呪われた宝石が示した場所
幾つの太陽が昇ろうと、その地に落ちた日は未だ登らず。
見上げる空は黒く闇が覆い、彷徨える者は途方に暮れ涙に暮れた。
絶望は絶えず心を蝕み、引き摺るこの身は地べたを這いずる獣のよう。
傷付いた脚を止め、天を仰いだその刹那、遠く空の彼方より一陣の風が吹き抜けた。
***
血の涙を流す女神の像。
終末を預言した預言者。
闇夜に現れ発光する謎の飛行物体。
50年間水だけで生きる超人的聖人。
浮かび上がるオブジェクトに、見ると幸せになれるという小さな小人、妖精……etc.
乗組員達によりアレン元へと集められたそれらの情報。
確かに不可思議な現象ではあるものの、なんだかどれもどこかで聞いた事があるような、ないような。どれもこれもどこにでもありそうな信憑性の疑わしい物ばかりだが、それにしたって。はっきり言って、集められた情報は、数の割にはどれもいまいちホープ・ブルーとの関連性に欠けるものばかり。中には、これはもはやXファイルの類いではないかと思わずツッコミを入れたくなる物まで混じっていた。
そんな中、オッズとアウツの凸凹コンビからもたらされたとある一つの情報。それは集められた数ある情報の中でもかなり有力な手掛かりであると思われた。
「なんでも、数週間前、ある博物館の館長が翠色に輝く不思議な光を見たらしいんスよ!」
***
プリフロップ国首都。その街の中心部に立つ一件の博物館。
丁度休館日だったその日、博物館の館長オクト・ターンは妙な胸騒ぎを感じて一人閉鎖している博物館へと足を運んだ。
時刻は正午過ぎ。静けさに包まれた館内の片隅で一体何がそうさせたのか。館長は普段は公開していない保管室の扉へと手を掛ける。扉を開けたその先で館長が目にしたのは、翠色に輝く美しい光だった。
室内に満ちるその光は美しく、そして神々しく。まるで白昼夢でも見ているかのようで。そのあまりにも美しく不思議な光景に館長は見惚れ立ち尽くした。
その光はしばらくの間輝きを放ち、やがて跡形もなく消失したのだという。
「そんな不思議な光を目撃した館長は、その話を色んな人に話したらしいんスけど、それ以来、同じ様な現象は一度も起こらず。結局、館長の見間違いって事で誰にも信じて貰えなかったらしいんスけどね」
発光する翠色の光。その光の色や目撃された日時、時間帯も。
数週間、私がクワッズ共和国でホープ・ブルーに触れた時刻とほぼ同じ。またホープ・ブルーが現在宿している光の色と一致する。
「それで、その博物館とやらの場所はどこなんだ?」
「ここから更に北東にあるプリフロップ首都の中心部、レミア通り沿いにあるらしいっス」
尋ねたレイズに対し、オッズは博物館の場所を詳しく説明した。
「よし!なら早速、その博物館とやらに向かうとしようじゃないか!」
オッズの話を聞くや否や、アレンは早急に腰を上げた。
そんな訳で一行は一路、首都にあるという博物館へと意気揚々と向かう事になった訳だったのだが……
「どうすんだよ、これ?」
固く閉ざされた門を前にレイズがそう口を溢す。
博物館や美術館など、だいたいこの手の建物は決まって17時前後に閉館となる所が多いイメージだが、どうやらそれはこの異世界でも共通らしく。
プリフロップ首都へと辿り着いたのは、日が水平線へとしずみ始めた夕刻。
オッズから聞いた白く高い壁の雰囲気あるそれっぽい建物を見付けた時には既に博物館は閉館となっていた。
「ここまで辿り着いたはいいものの、本日は閉館ってなってるね」
言ったラックの視線の先。
そこには『本日は閉館しました』と書かれた小さな看板がぶら下げられている。
「こりゃ、明日にでも出直すしかってねぇだろな」
その看板を見たレイズは早急に踵を返そうとした。
「いやっ」
そんなレイズの背中に対し、アレンは突然の待ったを掛ける。そして、アレンはあろう事かとんでもない事を口にした。
「今夜だ!今夜、この建物に忍び込むぞ!」
***
誰もが寝静まった深い夜。
頑丈に施錠された鍵をこじ開け、真っ暗な館内へと踏み入れる。
灯した明かりと翠色に輝く呪われた宝石の光を頼りにその場所を探し、そしてようやく辿り着いた。
プリフロップ首都レミア通り沿い。エイダブル博物館地下保管庫。
静寂に包まれた異様に広い保管庫内。絵画や彫刻など数多くの美術品の類いが暗闇の中に不気味に鎮座している。それらの価値の程はよく分からないが、恐らくここにある物はどれも歴史的に貴重な、価値の高い物なのだろうと思われる。
けれども、そんな物には目もくれず、それらの間をぬうようにして更に奥へと足を進めて行く。
そして、ホープ・ブルーが一際強い反応を示したその場所で私は静かに足を止めた。
「ここが地図が示した場所――」
呪われた宝石からゆっくりと視線を上げた。
私が足を止めたその場所は、巨大な石碑の前だった。
***
「今夜この建物に忍び込むぞ!」
アレン船長のこの発言。
果たして、この人の辞書に“我慢”の二文字はないのだろうか?
そんな事を真面目に考えるのはきっと私だけではない筈で。
例によって例のごとく、いつも通りのアレンのわがままに付き合わされるはめになってしまった一行は、夜が深まるのを待ち、閉館した博物館内へと侵入した。そして、暗い館内を慎重に進み、見付けた地下保管庫内にて辿り着いたその場所。
「ここが地図に示された場所。“ホープ・ブルーが本来在るべき場所”なのか?」
アレンは私が手にしたホープ・ブルーを覗き込みながら訝しげに首を傾げた。
「恐らくはそうかと思いますけど……」
そんなアレンに対し私は曖昧な返事を返す。
手の中にある呪われた宝石 『ホープ・ブルー』
謎だらけの地図と相互的に連動し、まるでその場所を探知するかのように光を強弱させていたその宝石に宿る光は、見た限りでは今までになく強い輝きを見せている。
勿論、確証がある訳ではなかったが、この反応からして、恐らくはホープ・ブルーが示しているのはここ。この場所で間違ってはいない筈なのだが。
「なーんか俺がイメージしてた場所とはだいぶ違う気がするんだがな……」
アレンはポリポリと頭を掻きながら困ったように口を零した。
確かに。“碧き燐石”こと『ホープ・ブルー』は、今でこそ持つ者に死を齎す『呪われた宝石』とされているが、その本質はそんな呪いなんかとは全くもって無縁の物。かつては、人々の祈りを聞き届け、平和と繁栄を齎すとされた神聖な石であったという。
そんな神聖な宝石の“本来在るべき場所”というくらいなのだから、何というかもっとこう、厳かな祭壇のような場所を内心想像していた訳だったのだが……。
「ここ、だよね……?」
いくつもの難解な謎の果てに辿り着いた場所がこれでは、何というかあまりにも拍子抜け過ぎるというのが正直な本音。
とはいえ、こんな博物館の保管庫の中に厳かな祭壇のような物がもし本当にあったとしたらそれはそれでおかしな話のではあるのだが。
「石碑ってやつだろ?これ」
そう言ってレイズは、まるで他の美術品から隔絶されるかのようにポツンと置かれたそれの前へと進み出る。
私が足を止めたその場所にあったのは、一つの巨大な古い石碑。
長い間雨風に晒されていたのか、石は荒く削れ、所々が砕け欠けている。
そこには記号や文字のような物が刻まれており、人と巨大な鳥のような絵が描かれていた。
「ここに刻まれてる文字、地図にあったものとよく似てるね」
巨大な石碑を観察しながらラックがそう見解を述べる。
「確かによく似てはいるけども……」
そう言いながら私もまた、改めて石碑に刻まれた文字をなぞるように視線を這わせる。
その瞬間。突然またあの時と同じ感覚に襲われた。ふわりと浮かび上がるような言い様のない不思議な感覚。唐突な浮遊感に意識を攫われる。
何故そんな事が出来るのか。私自身にも説明が付かない。
けれども、閉ざしていた筈の私の口からは独りでに言葉が溢れ落ちてゆく。
『幾つの太陽が昇ろうとその地に落ちた日は未だ登らず。見上げる空は黒く闇が覆い、彷徨える者は途方に暮れ涙に暮れた。
絶望は絶えず心を蝕み、引き摺るこの身は地べたを這いずる獣のよう。
傷付いた脚を止め、天を仰いだその刹那、遠く空の彼方より一陣の風が吹き抜けた』
水を打ったような静寂の中。
気付けば私は、またしても知る筈もなく読める筈のないその文字を。展開した地図の時と同様に、石碑に刻まれた謎の文字を静かに読み上げていたのだった。
「これは……っ!?」
瞬間、ホープ・ブルーが一際強い燐光を放った。放たれた光は真っ直ぐに線を描き、黙し鎮座した石碑を照らし出す。
「見て!石碑の文字が!」
ラックが叫んだ視線の先。
ホープ・ブルーが放つ光にまるで共鳴でもするかのように石碑に刻まれた文字がゆっくりと淡い輝きを帯び始める。次の瞬間、眩い光が弾け飛んだ。
目が眩む程の眩い光が室内に満ちる。けれども、そんな光の中にあっても私の身体は尚もそのまま立ち尽くして。ゆっくりとまるで噛み締めるかのように独りでに言葉を紡いでいく。
『垂れ込めた雲の合間より現れたり、荒れ狂う旋風を纏いし者。
彼の者はこうべを垂れて嘆願する。
旋風を纏いし、玲瓏たる者よ。
汝、我が嘆願の声に応えたまえ――』
「……っ」
先程とは逆の重たい重力を身体に感じた。途端に身体は自由を取り戻し、私は僅かによろめいてしまう。
「大丈夫か!?ハル!?」
「大丈夫です……っ!」
一体何が起こったのか。
全く状況が理解出来てはいなかったが、呼び掛けたアレンに返事を返した。
その瞬間、足元の風が舞った。
それは徐々に捲き上がり、やがて轟々と渦を巻いて吹き荒れる。
光に満ち、烈風が吹き荒れるその空間に。それは差した燐光の中よりゆっくりと姿を現わした。
現れたのは巨大な一羽の鳥。
しかし、その姿は普通の鳥とは明らかに異なるものだった。
孔雀を思わせる美しくも堂々たるその風態。
光輝く翼を持ち、鋭い鉤爪を携え、尾羽は長く、羽は鮮やかな色彩を帯びている。神々しい燐光に彩られたその姿はまるで、古代中国の神話に出て来る鳳凰を連想させるものだった。
「鳥……?」
一体何がどうなっているんだ。
誰もが状況を理解出来ずにいる中、その鳥はゆっくりと大きく羽ばたいた。
途端に猛烈な突風が吹きつける。
ふわりと地面から足が離れた。瞬間、身体は浮遊感に晒される。
しかしそれもほんの一瞬で、次の瞬間には身体は数メートル先の固い床へと叩きつけられた。
ただ一人、レイズ以外を除いては。
「レイズ!」
「レイズさん!」
倒れ込んだ身体をすぐさま起こし、レイズの方へと視線を向ける。
「くっそっ一体何がどうなってんだっ!?」
上げた視線のその先。
レイズはまるで見えない壁を叩いているかのように、ドンドンと拳を振り上げている。
一体何が起こっている?
止まらず浮かび続ける疑問符の中、よくよく目を凝らして見れば、そこには何かが確かに存在した。
先程までは確かになかった淡い光を帯びる薄い膜のようなそれ。
シールド。いや、それは寧ろ光のフィールドのように思えた。
巨鳥と共に突如出現した巨大なフィールドがレイズとの間を隔てていたのだった。
『――――――――ッッ!!』
巨鳥は高く嘶いた。
そして、旋風纏う美しく鮮やかな翼を広げる。
「一体何がどうなってんだよ!?」
悪態を吐きつつも、レイズもまた腰に差したフレイへと手を掛ける。
烈風渦巻く、フィールド内。
旋風vs.劫火の闘いの火蓋が切って落とされる。
いつも『異世界冒険譚-異世界行ったら呪われた海賊を守る事になった-』を読んで頂き誠にありがとうございます。
何となく、文章のみではこの描写、表現はきついんじゃないかと途中で諦めかけましたが、無理矢理捻じ込みました(笑)
一応、異世界冒険活劇・バトル小説を謳っている手前、次回はレイズvs.鳳凰っぽい巨鳥のバトル編となります。




