# 第4話:庭師の鋏は、ドレスすら『剪定』する
「おいおい、旦那。冗談だろ……?」
ハサミを構えた俺を見て、おばちゃん店主が呆れたように声を漏らす。
無理もない。仕立て直しの道具といえば、普通は裁ち鋏に針と糸だ。俺が握っているのは、植物の硬い枝を切り落とすためのごつい剪定鋏なのだから。
だが、俺の目にはハッキリと見えていた。
シアが着ている緑色のワンピース。その生地を構成する無数の糸の集まりが、まるで一本の「手入れを怠った庭木」のように見えている。
胸元がパッツンパッツンに張っているのは、布地の限界ではない。仕立ての段階で、特定の糸が余計に突っ張り、全体の『流れ』をせき止めているせいだ。袖や裾の丈が足りないのも同じ。どこか一箇所に無駄な張りが集中しているから、全体に生地が行き渡っていないだけ。
(そこを……間引く!)
「シア、ちょっとだけじっとしていてくれよ」
「は、はい……!」
シアが緊張したように体を硬くする。
俺は一歩踏み込み、シアの胸元、そして脇のあたりに流れる『糸の歪み』の結び目へ向けて、迷わずハサミの刃を滑らせた。
チョキン――。
静かな衣服店に、硬質な金属音が響く。
当然、シアの肌には一切触れていない。それどころか、ワンピースの布地そのものを切り裂いたわけでもなかった。
刃が噛み合った瞬間、ピキィン、と弾けるような音がした。
俺が切り落としたのは、服の伸縮性を殺していた『余計な突っ張り』そのものだ。
「え……? あ、あれ……!?」
おばちゃん店主が、今日一番の衝撃に目を見開いた。
音が響いた直後、シアの着ていたワンピースが、まるで生き物のように形を変え始めたのだ。
胸元のパッツンパッツンだったボタンの張りが一瞬で緩み、豊かな膨らみに合わせて布地がしなやかに広がる。それだけではない。どこかに引きずられてツンツルテンになっていた袖や裾が、するすると生き物のように伸びていき、シアの手首と足首を綺麗に包み込むジャストサイズへと変化していく。
ダボついている場所は一切ない。
シアの引き締まったウエスト、スラリと伸びた脚、そして圧倒的な胸のプロポーション――そのすべてを、まるで一流の職人が数日かけてオーダーメイドで仕立て上げたかのように、完璧に引き立てる極上のドレスへと『剪定』されたのだ。
「な、ななな……何だい、今の魔法は……!? 糸も針も使わずに、既製品の服のサイズを完全に作り直したっていうのかい!?」
おばちゃんが頭を抱えて叫ぶ。
職人として長年服を扱ってきた彼女だからこそ、今目の前で起きた現象がどれほど異常か、骨の髄まで理解できるのだろう。
「魔法じゃないですよ。俺のスキルはただの『剪定』です。無駄な枝や、成長を邪魔している突っ張りを間引いただけです」
「そんなの『ただの剪定』って言うわけないだろ! 縫い目の歪みを見抜いて、生地のポテンシャルを最大に引き出すなんて……旦那、あんたもし衣服の職人になったら、国中の仕立て屋が全員失業しちまうよ!」
大げさに褒めちぎるおばちゃんを前に、俺は照れくさくてハサミをポケットにしまった。
まさか人間だけでなく、無機物である服にまで『剪定』が通用するとは思わなかった。このスキルの可能性は、俺自身が思っているよりもずっと深いのかもしれない。
「アルト様……凄いです。驚くほど体に馴染んで、すごく動きやすいです……!」
シアは自分の新しい服の裾を嬉しそうにつまみ、くるりと一回転してみせた。
緑色のワンピースがひらりと舞い、彼女の漆黒の髪と抜群のスタイルがさらに際立つ。その無邪気で美しい姿に、俺はまたしても心臓が跳ねるのを自覚した。昨日までの幼い面影はどこへやら、今の彼女は街行く誰もが振り返るほどの絶世の美女だ。
「あ、ああ、よく似合ってるよ、シア。……おばちゃん、この服、これで売ってもらえるかい?」
「売るも何も、旦那が自分で仕立て直しちまったんだからねぇ。本当なら技術料を上乗せして特注品として売りたいくらいだけど……うん、旦那のその規格外の腕前に免じて、最初の既製品の値段のままでいいよ! 銀貨3枚だ!」
「本当ですか!? 助かります!」
俺はホッと胸をなでおろし、財布から銀貨3枚を取り出しておばちゃんに手渡した。これでひとまず、シアの衣服問題は解決だ。
「ありがとうございます、アルト様。大切に、大切に着ますね」
シアは胸の前で両手を合わせ、本当に幸せそうに微笑んだ。
その純粋な感謝の眼差しを向けられるだけで、クビになって底辺に落ちたはずの俺の心が、不思議と満たされていくのを感じる。
「よし、服も手に入ったし、次は飯だな。シア、お腹空いてるだろ?」
「はい! アルト様と一緒なら、なんだって美味しいです!」
再び俺の袖をぎゅっと握りしめてくるシア。
見た目は大人、中身は従順な忠犬。そんな彼女を連れて、俺たちは衣服店を後にした。
しかし、店を出て賑やかな大通りを歩き始めた直後――。
俺たちの前に、数人の男たちが立ち塞がった。ギラギラとした下品な目でシアを品定めするように見つめる、武器を腰に下げた男たち。その中の一人の顔を見て、俺の心臓が冷たく跳ね上がった。
(あいつは……昨日、俺をクビにした伯爵のところの、お抱え冒険者……!?)
(第4話 終)




