アドバイザー
昼を少し過ぎた頃。本を読んでいると、庭が急に騒がしくなったので、自室のテラスから入口を見ると見慣れた馬車が止まっており、シルバーが来客の対応をしていた。
ここに来る人間は限られている。よく正体に目を凝らしてみると、ディナサンがシルバーと会話をしていた。
テラスから除くこちらの様子に気づいたディナサンは手を振った。同時にブルーベルが来訪者についての報告をしに来たので、そのまま応接室に通すように伝えた。
「姫さん~!愛しのディナサン・ドラムドルが来たったでぇ~」
「呼んだ覚えも、愛した覚えもないけど......どうしたの?あなたがなんの連絡もなしに来るなんて珍しい」
座るように促すと、ディナサンは「よっこらしょ」と言葉に出して座った。給仕のアイシャは紅茶とお茶菓子を私とディナさんの前に出すと、会釈をして応接室から出ていった。
「紹介した子ら、役に立っとる?」
「そうね。使用人経験初めての子たちだからまだまだ......といいたいけど、職業訓練とか受けてるから、初心者と比べると遥かに役に立ってくれてる」
レゴの料理の腕は大したものだが、まだ自分よがりなところはある。シルバーは確認不足なところがまだ目立つが、磨けばブルーベルの補佐としても役に立ってくれるし。
アイシャとベリーも抜けているところがあるが、まだここに勤めて1ヶ月も立っていないし、それを考慮すればなかなか使える人材だ。
ブルーベルのしごきは容赦ないが、このまま長い目で見ればいい人材だと思う。
「ほならよかった。ブルーベルもうちまでお使い来るの大変やろから、人材が育つまでは事業話とかは僕が出向こう思うてな」
「それは助かるけど......あなたも一応商会長なんだから忙しいでしょ?」
商会長なら商会の管理、統括業務、人材育成、仕入れ、交渉......もろもろやることは沢山あるだろう。なのに一人の人間のために時間を割いてもいいものなのだろうか。
「姫さんは本当に謙虚やな~うちの縁の下の力持ちなんやから気にせんでええって。うちも使える人材はいくつもおるやさかい、そいつらに仕事任せとるし、安心してええよ。というかここに来るのも仕事のひとつやしな」
「…...そう。で、話というのは?」
ディナサンは「せやな」と頷くと、自分の脇に置いてあるビジネスバッグから100枚くらいある資料の束を取り出す。その一番上には「香油」の文字が見えたので、多分この間投資した香油の件なのだろうかと考えにたどり着く。
ディナサンは真剣な表情で私に聞いた。
「先日、姫さんが香油事業をしている貴族に投資する話したやんか。んで、食品事業に手だすなら投資するって。僕もそれに興味あってひと口噛ましてもらおうかと思うてん。一応香油事業を展開する貴族と話をつけさせてもろたんやけど......」
要はどう事業を展開していくのか、それを私に聞きたいのだろう。香油事業の資料を読みつつ、私が頭に思い描いている展開を説明する。
「食品関係は食材、料理の香りつけに使う香油を販売するの。ほら、食べ物とかに匂いをつければそれなりに美味しく感じることができるでしょ?砂糖や塩の調味料が高騰化してるし、砂糖の市場価格は再来年くらいまでは下がらない。香油は手に入りやすいし、良さんもできる。やるなら今すぐにやるべき」
「ほぉ。それは理に叶っとるなぁ。でも、食べ物に使う香油ってどう開発するん?」
「だからそれは香油開発をしてる貴族に任せるんでしょ。......あと、どうせやるなら美容関係も幅を広げたら?」
「美容関係!うちも服飾関係からもうちょっと幅を広げたい思うてたんや!香油でどう美容関係に広げるん?」
私はシルバーに、自室から化粧品を持ってくるように伝える。普段あんまり使わないけど、一応最低限のものは持っている。
シルバーは何故か一瞬うろたえた。一応男性だから女性の部屋に入ることをためらっているのだろうか。別にそこは気にしないので、取ってきてと伝えるとすぐに動いてくれる。
シルバーからファンデーションを受け取ると、ディナサンに匂いを嗅がせた。
「......普通の化粧品やな」
「そうね、でもちょっと脂臭くない?これを例えば、ローズの香りとか、シャンプーの香りとか......バリエーションを増やせば使用感で匂いを気にせずに済むし、他の製品と比べると高級感も出る。......香油を売り出すなら複数のことを同時進行をした方がいいかもね」
そのほかにも化粧水とか、肌に身に着けるものとかに匂いをつけてもいいかも。人間にとっての嗅覚は本当に重要なものなので、意外にいい線いくんじゃない?と思ったり。
それはディナサンも感じてくれたようで、足を組み替えると、深刻そうな顔で手を組んだ。
「姫さん......あんた!なんでこんなに奇抜なこと思いつくん!成功!成功間違いなしやッ!この話、ドラム商会が全面的に協力するし、絶対に姫さんに利益をもたらすことも約束するで!......あとなぁ」
私の手を突然包み込むと、両手を左右に振り上げる。ちょっと振動で苦しいんだけど!
とディナサンのテンションにツッコミを入れていると、ある提案をしてくれた。
「もしよかったらなんやけど、うちの商会のアドバイザーとして正式に在籍せん?うちの商会専門で事業に関してのアドバイスをして欲しいんや。姫さんから意見もらったドレスとかも売り上げが伸びとるし......絶対損はさせん!」
王国は男尊女卑の観念が未だ残っており、女は家を守るという考えが残っている。少しずつ、女が外に働きに出る機会は増えているものの、つける職種は限られている。
当然、商業を展開する商会など男性社会で、女性などほぼ在籍していない。女性物を取り扱う商会でさえも、王国では女性が経営する商会はないし、いるとしても販売員くらいしかいないのだ。
そんな男社会に私がアドバイザーなんて、無理な話だと思うけど。陰口言われて嫌な思いするの確定じゃん......。
露骨な嫌な顔に私の気持ちを察してくれたのだろうか、握った手をさらに逃げられないように強く握るディナサン。これ、私が頷くまで逃がしてくれない感じか。
「うちに在籍する以上、誰にも姫さんに関して文句は言わせはせんし、嫌なら家から出んでもええ。必要なら僕らが来るし、姫さんも投資だけでお金を稼ぐより、まとまった収入も入る......それに、うちは姫さんのアドバイスで福利厚生ばっちしや!」
きちんとした給料に、アドバイスした事業に関しての売り上げの10%をインセンティブとして毎月振り込んでくれる。それに、生活に必要な屋敷の維持費、投資の経費、使用人の給料はすべて負担してくれるとのことだった。
「私の予測だけど、私を雇うだけで、毎月公爵家の1ヶ月の収入並みのお金がいると思うんだけど......」
「安心しとき、僕、それ以上に稼いどるから」
「そういう問題でも......」
悪戯っ子のように、ペロリと舌を出すが、茶化すような話題でもないと思う。一人の人間を雇うだけでそれだけの大金を出すなんて。
「正直、姫さんを他のライバル商会の手に渡った時が怖いんや。姫さんの商売に対する先見の目、奇抜なアイデアはこの国の商会全体を動かす。......弱小ドレス店がたった8年でこんだけ大きくなったんや!絶対後悔はさせへん!うちに来てくれ!」
ディナサンは商人にしてはプライドの高い男で狡猾だ。取引は相手の足元を見た状態で交渉をするし、揚げ足取りもうまい。どんなに上の人間でも気に入らなければ頭を下げずに、得意の話術でのらりくらりとやり過ごすのに。
貴族社会で嫌われ者の私に。見た目こそ全ての貴族女性の中でも醜い私に頭を下げるなんて酔狂がすぎる。
でも、まとまった収入が入るのは助かるし、これから生きていくうえでも、収入源の確保は大切だ。公爵との結婚は濃厚ではあるが、いつ役目を終えて放りだされるかわかったものではない。
根暗でデブな私には生きる術はそれほど残されていない。それに彼は私が根暗デブでも侮らないし、1人の人間として接してくれるので過ごしやすい。これも商人の為せる技名のだろう。
根気負けした。
「......本当に、私に損はないの?」
「――ッ!約束する!絶対に姫さんに損はさせへん!」
「家から出なくていいなら......。まぁ、契約を詰めましょうか。......だれか、ブルーベルに言ってペンと判子をもってこさせて」
商会に入る私のメリットが大きいから、応じただけで、ディナサンの頼みに応じたわけではない。
ちょっとムカついたので、スネを蹴ってやって、それから夜更けまで契約についての条件を詰めた。




