# 第78話:屈折する影と、舞い降りる絶望
――数日前。接ぎ木の時。
「エルダには、テラから隠密のスキルを接ぎ木しようと思う」
アルトがそう言った時、エルダは合点がいったように頷いた。
「隠密……。まだテラが正体を隠していた頃の、あの気配を消す動きは、その賜物でしたのね」
「ああ。だが、地龍と融合した今のテラには、もう潜んだり気配を消したりは難しい。あの巨体と力で、隠れろという方が無理がある」
「なるほど……」
エルダは顎に指を当て、すでにその使い道を考え始めていた。
「光と闇を操るわたくしの魔術とは、好相性ですわね。影に潜み、光を歪める……ふふ、いくらでも応用が利きそうですわ」
「はは。さすがエルダだ。俺から言うことは、特にないな。受け入れてくれるか?」
「わたくしの身体は、すでにアルト様のものですわ。その御心のままに……」
◇
「いつの間に、そんなところに!」
ティラエルが、足元の影から現れたエルダを見て、声を荒げた。
「魔力は練れなかったはずだよ! ぼくが感覚を遅くしてたんだから!」
「練れないわけでは、ありませんでしたわよ」
エルダが、優雅に微笑んだ。
「かなりの時間を要しはしましたけれど……ね」
そう。エルダは、ずっと虎視眈々と狙っていたのだ。
シアの肩に矢が突き立った時も、回復に駆け寄りたい気持ちを必死に押し殺した。その矢が心臓を狙った時も、ただシアの覚醒を信じ、遅くされた感覚の中で、ひたすらに魔力を練り続けていた。
この一瞬のために。
「あ、そぉ! じゃあ、君から死になよ!」
ティラエルが、エルダに向けて矢を放った。
光の矢が、エルダの体を、確かに貫いた。
「エルダ——っ!!」
俺は叫んだ。
だが。
矢は、エルダを捉えていなかった。
彼女の体をすり抜け、虚空を彷徨い——背後の石壁へと、虚しく突き刺さった。
「な……っ!?」
ティラエルが、驚愕に目を見張る。
「聖陰の屈折影……」
エルダの声が、別の場所から響いた。
「光の屈折を、操作いたしましたの。わたくしは、そんなところには、おりませんわよ」
エルダが、小馬鹿にするように肩をすくめた。
「この……っ、地上の虫ケラがぁっ!!」
ティラエルが、初めて、はっきりとした怒りを露わにした。
「まずは——あの剣士の女からだ!!」
ティラエルが、シアの周囲に展開していた無数の矢の、緩徐を解いた。
全方位の矢が、一斉にシアへと殺到する。
だが、そこには。
すでに【守護方陣】を展開した、シアの姿があった。
「せっかく、親切に教えて差し上げましたのに」
エルダが、冷ややかに言った。
「焦りは、魔力を乱す……と」
殺到した数多の矢は、その全てが、シアの展開した光の方陣へと吸い込まれ、消えていった。一本も、彼女には届かない。
そして、シアが——次の型へと、構えを移した。
剣を地に突き立て、吸収した力を、刃へと収束させていく。
「もう、何なんだよ……っ!」
ティラエルが、シアから膨れ上がる圧倒的な力の奔流を感じ取り、翼を広げて上空へと逃れようとした。
「逃がすと、思っていますの?」
エルダの声が、冷淡に響いた。
ティラエルの足元の影から、無数の闇の糸が、一斉に噴き出した。
「混沌の傀儡人形!!」
闇の糸が、ティラエルの翼と四肢に絡みつき、その体を地上へと縫い止める。
「は、放せ……っ!!」
「シア! 今ですわよ!!」
エルダが、叫んだ。
シアが、目を見開いた。
「聖剣術・五の型——【極光聖吼斬】!!」
気合いの咆哮とともに、吸収した全ての力が、極大の閃光となって解き放たれた。
聖なる光の奔流が、縫い止められたティラエルを、真正面から飲み込んだ。
「があああああっ!?」
ティラエルの絶叫が、光の中に消えていく。
閃光が収まった後、そこには地に伏したティラエルの姿があった。
「……やった」
シアが、肩で息をしながら呟いた。
歓声が、上がりかけた。
だが——フィリアだけが、街の方を見て、表情を凍りつかせていた。
「……おかしいです」
「フィリア?」
「街の騒ぎが……収まっていません。あの顔のない天使たちが、今もまだ、街を蹂躙し続けています……!」
俺は、背筋が冷えるのを感じた。
ティラエルは倒した。なら、人形を操っていたのは——
「そんな……アイツらが、指揮官じゃ、ない……?」
その時だった。
天空から、声が降ってきた。
「——貴様ら。いつまで、遊んでいる」
凍てつくような、絶対者の声。
俺たちが見上げた、燃える夜空の頂点に。
それは、舞い降りた。
絶望が、舞い降りた。
(第78話 終)




