第11話 完璧にしたかったのに……
昼休みが終わり、美和は消え入るような声で状況を打ち明けた。
「やっちゃったんです。B橋梁補修の報告書データ、デスクトップに保存して作業していた最新のデータをサーバーの古いデータで上書きしちゃって……」
やっぱりか。共有フォルダ内の更新日時がすべて同じだった違和感の正体は、それだ。
「提出期限は?」
「明日の午前中です……」
「素材は揃っているんだろ?」
「はい。CADの図面データや現場写真は別の場所に保存しているので、無事です」
それなら、報告書のフォーマットに素材を当てはめ、文章を再構築すればいい。
「どれくらいできている?」
「……記憶を頼りに打ち直して、三割というところです」
「とりあえず、今できている分を送ってくれ」
美和から送られてきたデータをざっと確認する。この状態だと正攻法でやるには時間が足りないな。さて、どうしたものか。
待てよ。三年前くらいに、この案件に似たやつがなかったか……?
社内サーバーのフォルダを遡る。
三年前の案件フォルダ「H橋梁_補修_令和X年」を見つけた。役所が求めている報告様式も、今回のケースとほとんど同じだ。
――これだ。
古い報告書をコピーし、フォーマット部分だけを抽出して新規データに貼りつける。
「美和、ちょっと確認。H橋梁の報告書、使い回せそうだ。数量表と工程表をこっちで整理する。写真台帳と劣化度表は任せていいか?」
「はい……! たぶん、いえ、絶対大丈夫です」
美和は椅子を引き寄せ、モニターを並べて集中モードに入った。
CADから出力した数量表をExcelに読み込ませ、セルを自動集計に設定する。
時間との戦いだが、やってやれないことはない――。
当然のように定時を過ぎ、周囲の人間がみんな帰った後も、俺と美和の二人は黙々と作業を続けていた。
首が凝っていたので、ぐるりと回す。
時計の針は二十一時を過ぎている。腹が減ってきたが、食べに行く時間が惜しい。
「こんなものでよかったら」
察したかのように美和がスティックタイプの羊羹を差し出した。
「珍しいな。仕事中に」
「高林さんの差し入れです。こんなに」
美和が引き出しからスーパーの袋を取り出した。デスクの上に羊羹の小さな山が築かれた。
「糖尿病にさせる気か、あの人は」
「ふふ、ですよね」
美和がようやく、今日初めての笑みを見せた。受け取った羊羹のフィルムを剥き、一口齧る。甘みが口に広がる。脳に回復アイテムを使った感じ。
「悪かったな。俺が長いこと休みをとったせいで負担をかけちまって」
普段の美和はあんな凡ミスをしない。俺の仕事がまわった分、無理をしたんだろう。
「いえ。結局、先輩に迷惑をかけちゃって。先輩のいない間。完璧にしたかったのに……」
「二年目で完璧にされちゃあ、立つ瀬がないよ。俺なんて何度も高林さんに助けられたことか。気にするな。こういう役目は引き継がれていくもんだ。美和も後輩ができたらこうして、サポートしてやってくれ」
美和は、はい、と静かに頷いた。
それからさらに一時間くらい作業を続け、ようやく目処がついた。
「ありがとうございました、先輩! これで、明日の朝一番に提出できます」
「明日、ちゃんとチェックしろよ。何せ突貫作業だったからな」
「はい!」
「晩御飯どうする? 何か食って帰ろうか?」
俺が尋ねると、美和は少し迷ったような顔をして、それからゆっくりと首を振った。
「妹さんたち、待っていますよ。早く帰ってあげてください。戸締まりはわたしがやっていきますから」
「わかった。じゃあ、そうさせてもらう」
机の上を片付けて出ていこうとすると、美和がなにか言いたげにしていたので立ち止まった。
「まだ、何かあるか?」
美和は視線が泳ぎ、もじもじしていたが、ズボンの膝のあたりをギュッと握った。
「……すみませんでした。この間、また酷いことを言ってしまって」
「いや、いいよ。あんな状況、勘違いされても仕方なかったし」
「頭では先輩があんなことするわけないってわかっているんですけど、気が付いたらあんな反応になっちゃって」
「いいんだ。気にしてないよ」
「いいえ、気にします! 素直にごめんなさいが言えなくて……。自分でも、子供みたいだなって情けなくなります」
「それじゃあ、今度相談に乗ってくれ。十代の女の子のことなんか何にもわからないからさ。何を気をつければいいか、ぜんぜんわかんないんだよ」
「わかりました。わたしでよければ」
美和はにっこり笑った。
【あとがき】
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