表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
73/100

# 第73話:純白のキャンバスと、覚醒の絵筆


「……っ、この、化け物め……っ!!」


 テラが歯を食いしばりながら吐き出した。

 ラグエルは表情一つ変えなかった。ただ、その視線がゆっくりと、テラの頭部から伸びる一本の角へと移った。


「それは、お互い様だろう。龍の娘よ」


 次の瞬間、ラグエルの丸太のような腕が伸びた。

 巨大な手が、テラの頭を鷲掴みにする。


「ぐ……っ!?」


 そのまま、まるで小石でも捨てるように、地面へと叩きつけた。轟音。石畳が放射状に砕け散り、テラの体が地面へとめり込む。さらにラグエルは掴んだ手を離さず、上から押さえ込んだ。テラの全身に、先ほどの倍以上の重圧が、容赦なくのしかかっていく。


「があ……っ、ぐ……うう……っ!!」


 地龍の膂力を以てしても、振りほどけない。骨が軋む音が、フィリアの位置まで聞こえてきそうだった。


「テラさん……!!」


 フィリアの心臓が、早鐘のように打ち鳴らされた。


(何とかしないと……何とかしないと、テラさんが死んじゃう……!!)


 考えろ。考えろ。考えろ。今の自分にできることを。

 フィリアは杖を構え、ありったけの魔力を込めた。


「純白の息吹プラヴィナ・ブレス!!」


 牽制の熱線が放たれた。純白の光がラグエルへと一直線に伸びる。

 しかし。

 熱線は、ラグエルに届く前に「潰れた」。

 見えない巨大な手に押しつぶされるかのように、光の奔流がぐにゃりと歪み、地面へとへし折れて霧散した。


「……っ!? そんな……魔法まで……!?」


 重さは、魔法にすら作用する。

 フィリアの背中を、氷のように冷たいものが伝った。あれは反則だ。近づくものも、飛ぶものも、放たれるものも、すべてが「重さ」の前に平伏してしまう。


(どうすれば……どうすればいいの……!)


 それでも。

 それでも、フィリアは思考を止めなかった。

 諦めて立ち尽くすことだけは、しなかった。

 その時だった。

 フィリアの杖が、淡く、優しい光を放ち始めた。


 ◇


 ――数日前。馬車の旅の途中。

 接ぎ木を終えた後、アルトはフィリアにこう言った。


「シアから移したのは、現代魔法の魔力回路だ」


「現代魔法の……回路……?」


「シアは聖剣術の使い手だ。剣に魔力を流す回路は使うが、魔法を組み立てるための回路はほとんど使わない。あいつの中で、ずっと眠ったままになってた」


「で、でも、私には古代魔法があります。今さら現代魔法をゼロから覚えるなんて……」


「違う。覚えるんじゃない」


 アルトは静かに首を振り、フィリアの白銀の杖を指した。


「フィリアの古代魔法は、純白のキャンバスだ。今までのフィリアは、たくさんの絵の具を持っていたのに、絵筆を持っていなかった」


「……絵筆……」


「ああ。お婆さんに教わった魔法が全部、絵の具だ。でも絵の具だけじゃ、何も描けない。現代魔法の回路は、その絵の具を自由な形で画布に乗せるための絵筆だ」


 アルトはフィリアの目を真っ直ぐに見た。


「この絵筆を握るかどうかは……フィリア、お前次第だ」


 ◇


(……絵筆)


 フィリアは、杖を強く握り直した。

 脳裏に、森の小屋の記憶が溢れ出す。

 お婆ちゃんが教えてくれた、意味の分からなかった数々の魔法。属性干渉の理論。歌うような長い詠唱。使い道のない術式。「いつか必要になるから」とだけ言って、厳しく教えられた。


(そうだったんだ……)


 全部、絵の具だったんだ。

 赤も、青も、金も、銀も。私の中には、最初から数え切れない色が眠っていた。

 足りなかったのは、それを画布に乗せる、一本の筆だけ。


(アルト様……私……)


 フィリアは、大きく息を吸い込んだ。

 燃える帝国の夜空の下、少女は宣言した。


「私、描きます……私だけの魔法を!!」


 その瞬間。

 頭の中に、澄んだ声が響き渡った。


『――個体名・フィリア。今昔の魔法回路の取得と、絶えることのない魔術への探究心を確認。条件を達成しました』

『スキル【古代魔術】が、覚醒。【大魔導】へと進化します』


 眩い光が、フィリアの全身を包み込んだ。

 体の中で、何かが繋がっていく。古代のキャンバスと、現代の絵の具と絵筆が。祖母の教えと、自分の意思が。バラバラだった点と点が、一本の線になっていく。


「ああ……アルト様……」


 フィリアの翡翠色の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「全部が、繋がりました……今なら、お婆ちゃんが教えてくれたことが、全部、全部分かる……!」


 フィリアは涙を拭いもせず、杖の切っ先を大地へと向けた。

 古代の言葉が、現代の回路の上で踊る。

 絵の具が、キャンバスに乗る。


「純白の土竜・プラヴィナ・モール・アーシー!!」


 大地が、震えた。

 純白の光を帯びた巨大なモグラが顕現し、瞬時に地中へと潜り込んだ。

 ラグエルの重圧は、上から押しつぶす力だ。空も、地表も、すべてが重さの支配下にある。


 だが——地面の下は、違う。

 土竜は重さの影響を一切受けることなく、大地の懐に抱かれながら、地中を一直線に突き進んだ。

 ラグエルの、真下まで。


「——ぬっ!?」


 地面が、爆発した。

 真下から突き上げられた純白の一撃が、ラグエルの巨体を、この戦闘で初めて宙へと浮かせた。岩のような巨体が体勢を崩し、テラを押さえつけていた手が、離れた。


「……っは!!」


 テラが跳ね起きた。重圧から解放された肺へ、大きく空気を取り込みながら、一気に距離を取る。


「フィリア……! 助かった、見事だ!! 良い魔法だった!!」


「えへへ……っ」


 フィリアが涙の残る顔のまま、誇らしげに、太陽みたいに笑った。

 テラは立ち上がり、拳を構え直した。砕けた石畳を踏みしめ、その口元に不敵な笑みが浮かぶ。


「私も、負けてはいられないな」


 テラの目が、まっすぐにラグエルを捉えた。

 体勢を立て直しつつある巨大な天使へ向けて、テラは自分の胸に手を当てた。


「使うぞ、アルト! お前がくれた、この力——」


 胸の奥で、眠っていた「もう一つの意識」が、目を覚ます。


「テイム!!」


(第73話 終)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ