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▼最悪の展開(アレン視点)

 白い制服に身を包んだ兵士達にが一斉に店内へと雪崩れ込んで来る。

 アレン達の目の前に現れたのは、クワッズ共和国にて見事策略にハマったアンダー・ザガン中佐率いる海軍だった。


「ようやく見付けたぞ!アレン・ヴァンドール!!」

「アンダー・ザガン中佐!?なんでこんな所に!?」

「クワッズ共和国から貴様を追ってこの近辺を捜索していたのだ!まさかこんな所にいるとはな!」


 前回クワッズ共和国にて、見事アレンに一杯喰わされたザガン中佐。

 以前会った時は冷静沈着に見えた彼だったが、憎きアレンを前にしてどうやら今回はそんな余裕は無いらしく。ザガン中佐は腰に差した装飾の美しい剣を引き抜き、その矛先をアレンへと向けた。


「もう貴様の戯言に付き合ってやるつもりはない!さあ、大人しくホープ・ブルーと地図をこちらに渡せ!!」


 ザガン中佐は怒りに満ちた眼差しでアレンを睨み付けた。


(なんて事だ。まさかこんなタイミングで海軍が現れるなんて……っ)


 まさかのまさかの最悪の展開にアレンは必死に頭を回す。


 この店にある出口は一つ。

 それは仁王立ちしたザガン中佐の後方、海軍兵達に堅く塞がれており、それを掻い潜るのは容易ではない。

 この店は二階建てだ。

 いっそ出口とは間逆にある二階へと駆け上がるか?

 しかし、この店自体が完全に包囲されていたとした場合、何があるか分からない二階へと上がるのはとても賢明な判断とは言えない。


 張り詰めた空気が店内に満ちる。

 最悪の展開を迎えたこの状況……どうやって切り抜ければいい?

 ただならぬ緊張感が辺りに張り詰める。一触触発。突発した最悪の事態。


「ちょっとアンタ達!!」


 しかし、そんな最悪を迎えた展開に思わぬ救いの手が差し伸べられた。


「アンタ達、うちの店で何しようとしてるんだい!!」


 剣を構えたザガン中佐に向かい、誰かが威勢良く声を上げた。

 ザガン中佐を怒鳴りつけたのは、アレンに名物の地酒リンパーを進めた女性店員だった。


「な、なんだ貴様は!?えぇい、無関係な者は引っ込んでいろ!!」

「無関係ですって!?ここが誰の店か分かってるのかい!?ここはあたしと旦那の店だよ!!」


 海軍相手にも全く引けを取らない彼女。そんな彼女の言葉をまるで合図にでもしたかのように、その人物は店の奥からのそりと姿を現わした。

 ゆっくりと、しかし堂々した面持ちで現れたのはコックコートに身を包んだ強面の男。筋骨隆々の身体にして、白エプロンから覗く太く逞しい腕。丸太のように太い足。

 ツキノワグマとも互角に戦えそうな大柄のその男こそ、店員である彼女の夫にして、この店の亭主その人だった。


「な……っ!!??」


 店の奥から現れた亭主のあまりの迫力にさすがのザガン中佐もほんの一瞬たじろいでしまう。しかし、ここで引いては海軍中佐の威厳が廃る。


「我々の目的はこの男の持つホープ・ブルーだ!!無関係な者は引っ込んでいろ!でなければ、全員同罪と見なし、貴様らを全員拘束する!!」


 ザガン中佐は声を張り上げそう宣告した。

 その宣告が届いたのか、ザガン中佐へと向かってゆっくりと足を進めていた熊のような風体の亭主は途端にその歩みを止めた。

 意外にも聞き分けの良い亭主の様子にザガン中佐は内心安堵の息を吐く。

 しかし、次の瞬間目を見張った。


「………」


 熊のような体格の亭主はおもむろに自身のそばにあったテーブルに手へと掛けた。そして、太い腕に力を込める。すると、バキッという音と共に据え置かれたテーブルが床から引き剥がされ、その頭上へ軽々と持ち上がる。


「なっ……!!??」


 ザガン中佐が驚愕したのもほんの一瞬。

 亭主は頭上へと持ち上げたテーブルを振り被り、そして――それをザガン中佐達海軍目掛けて勢い良く投げ飛ばした。店内に凄まじい轟音が轟き、店全体が大きく揺れる。


「き、貴様っ!何をする!!??」


 投げ付けられたテーブルをギリギリで交わしたザガン中佐は亭主に向かって声を荒げた。そんなザガン中佐の言葉が聞こえているのか、いないのか。

 仏頂面をした強面の亭主は同じように、今度は自身の左側に置かれたテーブルに対し再びその手を掛ける。亭主によってまたしても軽々と持ち上げられたテーブルは有無を言わさず、再びザガン中佐達の方へと向かって投げ付けられた。

 それを間一髪。またしてもギリギリで交わしたザガン中佐。


「えぇいっその男諸共、奴らを取り押さえろ!!」


 ザガン中佐は剣を振り上げ号令を放った。

 それを皮切りに背後に控えていた兵士達が一斉に亭主へと向かって突進していく。

 そこから本当の最悪の展開の幕が上がった。



***



 ワーッワーッワーッ

 ギャハハハハッ

 バンッバンッバンッ

 ガシャンッバリーンッ

 ♪~♪~♪~♪~


 怒号と奇声と歌声と。

 銃声や破壊音、様々な音が店内に響き渡り、異様な熱気とアルコール臭を孕んで宴はさらにその高みへと昇っていく。

 店内は大乱闘を通り越し、もはや大混乱。

 突然店に押し寄せた海軍を追い払おうと次々と店内中の物を投げ付ける亭主に、それに負けじと応戦する海軍。

 火種となった殴り合いの喧嘩は今も尚継続中。

 そこに楽しげに酔った客達は煽りを掛けて盛り上がり、軽快な音楽が更に拍車を掛けていく。


 火に油とはまさにこの事。

 お祭り騒ぎのどんちゃん騒ぎ。

 もはや何がなんだか分からない。


 最悪の展開に差し伸べられたと思われた救いの手。

 しかし、それは大きな大きな誤りだった。状況は以前よりも更に悪く、寧ろ悪化している。


 至る所から飛び交う店内中の物。

 テーブルに椅子。皿に酒瓶が目まぐるしく宙を舞い、しまいには亭主の強烈なタックルを喰らった海軍兵までもが吹っ飛んで来る始末。


「………っ!」


 先程からアレンを守らんと盾となって飛来物を防いでいたフォクセルでさえ、飛び交うそれらの物全てを防ぐ事などままならない。


「…………」


 目の前で矢継ぎ早に展開していく事態についていけず、当事者である筈のアレンは半ば放心状態となっていた。しかし、ここに来てようやく我に返る。

 アレンはすぐさま踵を返し、店の出口へと向かって一目散に駆け出した。


「奴を逃すな!ホープ・ブルーを奴から奪い返せ!!」


 それを見逃さなかったザガン中佐が声を張り上げる

 襲い掛かって来る海軍を交わし。

 避けては飛んで、屈んでは仰け反って。全神経を出口へと向け全身をフルに使って、吹っ飛んで来る飛来物をアレンはなんとかかんとか交わしていく。


 もはや安全策を取っている場合では無い。

 今は一刻も早くこの店から出なければ。


 だが、アレンのそんな思いとは裏腹に様々な物が倒れ転がり、立ちはだかり宙を舞い。その行く手を阻んで来る。


 この店はそれほど大きくはない筈なのに。

 見えている筈の出口が果てしなく遠い。


 四方八方から飛んで来る物を交わし。

 剣を振り上げ斬り掛かって来た海軍兵を避けて。

 出口ではなく割られた窓から外へと飛び出す。着地した身体をすぐさま起こし、息つく間もなく地面を蹴って素早く駆け出した。


 狭い空間から開けた夜空。

 頭上には快晴の星空が広がり、穏やかな風が吹いていた。

 混乱を極めた店内からなんと外へと出る事が出来たアレンは夜の闇へと紛れるようにリンプの街を駆けて行く。


 何故突然こんな事態に?

 先程までそんな気配など全くもってなかったのに。

 確かに突発的な喧嘩は酒場でのはよくある事。日常茶飯事の事とはいえ、それにしたって、このタイミングでまさか海軍が、しかもクワッズ共和国で確か撒いた筈のザガン中佐が現れるなんて。


 何故?一体どうして?

 考えれば考える程に疑問ばかりが膨らんでいく。


 名物の地酒を優雅に嗜む至福のひとときから一変。

 火に油を注がんばかりの最悪の事態が突然立て続けに起こった訳……その理由……


 その原因はまさか……


 そこまで考えた所で、アレンはある一つの可能性に達する。


 ホープ・ブルー。すなわち“呪い”のせい。


 そして――


 立て続けにこんな事態に見舞われるのは――


 ハルが傍を離れたせい、なのでは?


「いたぞー!アレン・ヴァンドールを逃すなー!!」


 背後からは依然、怒号と警笛と共に容赦無い銃撃が跡を追って来る。

 それらから逃れるように通りの角を右へと曲がり、入り組んだ細い路地をとにかくひたすらに駆けて行った。



***



 しばらく走っていくうちに追って来ていた音は次第に遠退いていく。

 しつこい海軍をようやく撒きつつあると思われた。

 しかし、この厄介な呪いというやつはどうにも呪った相手を捕らえて離してはくれないらしい。


 店を離れた細い通り沿い。


 更なる悲劇は起こった。


 真横に立つ建物の中からいきなり誰が飛び出して来た。

 突然飛び出して来たのは上半身裸。下着のみを身に付けた下着姿の1人の男。


「ご、誤解だ!は、話を聞いてくれっ!!」


 男は早口にそうまくし立て、誰かに向かって必死に弁解をしているかのようで。


「何が誤解だい!この恥知らずの浮気者が!!」


 建物中から甲高い声が響いた。

 どうやら男が弁解を試みているのは恐らくその声の主だと思われるが、声色からして相手はどうやら相当ご立腹の様子。


「私という妻がありながらいつもいつも他の女の尻ばかり追い回しやがって!!」

「ち、違うんだ……っだからあれはその……っと、とにかく誤解だなんだぁあ!!」


 どうやらよくある痴話喧嘩のようであるが、こちらへと向かって無我夢中で駆けて来る男は見るからに顔面蒼白で。どうやらその相手というのは怒らせると相当に怖い相手らしい。


「……わ、分かった!俺が悪かった!二度としない!二度と浮気はしないと誓うから!もう勘弁してくれっ!!」


 声の主の余りの迫力からか、男はとうとう観念し自身の浮気を認めた。そして、弁解から一変謝罪に転じる。しかし、尚もその足を止める事はなく、下着姿の男は一直線にこちらへと向かって駆けて来る。


 このままでは男とぶつかる。

 そう思い、軌道を変えようとして目を見張った。


「何がもう二度とだ!そんな嘘が何度も通じると思うな!!毎日何もせずぷらぷらとほっつき歩いてるだけのろくでなしのていたらくが!!」


 凄まじい怒号とともに建物の中から何が高速で飛んで来た。

 まるでブーメンのように綺麗な放物線を描くその物体。それを見たアレンは目を疑った。

 一瞬何かの武器のようにも見えたが、それは武器ではなかった。一瞬視界に捉えたそれは長方形の薄い物体。

 なんとそれは調理で使う木製のまな板だった。

 そのまな板は物凄い速さで回転し、男の後を追い掛ける。

 そして、それは逃げる男の後頭部に見事に直撃。クリティカルヒットを叩き出した。


「ぐふぇ……っ」


 ドゴッと物凄く嫌な音がして。

 続いて、短い悲鳴が上がる。

 痛烈な断末魔を上げて、男は無様に地面へと向かって平伏した。


「なっ……!!??」


 目の前で展開した僅か一瞬の出来事。

 アレンは思わず足を止め掛ける。

 浮気男の悲惨な結末。とんでもない瞬間を目撃してしまったと思わず息を詰まらせそうになった。

 夫婦喧嘩は犬も喰わないというが…なんと恐ろしい。

 今まさに目の前で展開した光景に身の毛がよだつようだった。


 口から血を吹き倒れた男。

 僅か数秒足らず、速攻でその喧嘩は終結した。……筈だった。

 だが、どうやらそんなまな板一枚ごときでは彼女の怒りは収まりそうにないらしい。

 建物の中から再び凄まじい怒号が響く。

 浮気男がノックアウトしても尚、金切声の主による追撃の手が止むことはなかったのだった。


 再び響き渡った怒号。それに続き、今度は複数の何がこちらへ向かって飛んで来る。それは先程よりもずっと小さく、しかしずっと速い何か。

 堪らず急停止したアレン。

 そのすぐ目の前に飛んで来た何かは勢い良く突き刺さる。


「………っ!!??」


 浮気男へと向かって放たれたそれ。

 見た瞬間凍り付いた。

 月光を弾いて光る鋭利な鋼色。刃渡り約20センチ。

 アレンの目の前に突き刺さったのは鋭く研ぎ澄まされた肉切り包丁だった。


「ひっ……」


 行く手前方に続いて、背後にもまた続けざまに肉切り包丁が突き立てられる。

 結果、正面を向いたアレンの身体。

 悪い事は重なると言うが、まさにこの事。


 ヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッ


 グサッグサッグサッグサッグサッ


 空気を切り裂いて目を見張る程の鋼色が叩きつけられる。

 そして――


「今日という今日はもう我慢ならない!一変死ね!死んで詫びろ!!この浮気者がぁあ!!」


 続けざま渾身の一撃は放たれる。

 肉切り包丁に続いて、怒りの念を乗せ飛んで来た物体。それはアレンの顔面僅か数センチの所に凄まじい勢いでめり込んだ。


「………っっ」


 長い髪が僅かに切り落とされ地に落ちる。

 それは今までの調理器具とは全くもって一切関係無い、更に分厚く大きな刃物。鋭利な楔刃を携えた斧であった。


「…………」


 壁に持たれる形となったアレンはズルリとその場に崩れ落ちる。


 一体、何なんだこれは……


 突然身に降りかかったとんでもない災難に上手く頭が回らない。


 こんな物、直撃でもすればもはや怪我どころでは済まされない。

 とういうか、間違いなく死んでしまう。

 単なる痴話喧嘩の模様だったが、いくらなんでも度が過ぎる。

 本当に相手を殺しに掛かっているのか?


 思考は途切れ気味。

 喉は乾いて冷や汗が止まらない。


“持ち主に残酷な死を齎すとされる呪われた宝石”『ホープ・ブルー』


 こんな目に遭うのも呪いのせい?

 これもホープ・ブルーによる呪いなのか?

 これもハルと離れたせいだというのか?


 アレンは完全に腰が抜けてしまっていた。



 ***



 それから約5分後。

 執拗に追い掛けて来る海軍をなんとか振り払い、アレンに追い付いたレイズ。

 我先にと逃げ果せた筈のアレンだったが、その姿を目の当たりにしてレイズは目を見開いた。


 合流したレイズが目にしたもの。

 アレンと離れて僅か数分。

 少し目を離した隙に一体何があったというのか。


 ずるりとだらしなく背後の塀に持たれたアレン。

 そのすぐそばには一体何がどうなればそうなるのか?

 複数の包丁が突き刺さり、結構な大きさのある斧までもが塀にめり込んでいる。

 そして、アレンのすぐ傍には何故か下着姿で血を吹き倒れた男と血痕の付いたまな板が転がっていた。


 この僅かな間に一体何があった?


「お、おい、ヴァンドール……」


 なんと声を掛けていいのか分からずにどもったレイズ。そんなレイズをよそに俯いたアレンはわなわなと肩を震わせる。


「……ルを」

「あ?」

「ハルを探せぇええぇええ!!!!!!」


 悲鳴にも似たアレンの叫び。

 切実たるその叫びが快晴の夜空に響き渡った。


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