# 第28話:アルトの去った庭園と、伯爵の自業自得
かつて、庭師アルトが毎日ハサミを入れ、完璧なバランスを保っていたあの伯爵邸の庭。
地脈の交差する場所に建てられたその邸宅の庭は今、見る影もないほどに変貌しつつあった。
「な、なぜだ……! なぜこれほど最高級の魔力肥料を注ぎ込み、腕利きの庭師を新しく雇ったというのに、枯れていくのだ……!?」
庭園の中央で、新しく雇われた庭師を自称する男が、頭を抱えて悲鳴を上げていた。
彼の周囲を取り囲む伯爵家の家臣たちや、アルトを「無能の草むしり」と罵って一方的に追放した伯爵本人も、一様に顔を青くして突っ立っている。
かつてアルトがいた頃の庭園は、ただ美しいだけでなく、伯爵邸の地下を流れる地脈の歪みを安定させる「安全弁」の役割を果たしていた。
アルトは毎日、ただの雑草を抜いているように見えて、実は地脈の交差から生じる「悪意のツタ」を、的確に、そして誰も気づかないほど自然に剪定していたのだ。
しかし、アルトを追い出した後任たちがやったことといえば――。
「やはり、魔力が足りないのではないか? もっと、もっと地脈の源泉から魔力を引き上げて、霊樹たちに注ぎ込むんだ!」
「は、はい! ただちに!」
彼らは植物の本質を何も分かっておらず、ただ「高級な魔力肥料を大量に与えれば元気になる」と勘違いしていた。
その結果、過剰すぎる魔力を与えられた木々は、美しく咲くどころか、ブクブクと醜く肥大化。耐えきれなくなった根元からは、ドス黒い「悪意のツタ」が異常繁殖し、伯爵邸が何代にもわたって守ってきた庭木の幹をガチガチに締め付け、その栄養を吸い尽くし始めていた。
「バカな……! 雑草を抜くだけだったあの男の仕事を真似て、毎日草むしりをさせているのに、どうして地脈がこんなに狂うんだ……!?」
後任の庭師が吐き捨てる。
彼らにとって、アルトの仕事は「誰にでもできる単純作業」に見えていた。だが、アルトがどの枝を、どのタイミングで、どれだけの深さで剪定していたのか。そのハサミ一太刀に込められた「神業」の領域の技術は、どれだけ腕が立つと自称する人間が真似ようとも、決して再現できるものではなかったのだ。
バリバリ、と不気味な音が響く。
ついに、庭園の象徴であった古木の一本が、悪意のツタに締め殺されてへし折れた。
それと同時に、庭園の地下を流れる地脈が大きく逆流し、不気味な地鳴りが伯爵邸全体を揺らす。
「ひ、ひぃっ!? 地脈が、地脈の汚染が止まりません!」
「このままでは邸内の草木が全て枯れ果て、隣接する農地にまで影響が出ますぞ!」
「ど、どうすればいいのだ! あの庭師……アルトは今どこにいる!? すぐに連れ戻してこい!」
家臣たちが泡を食って叫ぶが、すでに遅い。
「無能の草むしり」と罵って叩き出した至高の庭師は、もう二度と戻らない。
伯爵邸の庭が内側から急速に腐り、自業自得の破滅へと突き進んでいることなど、知る由もないアルト。
彼は今、シアとフィリアを連れて、次なる目的地へと足を踏み入れようとしていた――。
(第28話 終)




