# 第26話:英雄の休息と、湯煙の攻防戦
「はぁ……極楽、極楽……」
高級宿『碧翠の休処』の最上階。俺は今、Bランク昇格の祝金で奮発して借りた、専用の「貸切大浴場」の大きな湯船に浸かっていた。
大理石で作られた贅沢な湯船には、街の地下から汲み上げられたという、ほんのり花の香りがする極上の温泉がたっぷりと注がれている。
ここ数日の激闘、あるいはアースベアの変異種を剪定した時の緊張感が、温かいお湯の中に溶けていくようだ。
「ふぅ……。やっぱり、たまにはこうして体を手入れしてやらないとな」
頭に白いタオルを乗せ、湯船の縁に頭を預けて目を閉じる。
のんびりと一人の時間を満喫していた、その時だった。
ガラガラ……と、脱衣所へと続く磨りガラスの引き戸が、静かに開いた。
「アルト様。失礼いたします…」
「うおっ!?」
お湯の音に混ざって聞こえてきた凛とした声に、俺は思わず跳び起きた。
湯煙の向こうから現れたのは、いつも身につけている濃紺の革鎧を脱ぎ捨て、真っ白なバスタオルを胸元から太ももまで、ただ一枚だけ巻きつけたシアの姿だった。
濡れて肌に張り付いた漆黒の長い髪。いつもは鎧に隠されているが、バスタオル越しでもはっきりと分かる、豊満で形の良い胸の膨らみと、きゅっと引き締まった細いウエスト、そしてそこから伸びるスラリとした美脚。お湯の熱気のせいか、その白い肌はほんのりと薄紅色に染まっている。
「シ、シア!? どうしたんだ、そこは貸切だけど一応混浴じゃ……」
「はい。ですので、アルト様のお背中を流しに参りました!」
シアは至って真面目な顔で、しかしその琥珀色の瞳をどこか潤ませながら、湯船の縁へと歩み寄ってきた。バスタオルが動くたびに、しなやかな太ももがチラチラと見えて、俺の目のやり場が完全に消失する。
「護衛たるもの、主人の身の回りのお世話をするのは当然の義務。それに……その、お疲れのアルト様の綺麗なお体を、他の方に見られる前に、私が一番に『手入れ』したくて……」
後半はほとんど蚊の鳴くような声だった。いつもは感情を真っ直ぐ顔に出す彼女だが、漆黒の髪の隙間から覗く白い耳までが、恥ずかしそうに真っ赤に染まっている。
いつもはアルト様アルト様と素直すぎるほど気持ちを表に出す彼女の、こういう照れた時だけ見せるこの顔の破壊力。俺がどう応えていいか分からず湯船の中で固まっていると、再び引き戸が勢いよく開いた。
「あーーーっ!! ず、ずるいです、シアさん!!」
湯煙を割って乱入してきたのは、フィリアだった。
彼女もまた、小さな身体に大きめのバスタオルを巻きつけていたが、エルフ特有の華奢で繊細な鎖骨や、細い肩が露わになっている。小柄ながらも、瑞々しさを感じさせる太ももが眩しい。
「フィリアまで!? お前たち、一体どうしたんだよ」
「どうしたじゃありません! シアさんが『アルト様の背中を流して既成事実を作る』って部屋で呟きながら出て行ったので、怪しいと思って追いかけてきたんです! アルト様のお手入れなら、私だって負けません!」
「き、既成事実などと言ってないです。フィリア! 私はただ、忠義を果たそうと……!」
「顔が真っ赤ですよシアさん! 私だって、アルト様にこの綺麗な魔力のお肌を見てもらいたいんですからっ!」
フィリアはそう叫ぶと、なんとバスタオルのままドボン、と湯船の中に飛び込んできた。
「わわっ!」と慌ててシアも湯船へと滑り込んでくる。
結果として、広く贅沢だったはずの湯船の中で、俺は右側にシア、左側にフィリアという、前代未聞の超至近距離で挟まれる形になってしまった。
「アルト様、まずは右肩からお流ししますね。……ほら、フィリア、邪魔をしないでください!」
シアが密着するようにして俺の右腕を取り、お湯をかけてくる。彼女の豊かな胸の柔らかい感触が、二の腕を通じてダイレクトに伝わってきて、俺の心臓が爆発しそうになる。いつもは凛々しいシアの、この甘えるような密着は反則だ。
「むぅー! じゃあ私は左側です! アルト様、私の古代魔法の魔力でお湯をちょうどいい温度に温めてあげますからね!」
フィリアは俺の左腕をぎゅっと抱きしめ、白銀の杖の代わりに俺の腕に魔力を流してくる。ほんのりと心地よい温かさが伝わってくるが、それ以上に、エルフ特有の甘い花の香りと、すぐ近くにある可愛い顔に生きた心地がしない。
「お、おい、二人とも……嬉しいけど、ちょっと距離が近すぎないか? のぼせちゃうというか、俺の理性のハサミが折れそうなんだけど……」
「のぼせてしまったら、私が口移しでお水を……」
「な、何言ってるんですかシアさん大胆すぎます! 私が風の魔法で冷ましてあげます!」
「いや、そういう問題じゃなくてね!?」
左右から押し寄せる、圧倒的な美少女たちの熱気と甘い匂い。
戦場ではどんな強力な変異種も一撃で剪定してみせる俺だったが、この湯煙に包まれた二人からの猛攻にだけは、ただただ顔を真っ赤にしてタジタジになるしかなかった。
「……まぁ、たまにはこういう賑やかな手入れも、悪くないか」
のぼせかける頭でそんなことを思いながら、俺たちの賑やかで少し刺激的な休息の夜は、更けていくのだった。
(第26話 終)




