# 第14話:少女の衣替えと、職人の意地
ボルドから受け取った金貨の袋は、想像以上にずっしりと重かった。
宿に戻って確認してみると、中には輝く金貨が五枚。Fランクの依頼数十回分、一般の平民なら数ヶ月は遊んで暮らせるだけの大金だ。
「これだけあれば、シアの防具を新調してもお釣りがくるな」
翌朝、俺たちは商業都市『リファル』の北側に位置する兵装街へと足を運んでいた。
立ち並ぶ数々の店舗からは、金属を叩くカンカンという小気味よい音が響き、至る所の煙突から黒い煙が立ち上っている。ここ一帯は、冒険者向けの武器や防具を専門に扱う、この街の心臓部とも言える場所だった。
「アルト様、本当に私なんかのために、こんなに高価なお買い物をしてもよろしいのですか……?」
俺の後ろを歩くシアが、申し訳なさそうに控えめな声を出す。
彼女が着ているのは、あの衣服店で整えた緑のワンピース。街を歩く分には最高に似合っているが、これから本格的に冒険者として活動するとなれば、さすがに布一枚では心許ない。昨日はウサギ相手だったから無傷で済んだが、今後はどんな凶暴な魔物と対峙するか分からないのだ。
「何を言ってるんだ。シアは俺の命を守ってくれる護衛だろ? 護衛の装備を整えるのは、雇い主として当然の投資だよ。それに、昨日の稼ぎはシアが頑張ってくれたおかげだしな」
「アルト様……。はい! ありがとうございます!」
シアは嬉しそうに微笑み、ぎゅっと胸元で昨日『剪定』した純白の剣を抱きしめた。
数ある店の中から、俺たちは比較的静かで、だが店構えのしっかりした一軒の防具屋の門をくぐった。
店内には、革製の軽装から鉄製のフルプレートアーマーまで、所狭しと防具が展示されている。奥のカウンターでは、頑固そうな髭面のドワーフの親方が、熱心に革鎧の手入れをしていた。
「いらっしゃい。……ん? 見ねえ顔だな。新人か?」
親方は顔を上げると、俺の腰の剪定鋏と、シアの持つ美しい純白の剣に目を留め、一瞬だけ鋭い目つきになった。だが、すぐにいつもの偏屈そうな職人の顔に戻る。
「この子に合う防具を探しているんです。動きやすさを重視した、軽くて丈夫なものがいいんですが」
「ふむ……」
親方はカウンターから出てくると、シアの体格をじっと観察し始めた。
その目は流石にプロだ。シアの無駄のない立ち姿や、ただ者ではない身のこなしを一瞬で見抜いているようだった。
「動きやすさ重視、ねえ。そのお嬢ちゃんの体幹なら、重い鉄鎧で動きを殺すのは悪手だな。……これなんかどうだ?」
親方が奥の棚から持ってきたのは、深みのある濃紺の革をベースに、要所を軽量の魔鉄マナアイアンの薄板で補強した、美しい胸当てと手甲のセットだった。
「『白夜の猛禽』と呼ばれる魔獣の革を使った軽鎧だ。軽さはもちろん、刃物や突きの衝撃を滑らせて逃がす構造になってる。お嬢ちゃんの細い身体にもぴったり馴染むはずだ。……ただ、ちとお値段が張るがね。金貨三枚だ」
金貨三枚。新人冒険者には逆立ちしても払えない額だが、今の俺たちには問題ない。
「シア、一度試着してみてくれ」
「はい、分かりました」
シアが店の奥の脱衣所で着替えるのを待つ間、俺は何気なく、店内に飾られている他の防具に『剪定』の目を向けてみた。
(……なるほど、やっぱり道具にも『歪み』はあるんだな)
職人が魂を込めて作った防具であっても、素材の革の繊維の偏りや、魔鉄を鍛える際に入ってしまった目に見えない微細な気泡のせいで、強度の系譜が歪んでいる箇所がいくつか見受けられた。昨日、シアの剣を剪定した時ほど酷くはないが、もしここに俺のハサミを入れれば、防具の性能はさらに引き上がるだろう。
そんなことを考えていると、脱衣所のカーテンが静かに開いた。
「アルト様……い、いかがでしょうか?」
少し恥ずかしそうに出てきたシアの姿を見て、俺は思わず言葉を失った。
濃紺の革鎧は、シアのしなやかな肢体を完璧に包み込んでいた。ワンピースの上から胸当てを締め、腕には美しい手甲が装着されている。緑の生地と濃紺の革、そして要所の銀色の魔鉄が、彼女の漆黒の髪と驚くほど調和していた。
さながら、戦場に舞い降りた気高き女騎士のようだ。
「……すごく、似合ってる。綺麗だ、シア」
「っ……! あ、ありがとうございます……!」
俺の素直な感想に、シアは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
「ほう、見立て通り完璧だな」
親方も満足そうに頷く。だが、俺の目は、シアの右肩のあたりに流れる防具の『魔力の歪み』を見逃さなかった。
せっかくの最高級の革鎧だが、右肩の関節部分の革の合わせ目がほんの少しだけ硬く、シアが剣を振る際の独特な「超高速の魔力循環」を、わずかに阻害しているのが見えたのだ。
「親方、これ、いただきます。……ただ、少しだけ『手入れ』をさせてもらってもいいですか?」
「手入れぇ? バカ言うな、そいつは俺が完璧に仕上げた最高の一品だぞ。新人が口を出すんじゃねえ」
職人のプライドを刺激された親方が、不快そうに眉をひそめる。
俺は苦笑いしながら、腰のポーチから剪定鋏を抜き放った。
「気を悪くしないでください。ほんの少し、枝を整えるだけですから」
俺はシアの右肩へと歩み寄り、その防具の表面に浮かび上がる『引きちぎれた繊維の結び目』に向けて、ハサミの刃をそっと添えた。
「シア、ちょっとチクッとするかもしれないけど、動かないでね」
「はい、アルト様」
信頼しきった目で俺を見つめるシア。俺は指先に力を込め、ハサミを閉じた。
チョキン――!
澄んだ金属音が店内に響き渡る。
その瞬間、濃紺の革鎧の右肩部分が、まるで生き物のようにふっと柔らかくなり、シアの身体の線にさらに完璧に密着した。全体の魔力の流れが一本の美しい大樹のように繋がり、防具全体が微かに青い光を放った。
「な……なんだと!?」
親方が驚愕のあまり、顎髭を引っ張りながら目を見開いた。
職人である彼だからこそ、今の一瞬で、防具の強度が数倍に跳ね上がり、さらに着用者の魔力と完全に同調シンクロしたことが分かってしまったのだ。切る動作一つで、防具の質を神業の領域へと押し上げた。
「て、てめえ……今、何をしやがった!? 皮革の繊維が、最初からそうであったかのように完全に噛み合っていやがる……!」
「ただの、庭師の手入れですよ」
俺はハサミをすっとポーチに戻し、金貨三枚をカウンターへと置いた。
「ありがとうございました。大事に使わせてもらいます」
「あ、おい! 待て!」
驚きから立ち直れない親方を残し、俺たちは防具屋を後にした。
外に出ると、シアは右腕を回したり、肩を動かしたりしながら、信じられないといった様子で自分の身体を見つめていた。
「アルト様……防具を着ているはずなのに、まるで何も着ていないみたいに軽いです。それに、私の魔力が、防具を通じて全身を優しく守ってくれているのが分かります……!」
「それは良かった。これで次の依頼も安心して任せられるな」
完璧な武器に続き、最強の防具をも手に入れたシア。
俺たちの装備新調は、これ以上ない形で完了した。潤った資金と万全の体制を整えた俺たちは、次なる高みへと向かうため、再び活気あふれる冒険者ギルドの門へと向かうのだった。
(第14話 終)




