第6話 とりま、通報しとく?
――親父の火葬が終わり、車で自宅に戻る道中、妹たちは言葉を失っていた。無理もない。骨上げなんて俺でも相当ショックだったし。
「みんなお疲れ。到着だ」
我が家が見えたところで、後部座席の真緒、遥、結衣に声をかけた。彩夏、葵、詩音は人数オーバーなので、後のタクシーの中だ。車も中古のヴィッツからミニバンにでも買い替えるべきか。車検も近いし。
家から少し離れた空き地に車を停め、荷物を降ろす。タクシーもすぐ後ろに到着した。
俺は努めて陽気に振る舞い、両手に荷物を抱えて歩き出した。妹たちの荷物は、今はまだ最小限だ。本格的な引っ越しはこれからだ。
道路を渡って、我が家の入口までくると、見知らぬ女子高生がキャリーケースの上に腰かけてスマホをポチポチしていた。
金髪に近い明るいロングヘア。ブランドものらしきバッグ。そして、指先を彩る真っ赤なネイル。これまでの俺の人生には微塵も縁のなかった、いわゆる『都会のギャル』だった。
「えっと。うちに何か……?」
とんでもなく嫌な予感を抱きながら尋ねると、彼女は俺を一瞥した。
「おじさん、ここの人?」
「俺の家だけど?」
「やっと帰ってきた。遅すぎ。もう帰ろうかと思ったし」
彼女は気だるげにキャリーケースから腰を上げた。
「あーしは、火野玲奈。日下部拓海の娘」
——まだいたんかい。
「どうしたんですか? お兄ちゃん」
玄関前で固まる俺を不審に思ったのか、後ろから遥が声をかけてきた。そして玲奈の姿を見るなり、彼女もすべてを察したらしい。困惑気味に、だが丁寧に玲奈へと会釈した。
「なに。おじさん。女の子いっぱい連れて、ひょっとして危ない人?」
玲奈は俺の背後に並ぶ面々を見て首を傾げた。
「とりま、通報しとく?」
「待て待て待て! この子たちは全員、俺の妹だ。……たぶん、君の姉妹でもある」
玲奈は、YouTubeの怪しげな広告でも見るような目で俺たちを見比べた。
「どうしたん? 兄ちゃん。わっ、ギャルや!」
後からやって来た彩夏が仰け反る。
「この方もボクたちのお姉さんなんですか?」と葵。
「疲れたー。はやく、中で休みたいー」と詩音が続く。
真緒と結衣の表情にも疲労が浮かんでいる。
「……とりあえず、続きは家の中でいい? みんな疲れてるから」
玄関前で立ち話を続けるわけにもいかない。鍵を開けて引き戸をガラリと開くと、湿っぽい空気が流れてきた。
玲奈は妹たちの様子を見て、大丈夫と判断したのか、なにも言わずに従った。
我が家は、全室和室の古い木造一戸建てだ。二階建てで、一階は玄関をまっすぐ進むと居間と仏間、右に曲がると台所に風呂とトイレ、そして奥に俺の部屋と親父の部屋。二階には六畳間が二つと四畳半の部屋とベランダ。ただし、掃除が面倒でずっと使っていない。そして庭に物置がある。
荷物はいったん居間に置き、俺は喪服の背広を脱ぎ、ネクタイを外す。
「結構広いやん。ちょっと古いけど」
彩夏が物珍しそうにあちこち歩き回る。
「空気を入れ替えますね」
葵が手際よくカーテンとガラス戸を開け放った。
「畳の部屋で暮らすの、初めて!」
縁側で詩音がポーズを決めてパシャパシャと自撮りをはじめる。
「自分は日陰者なので、隅っこにいます」
真緒は仏間の隅にそっと荷物を置き、腰を下ろした。
「お湯、沸かしてきますね」
遥が迷わず台所へ向かう。
「拓真さん。Wi-Fiは使えますか?」
結衣はノートパソコンを開いて尋ねる。――修学旅行を引率する教師になった気分だ。
「よし、みんな集まってくれ。新しい家族を紹介するから」
バラバラに散らばっていた面々を呼び寄せる。が、肝心の玲奈がいない。どこへ行ったと視線を泳がせると、トントンと足音がして、二階から玲奈が下りてきた。
「あーしの部屋はどこ?」
マイペースな子だな……。
「改めて紹介する。彼女は――」
「火野玲奈。よろ」
その表情は全然よろしくと言ってなさそうだったが、他の面々は新しい姉妹の登場を素直に受け入れたようだ。
「玲奈さんは、おいくつなんですか?」
「十六」
遥の問いに、短く答える。
「じゃあ、二番目のお姉さんですね」
「えっと……まず真緒ちゃんでしょ、次に玲奈ちゃん、次が遥ちゃん。次が彩夏ちゃんで、あたしと葵がいて、最後に結衣ちゃん」
詩音が指を折りながら数えた。
「八人兄妹かあ……。昨日まで一人っ子やと思ってたのに、びっくりやわ」
彩夏が両手の指を立てて目を丸くする。
「きみも親父からの手紙を持ってるのか?」
「あーしのことは玲奈でいいよ。『君』なんて気味悪いし」
玲奈はジャケットのポケットから、くしゃくしゃになった封筒を取り出し、俺に突き出した。中身を確認する。やはり、他の面々とまったく同じ文面だった。
「ってことはさ。アンタたち全員、これと同じ手紙持ってんの?」
「俺以外はな」
「あ、ボクと詩音は二人で一通です」
「あの親父。ハッスルしすぎっしょ」
玲奈は心底呆れたように、深いため息をついた。
「事情はわかった。みんな疲れただろ、一休みしていてくれ。今、お茶を淹れるから」
台所へ向かうと、遥が「お手伝いします」とついてきた。
「いいお家ですね。日当たりもいいし、洗濯物もよく乾きそうです」
「夏は灼熱地獄だけどね。そして冬は酷寒地獄。覚悟しておいて」
「寒さには強いので。冬は大丈夫です」
二階にもエアコンを新設しないと。
「そこのやかんでお湯を沸かしてくれ。俺は新しい食器を出すから、洗ってもらってもいいか?」
わかりましたと、遥はブラウスの袖を捲った。
遥を台所に残し、着替えを済ませてから庭の物置へと向かう。祖父が住んでいた頃の贈答品が山ほど眠っているはずだ。よく捨てずに取っておいたものだ。人生なにがおきるかわからない。
物置の重い扉を開けると、積年の埃と湿気が漂っていた。奥の棚から食器の入った箱を引っ張り出す。ふーっと息を吹きかけると、白く埃が舞った。
「ゲホッ、ゲホッ……」
慌てて口元をハンカチで覆い、手当たり次第に箱を運び出す。湯呑み、コップ、茶碗、皿。箸はとりあえず割り箸で凌ぐしかないか。
「これ持っていったらええのん?」
ガサゴソやっていると、制服からシャツとデニムに着替えた彩夏がやってきた。
「重いから気をつけてな」
「よゆーよゆー」
彩夏は軽く、膝の上まで持ち上げると、縁側のほうに持っていった。
俺と彩夏は何往復かして、食器を台所まで運んだ。
遥が洗った食器を、踏み台に乗った結衣が布巾で拭くという体制になったようだ。仲良く二人並んでいる。
こうしていると、ずっと一緒に暮らしている姉妹のようだ。ほほえましい。
「ほかのみんなは?」
「二階に行ったで、すっごい埃っぽいからってみんなで大掃除中」
「ずっと、使ってなかったからなあ……掃除道具、場所わかるのかな」
様子を見てくると伝えると、彩夏は「うちは風呂掃除してくるわ!」と威勢よく別れた。階段を数段上がったところで、玄関のインターホンが鳴った。
まさか、この上また新しい妹が出てくるんじゃないだろうな……。
戦々恐々としながら引き戸を開けると、そこに立っていたのは私服姿の美和だった。両手には重そうな買い物袋を提げている。
「あ、先輩。今日はお疲れさまでした。昨日、失礼なことを言ったお詫びがてら、お邪魔しました。ご飯の準備できてないですよね?」
美和は買い物袋を持ち上げる、スーパーの袋に大量の食材が透けて見えた。
「そんな気を使ってもらわなくてもいいのに……」
「いえいえ。わたしの気が済まないので――」
美和がおやっという顔をする。
「その靴……」
美和の視線の先には女性用のスニーカーが残っていた。靴箱に入りきらなかったのだろう。
「ああ、これはだな――」
説明しようと口を開きかけたとき、背後から玲奈の声が降ってきた。
「おじさん。布団がないんだけど。あーし、地べたで寝るのなんてマジ無理なんだけど」
あー。その問題があったか――。
バサッと買い物袋が落ちる音がした。
「……先輩」
美和が怒気で震えた声をしぼりだす。買い物袋からこぼれた玉ねぎがころころと転がり、スニーカーに当たって跳ね返る。
あっ……これは、マズい。
自分が誤解を受けかねない状況に身を置いていることに気がつく。
「……待て。今、お前が考えていることは、またもや間違っている。頼む、説明させてくれ」
「父親のお葬式の日に、家に女の子を連れ込むなんて……最低。今度という今度は、見損ないました!」
美和は買い物袋を置いたまま、踵を返して走り去る。
「待て、誤解だ――っ!?」
追いかけようとして、玉ねぎを踏んづけて、すっ転ぶ。
「ぐえっ」
鼻の頭を手で押さえ立ち上がったときには、すでに美和の姿は見えなくなっていた――。
「あちゃー。カノジョさん、勘違いしちゃったか」
「ちがう……ただの同僚」
俺は床に転がったリンゴを拾い上げ、深い、深い溜息をついた。
【あとがき】
最後までお読みいただきありがとうございます!
続きが気になる、拓真と妹たちの日常を応援したいと思ってくださったら、
ページ下の評価や、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります。
感想や「この妹が推し!」といったコメントもお待ちしております!




