表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
75/100

# 第75話:地竜拳聖と、緩徐の宣告



 ――テラが、動いた。


 先ほどまでとは、まるで別人だった。あれほどテラの全身を地面へと縫い付けていたラグエルの重圧。その見えない檻の中で、テラは、いつも以上のキレを持って大地を蹴った。重さに押し潰されるどころか、その重さごと力で捩じ伏せ、跳ねのけている。地龍の力が、文字通り血肉の一部となって全身を巡っているのだ。


「ほう……っ!」


 ラグエルが拳を繰り出した。テラもまた拳を突き出す。

 二つの拳が、空中で交差した。

 互いの拳が、互いの顔面を捉える。

 鈍い音。テラの頬が裂け、ラグエルの頬から鈍い音がした。二人とも、避けなかった。避ける気もなかった。拳士としての、純粋な意地のぶつかり合いだった。

 互いの拳を顔面に受けたまま、二人はしばし睨み合う。

 ラグエルの口元が、わずかに緩んだ。


「……良い拳だ。先ほどまでの貴様とは、まるで違う」


 どこか満足そうな声だった。


「ならば、これならどうだ」


 ラグエルが拳を引いた。その拳の一点に、重圧の権能が凝縮されていく。空間が歪むほどの「重さ」が、たった一つの拳に集約されていく。


「衝突する重圧ピエシ・シングルシ!!」


 それを、振り下ろした。


「地拳術・一の型――【天突てんとつ】!!」


 テラが下から拳を突き上げる。

 打ち下ろしの拳と、突き上げの拳が、真正面から激突した。

 凄まじい轟音。衝撃波が広場の石畳を吹き飛ばし、周囲の建物の窓ガラスが一斉に砕け散った。


 拮抗――は、しなかった。


 上から振り下ろされるラグエルの重圧の一撃。下から突き上げるテラの拳。位置のエネルギーが乗る分、ラグエルに利があった。テラの拳が、じりじりと押し込まれていく。


(押し負ける――!)


 テラは即座に判断した。

 力比べでは勝てない。ならば、受け流す。

 テラは拳を引き、ラグエルの拳の軌道に逆らわず、その力を地面へと受け流した。同時に、勢いを利用して前方へと一回転する。


「地拳術・四の型――改!」


 本来、四の型は前方に一回転し、その勢いのまま踵を叩き込む踵落としの技だ。だが今のテラの肉体は、人のそれではない。

 回転の遠心力を、人の脚ではなく、長く強靭な竜の尾へと乗せる。


「【龍尾旋りゅうびせん】!!」


 鱗に覆われた巨大な尾が、前方回転の勢いをそのまま乗せ、真上から振り下ろされた。

 人の四肢では決して出せない、竜種の尾だからこその一撃。重さも、軌道も、ラグエルの予測の外にあった。


「ぐ……っ!?」


 ラグエルが咄嗟に両腕を頭上で交差させ、辛うじて受け止める。だが、その巨体が初めて大きく仰け反った。岩のような体が、たたらを踏む。重い呻き声が漏れ、全身を覆っていた重圧の波動が、一瞬、確かに緩んだ。

 その刹那を、フィリアは見逃さなかった。


「――今です!!」


 杖を振り上げ、迷いなく言霊を紡ぐ。


「弾き飛ばして!――純白の暴牛・プラヴィナ・ブル・ヴァジュラ!!」


 純白の巨大な牛が顕現した。全身に紫電の雷光を纏い、地を蹴るたびに雷鳴を轟かせながら、ラグエルへと突進する。

 その速度は、まさに雷光そのもの。一瞬の閃きが、闇を引き裂いて奔った。


「ぬうっ!?」


 雷を纏った突進が、仰け反ったラグエルの胴体に突き刺さった。轟音と閃光。ラグエルの巨体が大きく弾き飛ばされ――先ほどモグラが穿った、地面の大穴へと落下していく。


「フィリア!」


 テラが叫んだ。


「なるべく高く、アイツを打ち上げられるか!」


「はい!!」


 迷いのない返事だった。

 フィリアが杖を穴へと向け、新たな言霊を編む。


「数多の水を!――純白の巨象・プラヴィナ・エレファンテ・ジャラ!!」


 純白の巨象が、長い鼻から大量の水を噴き出した。

 その水流が、モグラの穿った縦穴へと一気に流れ込む。逃げ場のない穴の中で、水圧が爆発的に高まった。


「ぐおおおっ!?」


 落下していたラグエルの巨体が、凄まじい水圧によって下から突き上げられ、間欠泉のように天高く打ち上げられた。

 夜空に、無防備な巨体が舞う。

 そして、その遥か上空で。

 テラが、待ち構えていた。

 いつの間に跳躍したのか。竜の膂力で夜空高くまで跳び上がったテラが、打ち上げられてくるラグエルの背後をぴたりと取った。

 落下してくる巨体に背後から組みつき、両腕をラグエルの脇の下から回して、その頭部を自分の腹の前で固定する。そのまま、テラは自らの身体ごと前方へと倒れ込み、逆さまになった。

 ラグエルの脳天が真下を向く。テラの体重と、竜の膂力と、二人分の落下の勢い。そのすべてが、ラグエルの脳天一点へと収束していく。


「終わりだ、天使」


 錐揉み回転しながら、二つの巨体が地面へと一直線に落ちていく。


「地拳術・五の型――落岩杭堕らくがんこうだ!!」


 轟音は、もはや音ではなかった。空気そのものを叩き割るような、暴力的な衝撃だった。

 ラグエルの脳天が、地面へと激突する。広場全体が放射状に陥没し、衝撃で土砂が高々と噴き上がった。砕けた石畳が雨のように降り注ぐ。

 やがて土煙が晴れると、クレーターの中心で、岩のような巨体が、大の字になったまま、ぴくりとも動かなくなっていた。重圧の波動も、もう感じられない。完全に、沈黙していた。


 静寂。


 クレーターから、テラがゆっくりと歩み出てきた。

 竜化が解け、いつもの姿へと戻っていく。紅の瞳が、元の色へ。鱗の紋様が、肌の下へと引いていく。

 テラは肩で息をしながら、倒れて動かないラグエルを静かに見下ろした。


「……詫びよう、天使。化け物は私の方だったようだ」


 不敵な、しかしどこか誇らしげな笑みだった。胸の奥で、地龍の魂が満足げに唸るのを、テラは確かに感じていた。


「礼を言うぞ、相棒」


 小さく、誰にも聞こえない声で呟く。


 ◇


 その一部始終を、欄干から眺めていた者がいた。

 ティラエルだ。


「あーあ。何やってんのさ、ラグエル」


 気だるそうに、心底呆れたように頭を掻く。


「真面目にやってないのは、どっちなのさ。あれだけ偉そうに説教しといてさあ」


 俺はティラエルを見た。


「お前の上司は倒れたぞ。その余裕も、そこまでだ」


「上司ぃ?」


 ティラエルが、きょとんとした顔をした。

 それから、可笑しそうにくつくつと笑い出した。


「あー、そっか。自己紹介、まだだったね」


 その瞬間。

 不意に、嫌な予感が、俺の頭をよぎった。

 背筋を、氷のように冷たいものが這い上がってくる。

 おかしい。仲間が一人倒されたというのに、この少年には焦りも怒りも、何ひとつ浮かんでいない。むしろ、退屈な前座がようやく終わった、とでも言いたげな顔をしている。

 ティラエルが、欄干からゆっくりと身を起こした。気だるげな金色の瞳が、初めて、こちらを真っ直ぐに見下ろした。


「君たちの健闘を讃えて、特別に教えてあげる」


 ――夜風が、止まった。


「昂翼十聖天、《《第六位》》――『緩徐』《かんじょ》のティラエル」


 ティラエルが、にっこりと笑った。


「別に、覚えなくていいよ。どうせ君たち、みんな死ぬんだから」


 凍りついた空気の中で、誰も、言葉を発することができなかった。


(第75話 終)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ