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# 第12話:規格外の収穫と、静まり返る酒場


「……よし、これで大体三十匹というところか。シア、さすがにこれ以上は持ちきれないな」


「はい、アルト様! でも、このウサギたちの肉、すごく美味しそうですね」


 夕暮れ時の茜色の光が草原を染める頃、俺たちの足元には、きれいに仕分けされたキバウサギの死骸が山積みになっていた。

 最初の数匹こそ、新しくなった剣の扱いに加減が難しく、勢い余って肉まで消し飛ばしかけていたシアだったが、十匹目を越える頃には完全に感覚を掴んでいた。

 俺が剪定したあの剣は、彼女の鋭い魔力を一滴も漏らさずに刃へと伝え、最小限の力で、かつ正確に魔物の急所だけを断ち切るようになっていたのだ。

 結果として、毛皮も肉も一切傷のない「最高品質の素材」が大量に手に入ることになった。

 俺は庭師の職能を活かし、持参していた麻紐で手際よくウサギたちを縛り上げ、シアと手分けして背負う。


「これだけあれば、今夜の宿代どころか、しばらくはまともな飯が食えそうだな。街へ戻ろう」


「はい!」


 街の頑丈な城門をくぐり、俺たちは再び冒険者ギルド『リファル支部』へと戻ってきた。

 時刻は夜の配給や酒場の営業が始まる書き入れ時。昼間よりもさらに多くの冒険者たちが集まり、ギルド内は熱気と怒号、そして安酒の匂いで満ち満ちていた。

 そこへ、両手いっぱいに大量の獲物を抱えた俺とシアが足を踏み入れる。


「おい、なんだあいつら……」

「昼間のハサミの若造と、あの測定不能の奴隷娘か?」


 一瞬でざわめきが広がる。

 だが、彼らが本当に驚いたのは、俺たちが担いでいるキバウサギの「量」と「状態」だった。


「待てよ、あの数……おいおい、軽く三十は超えてるぞ。半日で新人が狩れる量じゃねえ」

「しかも見ろよ、傷がどこにもねえぞ!? キバウサギの毛皮ってのは、普通は手こずってズタズタになるもんだろ。なんであんなに綺麗なまなんだ?」


 冒険者たちが目を剥く中、俺たちはまっすぐ受付カウンターへと向かった。

 昼間と同じ、眼鏡をかけた女性職員が、俺たちの姿を見るなり「あ」と小さく声をあげる。


「おかえりなさい、アルトさん、シアさん。……って、ええええっ!? その量は一体何ですか!?」


「依頼にあったキバウサギの討伐です。ちょっと数が多くなっちゃったんですけど、買い取ってもらえますか?」


 俺がズシンと大量のウサギをカウンターの横にある査定台に置く。受付嬢は慌てて眼鏡の位置を直しながら、素材を一つずつ確認し始めた。その手の手際が良いのはさすがギルド職員だが、確認を進めるごとに、彼女の顔から血の気が引いていく。


「な、何ですかこの綺麗な状態は……。一撃で首の骨だけを正確に断ち切られているか、あるいは心臓を一突きされています。刃物の傷が最小限すぎて、毛皮の価値が通常の倍、いえ、三倍にはなりますよ!?」


「シアの腕がいいんですよ」


 俺が笑ってシアの肩を叩くと、シアは嬉しそうに頬を染めて、胸元で純白の剣をぎゅっと抱きしめた。

 その剣を見て、受付嬢がまた息を呑む。


「あ、あの……シアさん。その剣、昼間にうちの倉庫から貸し出した、あの錆びた鉄剣……ですよね?」


「はい。アルト様に『手入れ』していただいたおかげで、世界で一番素晴らしい剣になりました」


 シアの言葉に、受付嬢は返す言葉を失っていた。

 貸し出した時は赤錆だらけで今にも折れそうだった鈍色が、今は夕日の光を反射して、まるで神聖な儀式に使う宝剣のように神々しく輝いている。余計な歪みが整えられたその刃は、もはや元の安物とは完全に一線を画していた。


「……おい、てめえら」


 その時、背後から地響きのような低い声が響いた。

 振り返ると、昼間から一歩も動いていなかったのではないかと思えるほど同じ場所に、Bランク冒険者のボルドが立っていた。

 彼の右腕は、やはり痛むのか、無意識のうちに服の合わせ目に深く隠されている。だが、その目は昼間の傲慢な強者のものではなかった。どこか、藁にもすがるような必死さが混ざった、鋭い目だ。


「本当に、その錆びた安物をそこまでの業物に仕立て直したのか? ……ただの庭師の技で」


 ボルドの問いかけに、酒場中の冒険者たちが一斉に耳を澄ませる。

 ただの庭師が、ハサミ一つで武器の性能を跳ね上げ、さらにあの測定不能の少女の力を完全に引き出している。その現実を、誰もが信じられずにいた。


「言ったでしょう、ボルドさん。無駄な歪みを間引けば、どんな物だって本来の姿を取り戻すんです。道具も、人の力もね」


 俺は静かにそう告げると、受付嬢から手渡された、ずっしりと重い報酬の入った革袋を受け取った。

 中には、通常の新人依頼では考えられないほどの額の銀貨が詰まっている。


「……アルト、と言ったな」


 ボルドが一歩、俺たちの方へ踏み出してきた。


「頼む。俺のこの右腕を……てめえのそのハサミで、『剪定』してくれねえか。このままだと、俺は本当に、もう二度と剣を振れなくなる」


 上位の冒険者が、衆人環視の中で、ついにプライドをかなぐり捨てて頭を下げた。

 ギルド内を、今日一番の、激しい衝撃と静寂が支配する。

 俺は腰のポーチにある剪定鋏をそっと手で確かめながら、静かに笑みを浮かべた。

 クビになった庭師が、この街の常識を本格的にひっくり返し始めるのは、どうやらここからのようだ。


(第12話 終)

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