# 第8話:測定不能の衝撃と、引き抜かれた視線
「そ、測定不能……? 『聖剣術』って、おい、何かの間違いだろ!?」
静まり返ったギルドの静寂を破ったのは、一人の冒険者の荒っぽい声だった。
それを皮切りに、張り詰めていた空気が一気に爆発する。
「ギルドの魔力水晶がバグりやがったか!?」
「いや、あの光を見たろ!? ただ事じゃねえぞ!」
ざわざわと騒ぎ立てる荒くれ者たちを他所に、受付嬢の女性は青ざめた顔で羊皮紙を何度も見直していた。眼鏡を指で押し上げるその手は、小刻みに震えている。
「あ、あの……シア様、とお呼びすればよろしいでしょうか。失礼ですが、どちらかの国で騎士の叙任を受けられていた、あるいは高名な英雄様のご令嬢だったりいたしますか……?」
「いいえ。私は、アルト様に拾っていただくまで、ただの奴隷でした」
シアは至って淡々と、事実を告げた。
その言葉に、受付嬢だけでなく、聞き耳を立てていた周囲の男たちも息を呑む。衣服店で完璧に『剪定』されたあの緑のワンピースが、彼女の佇まいをどこか高貴なものに見せていたせいもあるだろう。奴隷だったなど、今の姿からは誰も想像できない。
「奴隷、ですか……。しかし、この『聖剣術』のスキルは、歴史に名を残す選ばれし者にしか発現しないはずの最高位スキルです。それがこれほどの魔力量で休眠していたなんて……」
受付嬢の言葉を聞きながら、俺は隣のシアをそっと横目で見た。
そして、昨日から気になっていたことを確認するため『剪定』の目を、もう一度彼女へと向ける。
(……待てよ。やっぱり、まだ『余計な枝』があるな)
昨日の戦闘中、俺は彼女の体内に絡みついていた「恐怖」や「自己否定」という名の雑草を間引いた。それによってスキルが覚醒し、ガルバを一撃で粉砕するほどの力を取り戻したわけだが――。
今の俺の目には、彼女の『聖剣術』のさらに奥深く、根幹の部分に、もう一本の「不自然にねじ曲がった太い枝」が見えていた。
(この枝……まるで、誰かに意図的に植え付けられた『呪い』みたいに歪んでる。今のままでも十分強いけど、この歪みを綺麗に切り落としたら、シアの力は一体どこまで跳ね上がるんだ……?)
人の持つスキルすら、世界の庭の一部。
そして、その歪みを見つけて正しく整えるのが、庭師である俺の仕事だ。
今回は戦闘中ではないし、衣服のように今すぐハサミを入れる必要はないが、いずれタイミングを見て、この根深い歪みも完全に『剪定』してやらなきゃな、と俺は心に決めた。
「あの、アルトさん、シアさん。お二人の登録証ですが……」
受付嬢が困惑した様子で、二枚の鉄製のプレートを差し出してきた。
「シアさんに関しては、本来ならこの数値であれば特例で最初から高ランクへの配属となるのですが、前例のない測定結果のため、まずは規約通り、一番下の『Fランク』からのスタートとなります。本部への確認が取れ次第、すぐに昇格の審査を行う形になりますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、俺たちは構いません。元々、日銭を稼ぐために登録しに来ただけですから」
「は、はぁ……日銭、ですか……」
この規格外の力を持ちながら、ただの生活費稼ぎだと言い切る俺たちに、受付嬢は遠い目をして引きつった笑みを浮かべた。
俺たちがプレートを受け取り、ひとまず手続きを終えて背を向けた、その時。
「おい、ちょっと待てや。そこ行くハサミ野郎と、お嬢ちゃん」
ギルドの奥、一番豪華な革張りのソファに深く腰掛けていた一人の男が、ゆっくりと立ち上がった。
背中に身の丈ほどもある巨大な大剣を背負い、全身からベテラン特有のピリついた威圧感を放っている男だ。その姿を見た周囲の冒険者たちが、さっと道を開けるように身を引いた。
「おい、あれって『烈火の剣』のボルドさんだろ……」
「この街に数人しかいない、Bランクの上位冒険者だぞ」
ヒソヒソという呟きが耳に届く。
ボルドと呼ばれた大男は、ギラギラとした、だがガルバのような下卑たものとは違う、強者特有の鋭い目でシアを真っ直ぐに見据えた。
「お嬢ちゃん、Fランクから地道にドブさらいの依頼をこなすなんて時間の無駄だ。どうだ、俺のパーティに入らねえか? 稼ぎの分け前は悪くしねえし、Bランクの俺たちが、その才能の正しい使い方を直々に教えてやるぜ」
あからさまな、引き抜き。
ボルドの視線はシアだけに注がれており、その隣にいる「ただの庭師」である俺のことは、完全に視界にすら入れていないようだった。
(第8話 終)




