、シアもテラも、いずれ、削り殺される。


だが。

「――ま、あたしがいなけりゃ、の話だけどね」


シャムシェルの、両目が。

黄金に、輝いた。

その小柄な体から、膨大な魔力が、静かに、しかし圧倒的に、立ち上っていく。里の空気が、びりびりと、震えた。地面の小石が、浮き上がる。木々の葉が、ざわざわと騒めいた。

さっきまで、ただの気難しい老婆にしか見えなかったその姿が。

今は――一人の、規格外の存在として、そこに立っていた。


「ぼけっとした、老いぼれだと思ったかい?」


シャムシェルの口元が、獰猛に、吊り上がる。


「言っておくれ。天界研究局、先代局長――慧眼のシャムシェル、とね」


黄金の瞳が、双子を、射抜いた。


「天使の権能ってやつを、誰よりも研究し、解析し尽くした女さ。あんたら双子の手の内なんざ――手に取るように、お見通しだよ」



「サタネル! そのばあさん、めんどくさいよ!」


サリエルが、初めて、笑みを消した。


「……分かってる。研究局の局長。ぼくらの権能を、一番知ってる相手だ」


双子の警戒が、シャムシェルへと、集中する。

その、隙。


「シア! 今だよ!」


シャムシェルが、叫んだ。


「サリエルの錫杖! あれが、権能の核だ! 杖さえ、封じちまえば――光は、出せない!」


「……っ、はいっ!」


シアが、動いた。

浄化の光を、紙一重で避けながら。神速で、サリエルの懐へと、飛び込む。狙うは、その手の――錫杖。


「させ、ない!」


サリエルが、錫杖を引く。だが。


「テラさん!」


「応! 任せろ!」


テラが、地を蹴った。竜化した脚で、凄まじい速度で回り込む。腐りかけた腕を庇いながらも、その脚力は、健在だった。


一瞬で、サリエルの背後を取り――その退路を、完全に、塞ぐ。

前には、シア。後ろには、テラ。

逃げ場を、失ったサリエル。

その、刹那の隙に。


「もらった――!」


シアの剣が、神速で走り――サリエルの錫杖を、握る手を、捉えた。


「きゃあっ!?」


錫杖が、宙を舞い、地に落ちる。


「よくやった!」


シャムシェルの手のひらに、黄金の魔力が、収束した。


「これで――片方は、封じたよ」



だが。


「……へえ」


黒い天使、サタネルの声が、低く、沈んだ。

先ほどまでの、嗤いが、消えている。


「ぼくの、姉さんを……傷つけたね」


サタネルの体から、噴き上がる黒い霧が、一気に、濃くなった。

里の光が、翳る。世界樹の燐光すら、その闇に、飲まれていく。


「あそぼう、って、思ってたのに。……もう、やめた」


サタネルの、黒い瞳が、爛々と、輝いた。


「みんな、腐らせて――ぐちゃぐちゃに、してあげる」


空気が、変わった。

遊びは、終わり。双子が、本気の殺意を、剥き出しにした。


「……チッ。片割れを封じたくらいで、終わっちゃくれないか」


シャムシェルの額に、汗が滲む。

姉サリエルの浄化は封じた。だが、怒り狂った不浄のサタネル――そして、権能を封じられてなお、牙を剥くであろうサリエル。双子を、同時に相手取る。

楽な戦いには、ならない。


「シア、テラ! 気を引き締めな!」


シャムシェルの声が、里に、響き渡る。


「ここからが……本番だよ!」


穏やかだったエルフの里に。

純白と漆黒の、死闘が――加速していく。

アルトとフィリアが、世界樹の奥で試練に挑む、その間。


この里を、命に代えても、守り抜くために。


(第97話 終)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ