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# 第74話:竜との絆と、地竜拳聖



 スキル「テイム」。

 テイマーと呼ばれる職業の者たちが魔物を従えるために用いるスキルだ。対象との間に絆の回路を築き、心を通わせ、その魔物が秘めた潜在能力を最大限に引き出す。

 魔物使いの、魔物使いによる、魔物のためのスキル。

 それを、拳士であるテラが今、自分自身の胸に向けて解き放った。


 ◇


 ――数日前。馬車の旅の途中。


「フィリアからテイムのスキルを、テラに移す」


 アルトがそう告げた時、テラは思わず眉をひそめた。


「フィリアには言霊がある。自分の意思で魔法を自由に動かせるんだから、テイムのスキルは要らない。眠ったままだ」


「待て、テイムだと?」


 テラは腕を組み、不機嫌さを隠さずに言った。


「私は拳士だ。魔物使いになる気は毛頭ないぞ。今さら魔物を飼い慣らして戦えと言うのか」


「分かってる」


 アルトは静かに首を振った。


「テラには、テラの中にいる地龍を従えてもらう」


「……なんだと?」


 テラの目が見開かれた。


「そんなことが、可能なのか。自分の中にいるものを、テイムするなど……聞いたこともない」


「分からない」


 アルトは正直に答えた。誤魔化しも、気休めもなかった。それから、テラの目を真っ直ぐに見た。


「だが、テラも感じているだろ? 自分の中にある、地龍の魂の存在を。……そして、それがまだ完全にはテラを認めていないことを」


 テラの表情が、固まった。

 図星だった。

 接ぎ木されて以来、ずっと感じていた。胸の奥に蹲る、巨大な何かの気配。力を貸してはくれる。だが、心までは開いていない。まるで、値踏みされているような。試されているような。お前は我が力を預けるに足る者か、と。無言のまま問われ続けているような、そんな違和感が、ずっと消えなかった。


「……気づいていたのか」


「庭師だからな。根の様子は、葉を見れば分かる」


 アルトは少しだけ笑って、続けた。


「もし地龍を完全に従えることができれば、お前の地拳術は更なる高みを目指せるはずだ。地龍の力を借りるんじゃない。地龍と共に戦う。その差は、天と地ほどに大きい」


「……」


「テラには、それができると俺は信じてる」


 あの時は、何も答えられなかった。

 ただ黙って、胸の奥の気配に意識を向けることしか、できなかった。


 ◇


(……ああ、そうだ)


 テラは胸に手を当てたまま、目を閉じた。

 燃える帝国。轟く戦場。眼前には昂翼十聖天の重圧。

 こんな絶体絶命の状況で、けれどテラの心は不思議なほど静かだった。

 父との一戦が、脳裏をよぎる。

 死を覚悟したあの瞬間、自分を救ったのは、目の前の小さな庭師だった。誰もが不可能と言うことを、あの男は迷いなくやってのけた。私の命を繋ぎ、地龍の魂を私に接ぎ、そして今もなお、私の可能性を信じている。


(アルト、私は——)


「私を信じたお前を、信じる!テイム、発動!!」


 テラの全身から、魔力が渦を巻いて立ち上った。

 意識が、内側へと潜っていく。

 深く。深く。骨の奥。血の底。魂の根のあるところまで。

 そこに、いた。

 巨大な、紅色の瞳。岩のような鱗。地の底で永い時を生きた、大地の支配者。

 地龍の魂が、静かにテラを見ていた。

 値踏みするような、あの視線で。


(……応えろ、地龍)


 テラは、その紅の瞳から目を逸らさなかった。


(お前の力を寄越せ、とは言わない。お前を道具として使う気もない)


 一歩、魂の中で歩み寄る。


(お前は私の命を救った。お前の核が、私の中で脈打っている。なら、もう他人ではないだろう)


 もう一歩。


(共に在ろう。お前の強さと、私の意志で)


 紅の瞳が、揺れた。


(行こう、私と共に。——更なる高みへ……!)


 沈黙。

 そして。

 巨大な紅の瞳が、ゆっくりと、細められた。

 笑ったように、見えた。


『――個体名、テラ・ガイア。大地を統べる竜族との揺るぎない絆を確認。条件を達成しました』

 澄んだ声が、頭の中に響き渡る。

『スキル【地拳術】が、覚醒。【地竜拳聖】へと進化します。また、スキル【竜化開放】の取得を確認』


 ドクン、と。

 テラの心臓が、一際大きく脈打った。

 全身を、灼けるような熱が駆け巡る。だが不快ではない。むしろ逆だ。今まで二つに分かれていた力が、一本の太い流れになって体中を巡っている。骨が、筋肉が、血の一滴までもが、新しく組み変わっていくのが分かる。


(……これが)


 テラは自分の拳を見下ろした。

 鱗の紋様が、淡く金色に輝いていた。


(これが、地龍と「共にある」ということか)


 胸の奥の存在は、もう蹲ってなどいなかった。すぐ隣に、寄り添うように立っている。背中を預け合う戦友のように、確かな存在感を放っている。


「……ほう」


 ラグエルが、初めて声色を変えた。

 組んでいた腕を解き、わずかに目を細めて、テラを見据える。


「先ほどまでとは、明らかに違うな。その佇まい、その魔力の質……人の身でありながら、竜の格を宿したか。面白い」


 ラグエルが、ゆっくりと拳を構えた。重圧の波動が、一段と濃くなる。


「少しは、楽しめそうだ」


 テラの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。


「その期待に、応えてやろう——」


 テラが、大地を深く踏み締めた。


「竜化開放、20%!!」


 瞬間、テラの全身から金色の闘気が爆発した。

 瞳孔が縦に裂け、爬虫類のような獰猛な紅色の目へと変わる。鱗の紋様が腕全体に広がり、角がわずかに伸び、長い尻尾がビュンと空を切って地面を打ち鳴らした。

 人でありながら、確かに竜へと近づいた姿。

 大地が、その誕生を祝福するように低く鳴動した。


「行くぞ、ラグエル……!!」


(第74話 終)


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