第4話 日下部拓海の娘です
ふらつく足取りで受付へ戻ると、遥が同い年くらいの少女に抱きつかれていた。
クラスメイトか? でも制服のデザインが違う。
遥は俺に気づくと、困り果てた顔でこちらを見る。
「お友達?」
ポニーテールの少女が、ぱっと目を輝かせて俺を見た。
「兄ちゃん!」
その右手には、やはり――手紙が握られていた。
……もう、勘弁してくれ。
「木村彩夏。中三です!」
ポニーテールの女の子は、つま先に届きそうなくらい勢いよくペコリと頭を下げた。
「その手紙って、お父さんの?」
「えっ、まだ何も言ってへんのに! 兄ちゃん、エスパー!?」
苦笑いを浮かべつつ、受け取って中を確認する。やはり同じ内容だ。
——あの親父、どれだけ余所に家庭を作ってたんだ。そりゃ、家に帰るのが年一度にもなる。
「昨日、お母ちゃんにこの手紙を渡されて……兄姉がいるなんて、昨日初めて知ったんです」
「お母さん? 今日は一緒に?」
「いえ、うちだけ。お母ちゃん、お父ちゃんのことめっちゃ怒ってて。『二度と顔も見たくない!』って。もうほんまに見られへんくなるのに」
「まあ、そりゃ怒るだろうな……」
「あ、そうだ。お母ちゃんから預かってたんだ」
彩夏は足元の紙袋をゴソゴソと探り、菓子折りを取り出した。
「これ、娘のことをよろしゅうお願いしますって」
「よろしく……?」
「うん。環境を変えたほうがいいんじゃないかって。お母ちゃん、看護師で夜勤ばっかりやから。うちも、兄姉がいるなら一緒に過ごすのもありかなって」
あっけらかんと彩夏は言った。
「というわけで——兄ちゃん、遥ちゃん。これからよろしくお願いします!」
三人目の妹……もう、何がなんだか。
追い打ちをかけるように、玄関口から賑やかな声がした。
「とうちゃーく、やっと着いたー」
「詩音。走っちゃダメだってば」
「わかってるって。でもさ、早く会ってみたいじゃない」
元気よく現れたのは、ブレザーの制服に身を包んだツインテールの女の子だった。
玄関口で立ち止まり、ツインテールがくるりと舞う。大きな目で俺と遥、彩夏の順に視線を送り、にこっと笑う。
うっ、嫌な予感が……。
「葵。早く、早く!」
彼女が外を向いて手招きすると、同じ制服を着たショートヘアの女の子が入ってきた。
「ダメだよ。大きな声を出しちゃ」
ショートヘアの子は俺たちに気づき、軽く会釈する。
ふたりは玄関口で靴を脱ぐと、俺たちのほうに歩み寄ってくる。
「こんにちは。あたしは金森詩音って言います。こっちは双子の姉で」
「葵です。はじめまして」
「ボクたち――」
「あたしたち――」
やめて、そこから先は言わないで……。
ふたりは息ぴったりで言った。
「日下部拓海の娘です」
キャー。
俺のなかでムンクが叫び声を上げた。
「そうなんや。うちは木村彩夏。中三。よろしゅうな」
「わたしは、水瀬遥。高一です。みんな歳が近いんですね」
彩夏に視線でうながされ、遥が続く。
「双子なん? あんまり似てへんけど」
「ボクたちは二卵性の双子です」
葵が彩夏の問いに返す。
「へーそういうのあるんや。双子ってみんなそっくりなもんやと思ってた」
「彩夏ちゃん、関西?」
詩音が尋ねる。
「港区女子やで。大阪の」
「じゃあ、住んでる場所もけっこう近いじゃん。あたしたちは神戸」
「奇遇!」
詩音と彩夏は手を合わせて喜ぶ。
騒いだらダメだよと、遥と葵がたしなめると、彩夏と詩音はごめんなさいと舌を出した。
「それで、おじさんは?」と詩音が首を傾げる。
おじ……。
「日下部拓真。二十八歳。会社員……独身」
「あたしたちの倍だ」
「詩音。失礼だよ」
「兄ちゃん。意外に若いんやね」
「お、お兄ちゃんは、見た目もすごく若いです」
無自覚にめった刺しにするのはやめていただきたい。
「確認しておきたいんだけど、父親からの手紙でここに?」
「はい、そうです。ボクたち、何かあったときにと、この手紙をパパから預かっていて」
葵が手紙を差し出す。
中身を改めると、やっぱり同じ内容だった。いったい何人妹がいるんだ。
一人ずつ指を折って数える。
遥、真緒、彩夏、葵、詩音、……五人。
この子たちがみんな妹だってのか。
愕然として、膝から崩れ落ちそうになるところをなんとか堪える。
俺の動揺なんてお構いなしに、彼女たちはお互いのスマホの画面を見せ合って盛り上がっていた。葬儀の場だってことを忘れさせるような黄色い声がする。
「わー。コスプレやん。こんな場所あるん?」
詩音のスマホには、洋館でシャーロック・ホームズのコスプレをした詩音が、廊下に死体のふりをして倒れている親父を虫眼鏡を持って見つめる姿が表示されている。
「北野異人館だよ。神戸にあるんだ」
「へー。ええなあ。そんなとこ連れてもらって。うちがお父ちゃんに連れて行ってくれた場所って競馬場くらいやで」
彩夏のスマホには、競馬場で、小学生くらいの頃の彩夏とお道化た親父のツーショット画像。
まったく……小さい娘をどこに連れて行っているんだ。
「ライングループを作って、お互いの写真を交換しませんか? パパの社員って、あんまりなくて」
「ええな。そうしよ!」
葵の提案に、彩夏が頷く。
「ごめんね。スマートフォンを持ってなくて」
申し訳なさそうに遥が視線を落とす。
「ええー。遥ちゃん。高校生でしょ。スマホくらい持たないと!」
「そういうことを言わないの。遥さん、気にしないでください。スマートフォンを買ったらあらためてみんなの写真を共有しますね」
「うん。ありがとう」
男性スタッフがすっと近寄り、「そろそろお時間です」と告げた。
俺たちが親族席に着くと、弔いのBGMが止まり、私語も消える。
「皆さま。本日はお忙しいところお集まりいただき、まことにありがとうございます。これより、故・日下部拓海さまの葬儀を始めさせていただきます」
マイク越しの女性の抑揚のない声が響く。
集まったのは二十人に満たない、小さな葬儀だ。生前の親父の賑やかさを思うと、少し寂しい。
親族側は、一列目に俺、真緒、遥。二列目に彩夏、葵、詩音。三列目には——セミロングの小学生の女の子がちょこんと座っていた。
って! 増えてる!?
すました顔で前を向いている。よく見ると、さっきロビーでノートパソコンを覗いていたあの子だ。参列客の子どもじゃなかったのか。
「ねえ、君。お名前は?」
彩夏が振り向き、声をかける。
だが、女の子は「しっ」と唇に指を当て、彩夏を静かにさせた。
……と、とりあえずあの子のことは置いておこう。今は、つつがなくこの場が終わることだけ考えるんだ。
司会の案内が続き、袈裟姿の坊さんが親族席と一般席のあいだをゆっくりと歩いていく。
読経が始まり、短い弔電の紹介のあと、スタッフが焼香台を運んできた。
「みんな、俺がやるとおりにマネして」
妹たちに言ってから立ち上がり、数珠を握りしめ、祭壇の方へ向かう。
読経と木魚の音が響き、香の煙と匂いが体にまとわりつく。
焼香台の前で立ち止まり、一礼する。
頭を上げて遺影の親父を見上げると、不意に子供時代の記憶がいくつも蘇ってきた。
さっきまでは、信長のように灰をぶちまけてやりたいと思っていたが、今はしみじみと寂しい。
抹香をつまみ、額に押しいただき、香炉にくべる。三度繰り返す。
合掌——。
親父、妹たちのことは、なんとかやってみるから、安らかに眠ってくれ。
最後に一礼して、元の席へ戻った。
次に焼香台の前へ向かったのは真緒だ。背中まで伸びた黒髪を揺らし、体をこわばらせたまま進んでいく。トップバッターというだけあって、緊張しているのが傍目にもわかる。
——月城真緒。十七歳になったばかり。この春から高三。目にかかる前髪の隙間から見えた素顔は、はっとするほど整っていた。
焼香台の前で一礼。抹香をつまんだ指先が熱いところに触れたらしく、「熱っ」と小さく顔をゆがめ、いったん指を離す。あわてて掴みなおし、額に押しいただき、香炉にくべる。三度、所作を繰り返して合掌。儀式どおりにやることで、頭がいっぱいになっている。
最後に一礼して席へ戻ると、ふうと大きく息を吐いた。
「大丈夫? 火傷してない?」
「だ、大丈夫です! ありがとうございます」
俺が小声で訊くと、真緒は何度も首を縦に振った。
焼香台に視線を戻すと、遥が遺影に向かって一礼しているところだった。ゆっくりと頭を上げ、黒髪が肩からさらりと落ちる。
——水瀬遥。
この春から高校生。着ているのは中学時代の制服なのだろうか。少し窮屈そうに見える。
昨日出会ったばかりだというのに、つい最近まで中学生だったとは思えない。背筋の伸びた姿に、年齢以上の落ち着きと、これまでの苦労がにじんでいる。
遥は焼香をすませ、静かに両手を合わせた。閉じた瞳から一雫の涙が頬を伝い落ちる。
最後にもう一度、深く頭を下げ、静かに親父との別れを告げる。席に戻る彼女の気丈な背中が、式場の空気をさらに静かにした。
入れ替わりに立ち上がったのは彩夏だ。
一歩進むたび、セーラー服のリボンとポニーテールが尻尾のように揺れ、体のバネを感じさせる。
——木村彩夏。
中三で大阪出身。ノリがよく元気な少女。湿っぽい葬儀の場でも、彼女の周囲だけは不思議と明るい。
焼香台の前でまず一礼。抹香を摘み、念をこめるように額に押しいただき、すっと香炉へ落とした。
親父の遺影に手を合わせる。力強い合掌は、あの世の父へ想いが届いてほしいという願いそのものだ。
最後に深く礼をして、くるりと振り返り、席へ戻ってきた。
次に葵が静かに立ち上がる。
沈痛な面持ちで、軽く数珠を握った手を胸に当てる。スカートの裾がわずかに揺れた。
——金森葵。
双子の姉で中二。ショートカットの似合う中性的な顔立ち。ブレザーは、男の子のものでもきっと似合う。
歩く姿には不思議な華がある。まるで宝塚の男役のよう。参列客のご婦人方がうっとりと目で追っていた。
葵は焼香台の前で立ち止まり、一礼。しなやかな所作で焼香を済ませ、最後にもう一度一礼して、元の椅子に腰を下ろした。
次に詩音が焼香に向かう。
ふわっと浮かび上がるように立ち上がると、ブレザーの襟元を指先でそっと整え、ランウェイを歩くみたいに進んでいった。
——金森詩音。
葵の双子の妹。二卵性なので顔はあまり似ていない。雰囲気はさらに違う。葵がボーイッシュなら、彼女はガーリー。可愛さに全振り、といった感じだ。
焼香台の前で、両手でスカートの裾を押さえ、浅く頭を下げる。ツインテールがアンティーク時計の振り子のように揺れた。
頭を上げると一瞬、動きが止まり、唇に指を当てる考え込む仕草。抹香をつまみ、押しいただいてそっと指を離すと、抹香が花吹雪のように香炉へ舞い落ちた。
両手を小さく合わせ、最後に一礼。やりきったと言わんばかりの顔で席へ戻ってきた。
最後に、小学生の女の子が立ち上がった。
少女は、通路側へ抜けるときに名乗った。
「土岐結衣です」
俺たちに向かって軽く会釈する。
俺が会釈を返す間もなく、彼女は焼香台へと歩き出していた。
あの子も妹の一人なのだろうか。黒のワンピースを着た少女は、澄ました顔でまっすぐ歩いていく。
焼香台の前で一礼。抹香を押しいただく所作には、一切の迷いがない。まるで、もう何度も葬儀を経験してきたかのような落ち着きぶりだ。
小さな手を合わせて合掌。
父親を亡くした小さな子供という悲哀を感じさせぬ、堂々とした姿だった。
【あとがき】
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