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第7話 これが日下部家のカレーの味

 夕日が落ちてきたころ、食欲をそそるカレーの匂いが漂ってきた。遥と葵が準備してくれている。


 食材は、美和が置いていったものだ。お礼と「本当に誤解なんだ」というメッセージをLINEで送ったが、既読がつく気配はない。出社した時に、今度こそ誠心誠意説明するしかないだろう。


「ただいまー」


 元気な声とともに、彩夏と詩音が戻ってきた。どんな町か見てきたいという二人に、水や朝食用のパンの買い出しを頼んでいたのだ。


「カワイイお店がぜんぜんなかった……」


 詩音が肩を落とす。


「でも、ほら。お肉屋さんあったやん。あのコロッケ美味しそうやったで」


「そんなのぜんぜん映えないし!」


「お疲れさん。重かっただろ」


「大したことないって。いい匂いしてるやん! はい、お釣り」


 彩夏から受け取ったレシートを財布に収める。


「もう少しでできるそうだから、ゆっくりしてて」


 二人は荷物を置きに台所へと歩いていった。


 玲奈と遥以外の子たちは、今日のうちに一旦、家へ帰ることになっている。着替えなどの荷物を送らないといけないし、必要な手続きが山ほどある。


 当面の寝具は、隣の横井さんから借りることで解決した。


 とはいえ、新学期が始まるまでに、必要なものを揃えておかないといけない。歯ブラシやタオルなどの日用品に、電化製品も大人数用が必要だ。冷蔵庫に炊飯器、洗濯機……全部買ったら相当の出費になる。幸い、家賃のかからない独身生活をしてきたので、多少の貯金はある。


 くいっと袖を引かれ、視線を向けると結衣が見つめていた。


「部屋割りを、決めませんか? 自分の使う部屋が決まらないと、家から何を送ればいいか判断できないので」


「そうだね、ありがとう。教えてくれて。ご飯のあとで決めることにしよう」


 結衣は小さくうなずいて、居間のほうへと歩いていった。しっかりした子だ。小学生ばなれしている。


 さて、部屋割りか。


 一階

 居間 十畳

 仏間 八畳

 俺の部屋 六畳

 親父の部屋 四畳半


 二階

 空き部屋① 六畳

 空き部屋② 六畳

 空き部屋③ 四畳半


 居間と仏間はそのまま使うとして、部屋が五つ。六畳の部屋を相部屋にして四畳半は一人部屋。

 問題は誰と誰を同室にするかと、誰を一人部屋にするかだな。


 俺が親父の部屋に移るとして、もうひとつの一人部屋は最年長で今年受験生の真緒か。葵と詩音は同室として、しっかり者の遥と一番下の結衣。一人気ままな感じの玲奈と物怖じしなさそうな彩夏。こんなところだろうか――。

 頭の中でいろんな組み合わせをシミュレートしていると、「ご飯ができました」と遥の呼ぶ声がした。


 居間にいくと、横長の座卓の上に、カレーとキャベツとミニトマトのサラダに水の入ったコップが並んでいる。

 みんな勢ぞろいしていて、俺が来るのを待っていてくれたようだ。


「いっぱい作ったので、遠慮なくおかわりしてくださいね」


「美味しそうだ。ありがとう。二人とも」


 遥と葵に向かってお礼を言うと、葵は謙遜して手を横に振った。


「ボクは野菜を切るのを手伝ったくらいです」


「カレールゥから作ったので、大したことしてないですよ。それより葵ちゃん。すごく包丁さばきが上手だったんですよ。ピーラーなしに綺麗に皮を剥いて」


「へー、すごいね。俺なんかざく切りしかできないよ」


「いや、それほどのことは」


 葵は照れるように頬をかいた。


「早く食べようよ。お腹すいちゃった」


 詩音が葵の肩を掴んで訴える。


「ごめん、ごめん。いただくとしよう」


 俺も空いた席に腰を下ろした。


「いただきます――」


 真緒、遥、葵、詩音は手を合わせる。俺、彩夏、結衣はカレーを口に運び、玲奈はスマホを弄っていた。

 みんなで食事なんて、小学校の給食以来で、いただきますなんて習慣をまったく失念してた。


 こういうルールもちゃんと決めていったほうがいいのだろうか。でも、それぞれ育った環境が違うわけだし、些細なことまでルールで縛るのも居心地が悪い気もする……って、カレー旨っ。


 スプーンを口に運ぶ手が止まらない。


 カレーは俺の好物。専門店のカレーやインドの人がやっているナンのカレー、レトルトのカレー、それぞれに旨いのだが、遥のカレーには独特の深みがあった。

 ふと、頭をあげると、遥が嬉しそうに俺を見つめていた。カレーで喜ぶ姿を子供っぽいとでも思われたのかもしれない。


「すごく美味しいよ。このカレー」


 もうちょっと気の利いた感想が言えないものかと思ったが、彼女は照れたように視線を外してコップに口をつける。


「確かに、このカレーめっちゃ旨いで。なんか給食のカレーっぽいわ」彩夏が同調する。


「これってホワイトシチューのルゥを入れたからですよね? シチューのルゥを使うなんて初めて知りました」


「あ、わたしも初めてだよ。カレールゥが足りなかったから使ったんだけど。上手くいってよかった」


 葵が言うと遥はニコリとする。


「試したことないのに入れるなんて、遥ちゃん結構ギャンブラーだ」と詩音。


「じゃあ、これが日下部家のカレーの味ということですね」


「ええこと言うやん、さすが長女」


 彩夏が賛同すると、真緒は「自分、何もしてないんで」と長い髪をいじった。


 玲奈と結衣の二人もパクパクとスプーンを口に運んでいて、好評のようだ。

 家族で和気あいあいと食事なんて初めての経験だが、案外こういうのも悪くない。


「お腹も満足したことだし、相談したいことがある」


 食事が終わり、座卓が片付くと俺は立ち上がった。みんなが視線を向ける。


「部屋割りを決めたいんだ」


 六畳を相部屋に、四畳半を一人部屋にすることと、俺の部屋割りの案を伝える。


「じ、自分に一人部屋なんて、滅相もない!」真緒がまず反応した。


「でも、受験生だろ?」


「自分、頭悪いですし。そこの仏間の一畳分でもいただけたら……」


「いや、そういうわけにもいかないだろ」


「じゃー、あーしが一人部屋で。高校生にもなって相部屋なんて嫌だし」玲奈が立候補する。


「あー抜け駆けずる。あたしも一人部屋がいい」


「詩音はボクと一緒でいいでしょ? ワガママ言わない」 


 葵がたしなめる。詩音はぷぅとむくれた。 


「うちは、相部屋でいいで。せっかく大家族になったんやし」


「わたしも相部屋がいいです。楽しそうなので」


「あーしで決まりね。荷物も多いし」彩夏と遥の発言を受けて、玲奈が立ち上がった。


「じゃ、そういうことで」と手をひらひらさせて、キャリーバッグの取っ手を掴むと二階へと上がっていった。


 階段のギシギシと軋む音がしなくなってから「いいのか?」と俺はほかの子たちを見回す。

 みんな異存はないようだ。


「じゃあ、誰と誰が同室になるかだな。葵ちゃんと詩音ちゃんは一緒でいい?」


 葵はうなずき、詩音は仕方ないって肩をすくめた。 


「わたしからも一つだけ。一階希望です。モデムが一階なので」ずっと黙っていた結衣が主張した。


「あ、それなら自分も一階です。いろいろ捗るので……」真緒が続く。


「ということは、うちと遥ちゃんが同室ってことやね。よろしく」


「うん。よろしくね」と遥が応じる。


 なんか、とんとん拍子で決まった。

【あとがき】

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