# 第9話:烈火の誘いと、庭師の鑑定
ギルド内が一気に張り詰めた空気に包まれる。
立ち上がったBランク冒険者、ボルドの巨体から放たれる威圧感は、昨日のガルバたちの比ではなかった。背負った大剣から漂うのは、幾多の強力な魔物を屠ってきた本物の戦士の殺気だ。
「おいおい、ボルドの旦那が直々にスカウトかよ」
「あの娘、Fランクから一気にBランクパーティ入りか? 勝ち組だな」
周囲の冒険者たちが羨望と諦めの混ざった声を漏らす。
だが、そんな大物からの誘いに対しても、シアの表情はピクリとも動かなかった。彼女はボルドの鋭い視線を真っ直ぐに受け止めると、一歩引いて、俺の斜め後ろへと位置取った。
「お断りします。私はアルト様の剣ですので、アルト様以外のパーティに入るつもりはありません」
一ミリの迷いもない、冷徹な拒絶だった。
その凛とした声に、ギルド内が再び静まり返る。ボルドの太い眉が、不快そうにピクリと跳ね上がった。
「……アルト? そこのハサミをぶら下げた、ただの庭師のことか?」
ボルドの視線が、ようやく俺へと向けられる。
値踏みするような、そして明らかに格下を蔑むような冷たい目だ。
「お嬢ちゃん、忠義心は結構だが、現実を見ろ。そいつのスキルは『剪定』だろ? 草むしりや枝切りには役立っても、魔物の牙や爪の前では何の役にも立たない。そんな無能に付き合ってFランクのドブさらいに時間を費やすのは、自分の才能をドブに捨てるのと同じだぜ」
ボルドは一歩、俺たちの方へと足を進めた。床がドスンと重い音を立てる。
「俺たちのパーティ『烈火の剣』に入れば、すぐにでも最前線で戦える。本物の戦いってやつを、俺が直々に叩き込んでやる。その方が、お前のためだ」
大物冒険者としてのプライド、そしてシアの『聖剣術』という規格外の才能に対する執着が、彼の言葉に力を乗せていた。
確かに、客観的に見れば彼の言う通りだろう。Fランクの初心者とBランクのベテラン、どちらにつくべきかは一目瞭然だ。周囲の冒険者たちも「早く頷いちまえよ」と言いたげな視線をシアに送っている。
だが、『剪定』の力を宿した俺の目は、ボルドの言葉を聞きながら、別のものを見ていた。
俺の視界の中で、ボルドの全身を覆う魔力の流れが、一本の不格好な「手入れの行き届いていない大木」として映し出されていた。
(……大層な口を叩く割には、随分とガタガタな体をしてるな)
確かに、彼の放つ魔力量は多い。しかし、その流れは酷く乱暴で、あちこちで衝突を起こし、エネルギーが外へと無駄に漏れ出している。
特に、彼が背負っている大剣へと繋がる右腕の魔力線――そこには、無理な戦闘を繰り返したことで蓄積した『疲労のコブ』が、幾重にも重なって、魔力の巡りを激しく阻害していた。
「……あの、ボルドさん、でしたっけ」
俺はシアの前に一歩出ると、ボルドのギラついた目を正面から見据えた。
「何だ、庭師。文句でもあるのか?」
「いえ。ただ、人の才能をどうこう言う前に、ご自分の体の手入れをされた方がいいんじゃないかと思いまして」
「……あ?」
ボルドの目が一瞬で据わる。ギルド内の温度がガクリと下がったように錯覚するほどの殺気が、俺の肌をチクチクと刺した。
「てめえ、今、何つった?」
「右腕、かなり無理をされてますよね。大剣の重さと、スキルの『烈火術』の負荷に体が耐えきれていない。魔力が右腕の関節のところでせき止められて、常に軽い炎症を起こしているはずです。そんな歪んだ魔力の通し方を続けていたら、あと半年もしないうちに、その大剣、握れなくなりますよ」
「――っ!?」
ボルドの顔から、一瞬で余裕の笑みが消え失せた。
その大きな目が見開かれ、驚愕に染まる。
それもそのはずだ。ボルド自身、ここ数ヶ月、右腕の激しい痛みに密かに悩まされていたからだ。高位の治癒魔術師に見てもらっても「ただの筋肉疲労」と言われ、原因が分からず焦っていたトップシークレット。
それを、今日初めて会ったばかりの、ただの『庭師』の若者に、一目で見抜かれたのだから。
「て、てめえ……なんでそれを……」
動揺を隠しきれないボルドの様子に、周囲の冒険者たちも「おい、まさか本当なのか?」とざわつき始める。
俺は腰のポーチから、愛用の剪定鋏をそっと指先で転がした。
「庭師なもので。手入れを怠って、今にも折れそうな枝を見過ごすのは、どうも性に合わないんですよ」
俺は不敵に笑ってみせた。
相手がBランクの強者だろうと関係ない。この世界のあらゆる流れの『歪み』は、俺のハサミの射程圏内なのだから。
(第9話 終)




