第9話 それが最優先だ
スマホのアラームが鳴る直前、ふと目が覚めた。
忌引きと有給を合わせて二週間近く休んでいたが、体内時計はまだ錆びついていなかったらしい。
アラームを止め、カーテンを引く。外はうっすらと日が昇り始めていた。親父の部屋で寝起きするのはまだ慣れない。角度が少し違うだけで、窓の景色が新鮮に映る。境界線のブロック塀越しに見える桜は、その蕾を白く膨らませていた。
葬儀から十日が経った。役所や学校の届け出、妹たちの受け入れ準備で忙しく、休んだ気はまったくしない。
昨日アイロンを当てた、袖までピンと張ったシャツを手に取る。
俺の職場は普段カジュアルで構わないのだが、復帰初日くらいはスーツで行こう。
隣の部屋から小さな寝息が聞こえる。真緒と結衣を起こさないよう、そっと襖を引いて廊下へ出た。
洗面所へ向かうと、台所から味噌の香ばしい匂いが漂ってきた。
「おはよう」
ガスコンロの前でエプロン姿の遥が、コップに入った卵を箸でかき回していた。
食事係は公平に当番制にするつもりだったが、まともに作れるのは彼女と葵くらいで、結局は俺を含めた三人のローテーションに落ち着いた。月水金が遥、火木が葵、土日が俺、といった具合だ。
「おはようございます」
「まだ休みなんだから、もう少し寝てればいいのに」
「今日からお仕事ですから、朝食をちゃんと食べてほしいので。お弁当も作ったので持っていってくださいね」
「弁当まで? ……ありがとう。助かるよ」
遥が気恥ずかしそうに笑った瞬間、鍋が盛大に吹きこぼれそうになり、彼女は慌てて火を止めた。
これ以上邪魔をするのも悪い。俺は軽く手を振って洗面所へ向かった。
洗面台の棚には、うがい用のコップと歯ブラシが八つ、整然と並んでいる。混ざらないよう、みんなでマイカラーを決めたのだ。真緒が紫で、玲奈が赤。遥は青で……。
俺は、一番端にある黒のセットを手に取り、歯磨き粉をのせて口に運んだ。
鏡越しに、七色のコップを見つめる。
『六人の妹たちのことを頼んだぞ――』
本棚の隅に隠した、手紙のあの一文が、脳裏をよぎる。
六人、だと? 真緒、玲奈、遥、彩夏、葵、詩音、結衣。七人の妹がいる。
まさか親父が自分の娘の数を間違えたわけではないだろう。けれど、みんなあの手紙を持っていたし、わざわざ嘘をついてまでこのボロ家に転がり込む理由もない。
……今は、考えるのをやめよう。まずは彼女たちの生活基盤を整えること。それが最優先だ。
俺は冷たい水で口をゆすぎ、それを勢いよく吐き出した。
【あとがき】
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