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# 第3話:規格外のサイズと、庭師の予算


「いらっしゃいませ。あら、お若い旦那さん、今日はお一人で?」


 宿を出てすぐの場所にある、庶民向けの衣服店。

 店内に足を踏み入れると、恰幅のいい気さくなおばちゃん店主が笑顔で迎えてくれた。ハンガーに掛けられた色とりどりの既製品の服を眺めながら、俺は懐の財布をそっと確かめる。残金は銀貨が数枚。贅沢はできないが、女の子の普段着一着くらいならなんとかなるはずだ。


「すみません、女の子の服を探しているんですけど……」


「おや、恋人への贈り物かい? いいねぇ、ごちそうさま。で、そのお嬢さんのサイズはどれくらいんだい?」


 おばちゃんがニヤニヤしながら、メジャーを手に取る。


「サイズ、ですか……。ええと、それが……昨日までは大体12歳か13歳くらいの、背が低くてガリガリな感じだったんですけど……」


「はぁ? 昨日まで?」


 おばちゃんは怪訝そうな顔で眉をひそめた。当然の反応だ。一日で人間が育つわけがない。


「いや、その、一晩でちょっと……その、もの凄く育ちまして。背は俺の肩くらいまであって、手足が長くて、その、なんていうか……胸のあたりが、その、信じられないくらいボーンとしてるというか……」


 身振り手振りで必死に説明する俺を、おばちゃんは冷ややかな目で見ていた。完全に「妄想の激しい危ない客」を見る目だ。


「ちょっと、旦那。冗談は夢だけにしておくれよ。昨日まで子供だった子が、一晩でそんなグラマラスな大人の女になるわけないだろ? 正直に言いな、自分の趣味の服を買いに来たのかい?」


「違います! 本当なんですって!」


 いくら説明しても信じてもらえるはずがない。だって俺自身、まだ現実を受け止めきれていないのだから。

 俺が必死に弁解していると、衣服店のドアがカランカランと音を立てて開いた。


「――アルト様! よ、よかった、追いつきました……!」


 息を切らせて店に飛び込んできたのは、ボロボロの灰色の布切れを必死に手で押さえた、漆黒の髪の美少女だった。

 激しく動いたせいで、布切れの隙間から健康的な白い太ももや、はち切れんばかりの胸元がチラチラと覗いている。街ゆく男たちの視線を一瞬で奪い去ってきたであろうその姿に、店の中が一気に華やいだ。


「シ、シア!? 部屋で待ってろって言っただろ!?」


「す、すみません……! でも、アルト様が私を置いてどこかへ行ってしまうんじゃないかと思ったら、怖くて……」


 シアは潤んだ瞳で俺の袖をぎゅっと掴む。その姿は完全に主を慕う忠犬そのものだが、見た目が「超絶スタイルの美女」になっているせいで、破壊力が昨日の比ではない。

 おばちゃん店主は、シアの姿と俺の顔を何度も往復させ、驚きのあまり顎が外れそうなほど口を開けていた。


「ちょっと旦那……。あんた、嘘はついてなかったんだね。っていうか、このお嬢さん、とんでもないべっぴんさんじゃないのさ!」


「だから言ったでしょう。……というわけで、この子に合う服を大至急お願いします。今のままだと色々と目に毒というか、犯罪的なので」


「分かったよ! 職人の血が騒ぐねぇ! ほら、お嬢ちゃん、こっちにおいで。サイズを測るからね!」


 おばちゃんはシアの手を引いて、試着室の奥へと連れて行った。

 カーテンの向こうから、「うわぁ、何この胸……お尻のラインも完璧じゃないの……本当に昨日まで子供だったのかい?」というおばちゃんの驚愕の声が漏れ聞こえてくる。俺は居心地が悪くなって、店内の片隅でそわそわと待つしかなかった。

 数分後、カーテンが開く。


「お待たせ、旦那。とりあえず、店にある一番大きなサイズの街着を着せてみたんだけどさ……」


 おばちゃんが苦笑いしながらシアを送り出してきた。

 シアは恥ずかせそうに頬を赤らめながら、もじもじと足元を見つめている。

 着せられていたのは、緑色のシンプルなワンピースだった。

 デザインは悪くない。悪くないのだが――サイズが明らかに合っていなかった。

 ウエストは綺麗に収まっているのに、胸元がパッツンパッツンでボタンが悲鳴を上げており、少しでも前屈みになれば弾け飛びそうだ。さらに、健康的に伸びた手足に対して、袖や裾の丈が少し短く、ツンツルテンに見えてしまう。


「シアちゃんのプロポーションが規格外すぎて、既製品の『普通サイズ』じゃ生地が足りないんだよ。これじゃあ、ちょっと動いただけで破けちまうね」


「そんな……。じゃあ、もっと大きいサイズは?」


「あるにはあるけど、それだと今度はウエストや肩幅がダボダボになっちまう。この子のスタイルを活かすなら、仕立て直すか、伸縮性のある特殊な魔糸で編まれた冒険者用のインナーにするしかないねぇ」


「冒険者用……おいくらですか?」


 おばちゃんが指を立てて提示した金額は、俺の財布の中身を綺麗にオーバーしていた。


「うぐっ……」


 クビになった庭師の現実が、ここにきて突き刺さる。シアを救うことはできたが、彼女にまともな服一着すら買ってやれないなんて。

 情けない思いで俯きかける俺の袖を、シアがそっと引いた。


「あの、アルト様。私はこのままでも大丈夫です。アルト様が困るくらいなら、昨日の布切れで十分ですから……!」


 どこまでも健気なシアの言葉に、俺はハッと目を開いた。

 いや、ダメだ。彼女を『剪定』して本来の美しい姿に戻した責任が俺にはある。庭師が、手入れした花をそのまま放置して枯らすような真似ができるか。


「……おばちゃん。仕立て直しが必要なその服、俺に触らせてもらえませんか?」


「は? 旦那が触ってどうするんだい?」


 俺は腰のポーチから、愛用の剪定鋏を抜き放った。

 布を切るためのハサミではない。だが、今の俺には見えていた。そのワンピースの生地に流れる、糸の突っ張りや仕立てのわずかな歪みが、まるで「手入れの行き届いていない枝葉」のようにハッキリと。


「仕立て直しなら、庭師の得意分野です」


 俺はハサミを構え、シアの着ている服の、生地を引っ張っている無駄な縫い目へと狙いを定めた。

(第3話 終)


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