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# 第13話:腕に宿る歪みと、庭師の処方


ギルドの酒場が水を打ったように静まり返る中、俺は頭を下げるボルドを見下ろしていた。

昼間の傲慢さはどこへやら、今の彼からは、剣士としての命脈が尽きかけている者の悲壮感が漂っている。

「……いいですよ。ここで立ち話もなんです、奥の席を借りましょう」

「あ、ああ……すまねえ」

受付嬢に頼んで、ギルドの隅にある個室の相談ブースへと移動する。

シアは俺のすぐ後ろに立ち、警戒を怠らない。ボルドは重い足取りで椅子に腰掛けると、意を決したように、これまで服のなかに隠していた右腕を天板の上に晒した。

「――っ」

後ろで見ていたシアが、小さく息を呑む。

ボルドの右腕は、関節のあたりが禍々しく赤黒く腫れ上がり、皮膚のすぐ下を流れる魔力の光が、まるで今にも破裂しそうなほどに歪に脈打っていた。

「……数ヶ月前から、大剣を振るたびに激痛が走るようになった。治癒魔術師には筋肉の疲労だと言われ、痛み止めを飲みながら誤魔化してきたが……もう、感覚がほとんどねえ。さっき、てめえに言われて心臓が止まるかと思ったぜ。俺のこの腕が、もう長くねえってことを見抜かれたからな」

ボルドは自嘲気味に笑う。

俺は何も言わず、その右腕に『剪定』の目を向けた。

やはり、酷い状態だ。

彼の右腕に流れる魔力の系譜は、まるで長年放置されてツタが絡まり、自重でへし折れかけている大木の枝だった。大剣という重すぎる獲物を扱い続けた負荷と、彼自身の強力すぎる炎の魔力が、右腕の関節部分で渋滞を起こし、逃げ場を失ったエネルギーが肉体を内側から焼き切ろうとしている。

「ボルドさん。あなたの腕を縛っている『無駄な枝』を切り落とします。じっとしていてください」

俺は腰のポーチから剪定鋏を抜き放ち、その冷たい刃をボルドの赤黒く腫れ上がった手首へと添えた。

「――間引きます」

刃を噛み合わせ、力を込める。

**チョキン――!**

澄んだ金属音が室内に響いた瞬間、ボルドの右腕から「プシューッ!」と、目に見えない熱気が噴き出した。

手首と肘の関節に絡みついていた、魔力の淀み――あの赤黒い雑草の根元が、一瞬で綺麗に切り落とされたのだ。

「っ……あ、ああ……!?」

ボルドが驚愕の声をあげる。

見る見るうちに右腕の腫れが引き、元の健康的な肌色へと戻っていく。それだけでなく、麻痺していた指先が、まるで生まれたてのように滑らかに動き始めた。

「動く……痛みが、完全に消えてやがる……! 嘘だろ、治癒魔術でも治らなかったのに、ハサミ一つで……!」

「言ったでしょう、余計な枝を落としただけです。ですが――」

俺はハサミを収めながら、厳しい口調で言葉を続けた。

「正直に言って、今のあなたの魔力の流し方そのものを変えないと、また同じように枝が腐りますよ。あなたの『烈火術』は強力ですが、一箇所に力を込めすぎている。庭の木と同じです。一本の枝だけに栄養を送りすぎれば、全体のバランスが崩れて木が傾く」

「流し方を変える……? スキルの使い方を、今さら変えろってのか?」

「そうです。大剣の重さに頼るなとは言いませんが、もっと背中や腰の筋肉へ魔力を分散させるべきだ。でなければ、半年後にまた同じ治療をする羽目になります。……もっとも、その時は私のハサミでも切り落とせないほど、深く腐っているかもしれませんがね」

俺の言葉に、ボルドはしばらく自分の右腕をじっと見つめ、それから深く息を吐いた。

「……手厳しいな。だが、てめえの言う通りだ。俺は自分の力に溺れて、土台の歪みから目を背けていた。身に沁みるぜ、庭師の旦那」

ボルドは椅子から立ち上がると、俺に向かって深々と頭を下げた。今度は、ただ助けを求めるためではなく、一人の職人に対する本物の敬意がそこにはあった。

「今回の礼だ。受け取ってくれ」

ボルドが机の上に置いたのは、いくつかの金貨が入った小さな袋だった。

「これ以上は今の俺のプライドが許さねえ。……次に会う時は、もう少しマシな『手入れの行き届いた男』になってみせるさ」

ボルドはそれだけ言うと、すっきりとした顔で個室を去っていった。

「アルト様、さすがです……。あんなに強そうだった人が、アルト様の前でまるで剪定されるのを待つ大人しい庭木のようになっていました」

シアが尊敬の眼差しを向けてくる。

「いや、俺はただ、道具や人の力が不格好に歪んでいるのが落ち着かないだけだよ。……さて、これで本当にお金持ちになったな。シア、今夜は思いっきり美味いものを食べて、いい宿に泊まろう」

「はい! アルト様!」

ボルドの報酬のおかげで、俺たちの懐は一気に潤った。

しかし、俺はハサミをポーチに戻しながら、ふと考え込んでいた。

(枝を切り落とすだけじゃなく……いつか、空間そのものや、複数の人間の力をトータルで整えるような、そんな『設計』みたいなことができたら、もっと凄いことができるんじゃないだろうか……)

かつて老庭師の親方から教わった、庭園全体の景観を造り上げる仕事。

その広大なイメージが、アルトの脳裏に小さな種として、静かに、しかし確かに植え付けられた瞬間だった。

(第13話 終)


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