生きる世界の違い
(other ジャック・ジェーナイト)
帝国軍大佐ジャック・ジェーナイト。
貧しい家庭で育った彼はやがて17歳で軍へと志願。軍人となった彼は戦場で数々の軍功を立て、着実にその実績を積み重ね、若くして帝国軍大佐にまで登り詰めた。
そんな彼の前にある男が現れる。
紅蓮に燃えるその剣を手に、その男は戦場を駆ける。
男は侵攻したワンスモールはマオ・クインズの軍を撃退。侵略の危機にあったディーレフトを救った。
その男こそ、かのロイ・ローゼルであった。
国を救ったロイを称え賞賛する。
しかしその一方で、ロイに対し彼の中にある感情が芽生えた。
やがて、ロイはその功績を認められ国から「騎士」の称号を賜った。
ロイの持つ勝利の剣はいつしか『劫火の剣』と呼ばれるようになり人々はロイを『劫火の英雄』と謳った。
彼の中に芽生えた感情は消える事なく、更にその激しさを増していく。
『劫火の英雄』へと向けられた羨望。
それはやがて激しく渦巻く嫉妬心へと変わる。嫉妬は憎悪を伴って増殖し、それは黒く燃える殺意へと姿を変えた。
自身の中に燃える欲望に駆り立てられ、渦巻く感情に突き動かされるように。ジャック・ジェーナイトはロイ・ローゼルを手に掛けた――
ようやくにして手にした伝説の剣『劫火の剣・フレイ』
しかし、彼にはフレイを抜く事は叶わなかった。
フレイは新たな持ち主として、英雄の息子、レイズ・ローゼルを選んだのだった。
その後、ディーレフトに新たな国王、ケイル・サーティンが即位する。
国王はワンスモール、そして東はツービークの2国と講和条約、及び不可侵条約を締結。永きに及ぶ戦争は遂に終わりを迎えた。
「そんな……」
揺れる瞳でレイズはジェーナイトを見詰めた。
これが全ての真相だった。
「なるほど。要するにだ。ロイの持つ『劫火の剣』が欲しくてロイを殺し、自分が次の持ち主になる筈がその目論見は大外れ。そして帝国軍大佐ともあろうお方がだ、どこの誰かも知れない奴に上手い事言い包められ、ヘイト・ディスティの研究を使ってやったことがこれ。――その結果が国の簒奪か」
「なんとでも言うがいい」
ため息と共に吐き捨てたアレンに対し、ジェーナイトは続ける。
「脆弱な国はいずれ崩壊する。今のまま来たる幕開けに置かれれば、この国はもはや生き残れまい」
「だがもう戦争は終わった筈だろ?」
「終わった?違うな。これは単なる始まりに過ぎない」
ジェーナイトは再び構えを取る。
「お喋りが過ぎたようだ」
両腕の炎が再び轟々と燃え上がる。
ジェーナイトはレイズへと向かい、再びその豪腕を振った。
レイズもまた手にしたフレイを振るったが、気付くのがやや遅かった。
「動きが止まってるぞ!」
両者の炎が相殺し、視界が晴れた瞬間、間合いを詰められていた。
ジェーナイトの重く硬い拳が迫る。
「くっ……!」
間一髪でそれを交わしたが、体制を崩したレイズへと向かい、至近距離から再び業火が放たれる。
レイズはフレイを盾にしなんとかその攻撃を防いだ。そして一旦、ジェーナイトから距離を取る。
しかし、その豪腕から繰り出される自在に曲がる炎の旋律。屈強な肉体が成す繊細な体術。巧みな技に圧倒され、元軍人であるレイズでさえ、全くもって歯が立たない。戦局は明らかにジェーナイトが優勢。レイズは完全に押されていた。
それでもなんとか、ジェーナイトの攻撃を受けては交わし、レイズは反撃のチャンスを伺い続けた。
ジェーナイトの拳から再び火焔が放たれる。
レイズはフレイを振り下ろし、その火焔を斬り裂いた。しかし、その先にはジェーナイトの姿はない。
「甘いっ」
一瞬の油断。レイズは完全に背後を取られた。
慌てて防御を取るも既に遅く。
「かはっ……」
重い一撃が入った。あまりの衝撃に思わず息が詰まる。
その一撃は全身を揺らし、骨が軋むようだった。
レイズの身体は数メートル先へと吹き飛ばされる。その拍子にフレイがレイズの手から離れてしまった。カラン……と音を立ててフレイは地に落ち、身体は床へと叩きつけられる。
「ぐ……っ」
身体が酷く重い。肋骨が何本か折れたようで、鈍く重い痛みが電力のように突き刺さる。フレイを拾わなければというレイズの意に反して、身体は立ち上れずにいた。
両腕に炎を纏ったジェーナイトは冷たい視線をレイズへと向ける。
そして、ゆっくりとフレイの方へと歩み寄った。
レイズは必死にフレイへと傷だらけの腕を伸ばすも、それも虚しく。その腕はフレイへは届かなかった。
ジェーナイトが地に落ちたフレイを拾い上げる。
フレイを手にした。その瞬間。
「な……っ」
その光景に目を疑った。
レイズの手を離れ、刀身に纏う炎を消したフレイがジェーナイトの手に触れた瞬間、再びその身に炎を宿した。
紅蓮に揺れてその身を燃やす劫火の剣・フレイ。
取り巻く炎はジェーナイトの纏う炎と混ざり、まるで身体の一部となったかのようで。その勢いはレイズがフレイを持つ時よりも遥かに増しているように見えた。その様はまるで、ジェーナイトがフレイの炎を纏ったかのようで。
劫火の剣・フレイがジェーナイトを持ち主だと認めたかのようであった。
「ハハハハハハハッ!!」
ジェーナイトはフレイを手にしたまま、高らかに笑う。
「どうやら伝説も真に力のある物を選ぶらしい」
そしてフレイを天高く翳す。そのまま、ジェーナイトはフレイをレイズへ向かって振り下ろした。炎を纏った赤い閃光が走る。それは宙を割いて直進し――レイズへと直撃した。
「うわぁああぁあああっっ!!」
レイズの悲鳴が響き渡る。燃える炎がレイズの身体を飲み込んだ。
動かなくなったレイズに対してジェーナイトはまるで興味を無くしたかのように一瞥をくれる。ジェーナイトはフレイを払って踵を返した。
しかし、背後に感じた微かな気配にジェーナイトは振り返る。そして目を見開いた。
「……それを返せ」
全身に傷と火傷を負いながらもレイズはゆっくりと立ち上がる。
顔を上げたレイズ。その目は真っ直ぐにジェーナイトを見据る。その碧い瞳はまだ死んではいなかった。そんなレイズの様を見てジェーナイトはただ淡々とこう述べる。
「さすがは今までこの剣を使っていたというだけはある、か」
――面白い。
「来るがいい。劫火の英雄の息子。そして、国を救った大罪人の英雄よ」
ジェーナイトはフレイを構え、再びその刃をレイズへと向ける。
第2ラウンドのゴングが鳴った。
***
フレイから放たれた閃光が何度となくレイズを襲う。
ジェーナイトによってフレイを奪われ、丸腰となってしまったレイズ。
レイズは繰り出される攻撃を避けながらも地に落ちていた衛兵の物と思われる剣を手に取り、果敢にジェーナイトへと向かっていく。
しかし、その奮闘も虚しく。フレイの圧倒的な力を前にレイズは手も足も出せない。戦況は明らかな劣勢に見えた。
そんな戦闘の中、当の私はというと……
フレイの炎が届かない柱の影へとひっそりと身を潜めていた。
当然ながら、戦闘など出来ない私なんかがレイズに加勢する訳にもいかず、こうして身を隠しているというのが現状なのだが……まあ、それはそれとして、である。私は奮戦するレイズからその人物へと視線を向ける。
「アレン船長……」
「ん?」
私のすぐ隣に身を隠し、すっとぼけたような顔をするその人物。
「なんで一緒に隠れてるんですか!?レイズさんと一緒に戦ってくださいよ!?」
私は堪らず声を荒げた。
レイズが果敢にジェーナイトへと向かっていく中、アレンは戦闘が始まった途端、私と同じように倒れた柱の影へと身を隠していたのだった。
この人一応船長だよね!?レイズの仲間であって、一応はレイズよりももっも上、上司的な立場にある筈だよね!?
「なんで一緒になって隠れてるんですか!?」
「無茶言うな、こんな規格外な力の前に出てったところで一瞬で丸焼きにされちまうよ」
炎渦巻く戦闘の様子を伺いながらアレンぼそりとそう零す。
ジェーナイトがフレイを振るう度に捲き上る炎は熱く、まるで肌を焦がすかのようで。熱風が巻き上がり赤い閃光が途切れる事なく走り続ける。
そんな中でもレイズは果敢に戦っているというのに――
私はグッと拳を握り締めた。
「……何か出来ることは無いんですか?」
口から絞り出した言葉。
それを聞いたアレンはきょとんとした顔で私を見た。
「勇敢だな。なんだ、レイズに惚れたか?」
「違いますよっ」
茶化すアレンを全力で否定する。
そんなんじゃ全然なくって。
「レイズさんがあんなにボロボロになって戦ってるのに自分だけ安全な所で見てるしか出来ないなんてなんて……そんなの、嫌だから」
こことは異なる別の世界から来た自分。
武力放棄した平和な世界で生きて来た。
戦争なんて歴史の授業以外では知らない。
故に当然ながら、戦闘の経験なんてまったくもって皆無であって。
けれど、突然に飛ばされた異世界は元いた場所よりも平和ではなくて。
海賊という危ない人達に拾われたせいか、常に危険に晒されてて。
元いた世界では感じる事なんてなかった命の危機を常に肌で感じるようになって。
そんな元の世界とは全く異なるこの世界での私の立ち位置は、いつも誰かの後ろで。いつも誰かに守られて。いつも誰かの背中に隠れてて。
誰かが戦っている姿をただ見ているしかって出来なくて。
想像もしていなかったんだ。平和な世界で育った私は。
だからその渦中に身を置いてみて初めて知った。
自分がどんなに無力なのかと。
命を賭ける誰かを前に、何も出来ない事が、こんなにも辛いものなのかと。
そんな自分が酷く惨めに思えて、情けなくてたまらなかった。
今だってそうだ。必死に戦うレイズの姿をただただ隠れて見ているしかって出来ない。
けれど、本当にそうなのか?
本当に私にはそれしかって出来ないのか?
たとえ、戦闘の経験が皆無だって。
何か。それでも何か。
私に出来ることがあるんじゃないのか――
「ははははははっ!!」
それを聞いたアレンは声を上げて笑った。
「ハルは見掛けによらず命知らずだな。そして勇敢で勇気がある」
ひとしきり笑ったアレン。彼は何を思ったのか、おもむろに私の手を取ると真剣な目で私を見詰めた。
「そんな奴を俺は大いに歓迎する。どうだろう?正式に海賊にならないか?」
「はぁあ?」
この人は人の話を聞いていたのか。今の話からどうしてそうなるんだ。
何を思ったのか全くもって知らないが、何故か私はこの状況で海賊に勧誘された。
「茶化さないでくださいっ今は真面目にそんな事言ってる場合じゃないんですよ!?」
「俺は大真面目だよ」
本当になんなんだこの人は。
とにかく、今はこんな事をしている場合じゃないんだ。
私はなんとかアレンから自身の手を振り解く。
「釣れないなー」
剥れたような顔をしながらもアレンはしぶしぶと引き下がった。
「レイズの為に何か自分に出来る事、か。それなら――」
そう言ってアレンは高い天井を指差してみせた。
「あそこにいい物がぶら下がってる」
アレンが指差した先。そこには豪華絢爛なシャンデリアが悠然と垂れ下がっていた。
まさか……それってつまり……
「あれをあのおっさんにぶつける」
「やっぱりそう来るんですか!?」
予想を裏切らない回答が返って来た。
「見たところ、あのおっさんの間合いに入るのはそう簡単じゃない。というか、ほぼ無理だろう。だからあのでかいシャンデリアを落としてそれをぶつける。上手く行けば、そこで試合終了。上手く行かなくてもまあ……一瞬くらいは隙を作れるだろうさ」
「けど、あんな大きなシャンデリア、どうやって……」
「ラックからの預り物があるだろ?」
アレンの言葉に私は手にしたまま、すっかり忘れていたそれの存在を思い出す。私の手にはラックが護身用にと預けてくれた銃がしっかりと握られていたのだった。
「けど、銃なんて撃った事ないですし……」
「なに、簡単だよ」
そう言った私にアレンは簡単なレクチャーを施してくれた。
「バーを外して引き金を引く。簡単だろ?」
「簡単だろってそんな……」
あっさり言われても。
「大丈夫。ハルなら出来るさ。自分を信じるんだ」




