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# 第29話:学術都市の案内係と、輝きを待つ双葉



 商業都市リファルを旅立ってから数日。俺たちはギルド長に指定された次なる舞台、大帝国が誇る最高峰の学術都市『オルトヴィン』へと到着していた。

 街全体が白い石造りの美しい建造物で統一され、行き交う人々の多くが魔術師のローブや、学生帽を身につけている。


 俺たちがまず向かったのは、街の中央に広大な敷地を構える『オルトヴィン最高峰魔術学園』だった。街のギルド長からの紹介状の通り、この学園の敷地内にある大図書館に、お目当ての古代地脈学の文献が集まっているらしい。


「ここが魔術学園ですか。何だか鼻持ちならない魔力の匂いがしますね」


 シアが不快そうに、綺麗な黒髪の隙間から覗く白い耳をピクリと動かし、純白の剣の柄に手を添える。


「ふふ、シアさんは身体を動かす方が専門ですもんね。でも、世界中の魔法の本が集まっているなんて、私、すごくワクワクします!」


 フィリアは白銀の霊樹の杖を抱きしめ、子供のように目を輝かせていた。

 学園の重厚な門をくぐり、受付でギルドからの紹介状を提示すると、Bランク冒険者である俺たちには一人の「案内係」が付けられることになった。


「あ、あの……本日、大図書館のご案内を担当させていただきます、エルダ・ルクレツィアと申しますわ……」


 現れた少女を見て、俺は少し目を見張った。

 お世辞にも仕立てが良いとは言えない、色褪せた学園の制服。顔の半分を覆うような、不格好で底の分厚い眼鏡。

 彼女は俺たちに向かって完璧に洗練された一礼をして見せたが、その分厚いレンズの奥にある瞳は、かすかに虚空を彷徨っているように見えた。俺の目と、ほんの少しも視線が噛み合わないのだ。


(……いや、見えていないのか? 単なるドジやガリ勉のそれじゃない。まるで、過剰な魔力の拒絶反応で、光を失いかけているような……)


「おいおい、見ろよ。今日の案内係、あの『ルクレツィア家の恥晒し』だぜ」

「座学だけは首席のガリ勉のくせに、実技はFランク以下なんだろ?」

「闇魔法の名門の令嬢が、分厚い眼鏡をかけて泥臭く本の虫かよ。不気味ったらねえな」

 

廊下をすれ違うエリート然とした生徒たちが、エルダを見てクスクスと下品な嘲笑を投げかけてくる。

 エルダは分厚い眼鏡のフレームを震える指で押し上げ、毅然と言い放った。


「……お聞き苦しい雑音が混ざりましたわね。さあ、こちらが地下大図書館の入り口になりますわ。古代地脈学の書架ですね。ご案内いたしますわ」


 彼女はほとんど目が見えていないはずなのに、驚くほど正確な足取りで、暗い地下へと続く階段を降りていく。全ての書層の配置が、彼女の天才的な頭脳に叩き込まれているのだ。

 薄暗い地下の書架。静寂が広がる中、エルダは俺たちの目的に合わせてテキパキと古い魔導書を揃えてくれた。


「こちらが、ここ百年の地脈の系譜に関する文献ですわ。……あの、何か他にお手伝いできることはございますでしょうか」


 深々と頭を下げるエルダ。

 だが、俺の『剪定』の目は、彼女が言葉を発するたびに体内で激しくのたうち回る、強烈な魔力の不協和音を捉えていた。


(……なんだ、この歪みは。まるで、ひまわりの土壌に、無理やり日陰の毒キノコを植え付けているような……)


 彼女の血筋である「闇魔法」への絶え間ない修練の痕跡はある。しかし、彼女の魂という名の根っこが本来求めているのは、真逆の『眩いばかりの光』だ。器と才能が完全に反発し、自らの身体を内側から焼き尽くし、そのせいで視力まで失いかけている。


「ルクレツィア、さんだったっけ」


 俺が声をかけると、エルダはビクリと肩を揺らした。


「は、はい……何か、不手際がございましたでしょうか。これでも、座学だけは誰よりも修めておりますのよ?」


 少し強がるように、しかし怯えを隠せない様子で答えるエルダ。


「いや、案内は完璧だ。ありがとう。……ただ、君のその身体、もの凄く悲鳴を上げている。君の根っこは、闇の土壌じゃない。本当は、まばゆいほどの光の才能に満ちあふれている」


「な……っ!? わ、たくしの根っこが、闇ではない……?」


 エルダの分厚い眼鏡の奥の瞳が、驚愕に見開かれた。


「君がこの才能の不一致に苦しみながらも、どれだけ血の滲むような努力をして闇魔法を修練してきたか……その完璧な魔力の術式を見れば分かる。本当によく頑張ったんだな」


「あ……」


 他の誰もが「ガリ勉の落ちこぼれ」としか見なかった彼女の『努力の成果』を、初対面の俺が一瞬で見抜いた。エルダの瞳から、一筋の涙がポロポロと溢れ出す。

 俺は彼女を救うため、腰のポーチから愛用の剪定鋏を抜き放った。

 しかし――いざハサミを構えたその時、俺の手がピタリと止まった。


(――待て。俺の『剪定』の力は、悪い枝葉を『切り落とす』スキルだ。もし今、彼女の身体を蝕む闇の魔力を切り落としてしまえば……彼女がこれまでルクレツィア家の令嬢として、泣きながら、血を吐きながら積み上げてきた、あの健気で美しい闇魔法の努力の芽まで、すべて消えてなくなってしまう……!)


 それは庭師として、絶対にやってはならない。剪定ではなく残酷な伐採だ。


(俺には……俺には彼女が努力で芽吹かせたこの闇魔法の芽は切れない……! どちらか一方を殺すんじゃない、光も闇も、両方を活かして救う方法はないのか……? どうすればいい……!?)


 エルダのこれまでの人生を、その努力を、すべて全肯定して救いたい。

 俺が心からそう願い、ハサミを握る手にぐっと力を込めた、その時だった。


 ――キィィィィィン……ッ!!!


 突如として、俺の手の中で剪定鋏が、眩い白銀の光を放ち始めた。


『――個体名・アルト。庭園《世界》への深い慈愛と、植物《生命》の命脈を全肯定する覚悟を確認。条件を達成しました』


『スキル【剪定】が、【作庭ガーデニング】へと昇華します』


 脳内に響く無機質なアナウンス。

 手の中で光り輝くハサミは、単に「不要なものを切る」道具から、庭の環境を整え、「全ての蕾を美しく咲かせる」ための、奇跡の道具へと進化を遂げていた。


「これなら……いける!」


 光を放つハサミを構え直した俺を見て、シアとフィリアが確信に満ちた笑みを浮かべて頷く。


「な、何が起きていますの……!? 眩しくて、何も……!」


「大丈夫だ、エルダ。君の努力も、君の本当の才能も、俺が全部綺麗に咲かせてみせる」


 俺はエルダの胸元――彼女の体内で激しく反発し合っていた「光」と「闇」の結び目に向けて、新しく生まれ変わったハサミを真っ直ぐに突き出した。


「――『作庭』開始!」


 地下大図書館の奥底に、未来を切り開く美しい金属音が響き渡った。


(第29話 終)

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