# 第30話:光と闇のハイブリッドと、外された眼鏡
「――ッ!? ああああああっ……!?」
『作庭』が発動した瞬間、エルダの身体から、まばゆいほどの純白の光と、濃密な漆黒の霧が同時に噴き上がった。
地下図書館の薄暗い空間が、昼と夜が同時に訪れたかのような異様な魔力で満たされていく。
「くっ、凄まじい魔力量ですね……! アルト様、これは!?」
「大丈夫だ、シア! 彼女の魂に無理やり蓋をしていた歪みを、今、ハサミで綺麗に整えている!」
俺の手の中のハサミは、エルダのこれまでの努力を何一つ切り落としてはいなかった。
ただ、反発し合っていた光と闇の魔力動線を美しく「植え替え」し、お互いが栄養を補給し合えるよう、一つの太い幹へと替えていく。
(神聖魔法の圧倒的な『光』の土壌があるからこそ、影としての『闇』の芽がより深く、鋭く育つ。光と闇は敵対するものじゃない。背中合わせの双子なんだ――!)
「あ……、あ……温かい……。わたくしの内側で、ずっと暴れていた魔力が、こんなにも優しく、綺麗に流れていきますわ……!」
エルダの瞳から涙がこぼれ落ちる。
同時に、彼女の身体に無理な負荷を与え続けていた魔力の逆流が、完全に消滅した。
過剰な拒絶反応が収まったことで、彼女の目に急速に『光』が戻っていく。
カラン……。
役目を終えたように、彼女の顔から不格好で底の分厚い眼鏡が床へと落ちた。
「え……?」
横で支えていたフィリアが、思わず息を呑む。
眼鏡の向こうから現れたのは、息を呑むほどに美しく、神秘的なオッドアイだった。
右目はどこまでも澄んだ聖なる黄金色。左目は吸い込まれそうな宵闇の紫色。
視力を完全に取り戻したその美しい瞳が、信じられないものを見るように瞬き、やがて真っ直ぐに俺を捉えた。
「見えますわ……。空気の動きも、魔力の流れも、そして……わたくしを救ってくださった、貴方のお顔も……!」
「良かった。いい目だ、エルダ。……さあ、試してみるんたま。君の本当の力を」
俺が優しく促すと、エルダは自分の白く小さな両手を見つめ、かつてないほど滑らかに、術式を紡ぎ始めた。その呪文は、ルクレツィア公爵家が伝承する闇の術式でありながら、同時に神の慈愛を宿した、世界にただ一つのオリジナルだった。
「――光よ、闇を抱き、我が傷を癒やしなさい。『聖陰の天癒』!」
ゴォォォッ!と地下室を揺らすほどの魔力が膨れ上がり、次の瞬間、柔らかな光の粒子がエルダの身体を包み込んだ。
神聖魔法特有の、すべての疲労と傷を瞬時に消し去る絶対的な治癒の奇跡。だがそれだけではない。回復の光の周囲には、物理的な攻撃をすべて無効化するような漆黒の魔力結界が、薄いベールのように展開されていた。
「嘘……、回復魔法……? いいえ、それだけではありませんわ。わたくしが死に物狂いで修練した闇魔法の魔力が、回復術式を何倍にも強固に補強しています……!」
名門の落ちこぼれ、ガリ勉のFランク実技と罵られていた令嬢が、今、歴史上誰も成し得なかった『光と闇のハイブリッド僧侶』へと覚醒した瞬間だった。
「凄い……! こんな高密度で矛盾のない魔力、見たことがありません!」
フィリアが興奮で頬を紅潮させ、シアもまた、エルダの放つ圧倒的な「強者のオーラ」に満足そうに頷いた。
エルダはゆっくりと立ち上がると、泥のついた制服のスカートを上品に払い、俺の前で完璧な淑女の礼をして見せた。
「アルト様……。貴方はわたくしのこれまでの人生を、血の滲むような努力を、すべて救ってくださいました。このエルダ・ルクレツィア、命に代えても、貴方のその尊き『ハサミ』を支える盾となることを誓いますわ」
分厚い眼鏡を外し、絶世の美貌を露わにした天才令嬢が、至高の笑みを俺に向ける。
「手入れのしがいがある、最高の一輪だ。よろしく、エルダ」
俺がその手を取ると、彼女の頬がぽっと林檎のように赤く染まる。
それを見たシアとフィリアが、すかさず俺とエルダの間に割り込んできた。
「……エルダ、護衛ならすでに私がいます!。エルダさんは後方での治療に専念してください!」
「そうです! アルト様のお手入れ担当は私なんですからね!」
「あら? わたくしは光も闇も、前衛も後衛もすべてこなせますのよ? アルト様のすぐお隣、譲る気はありませんわ」
早くも火花を散らし始めるヒロインたち。
最強のヒーラー兼魔法使いを仲間に加え、俺たちのパーティはさらに盤石なものとなった。
「さて……それじゃあ、エルダをバカにしていた上の連中に、君の本当の『実技』とやらを拝ませてやろうか」
俺の言葉に、エルダは不敵で、最高に美しい笑みを浮かべた。
待っていろ、頭の固い魔術学園のエリートども。至高の庭師による、容赦のない「学園の手入れ」が、ここから始まる。
(第30話 終)




