“はじまり”って何処からが“はじまり”なんだろうね 1
遡ること、一年前。
大学を卒業し、一度は社会に出たものの、周りとの人間関係が面倒くさくなり直ぐに会社を辞めた。転職先を探すよりも自分でやった方が早いと思った俺は、自分の会社を立ち上げた。――と言っても、社員は俺一人だけど。
この世の中で無くならないもの――出会いを求める人々。
恋活だ婚活だと出会いを求める声が激しい昨今、俺の開発したマッチングアプリは人々が求めているものに見事にハマったのか、思った以上の反響があった。
昔から一人でいる事が多かったし、一人が楽だった。とはいえ、家に籠って何かをするタイプでもないので、外でなんやかんや人間観察をしながら過ごす日々。盗み聞きと言えば聞こえは悪いが、一人でいれば自然と周りの会話も耳に入ってくるわけで。
他人とコミュニケーションを取るのは苦手でも観察をするのは嫌いじゃない。他の事をしている時でさえ、いつの間にか他者の会話に自然と耳を持っていかれる。他人の愚痴や相談話は情報の宝庫と言っても過言じゃあない。世の中が何を求めているのか、流行り廃りもそこから判断できる。何処にいても必ずと言っていいほど聞こえてくるのは惚れた腫れた、出会いがない、出会いが欲しい……。そういった類いの話だ。
出会いに餓えている恋愛難民は絶えることなく、寧ろ増え続けており、これなら金になると考えた俺は、善は急げと早々にこのアプリを開発した。登録したプロフィールに基づいて性格診断を行う。これが結構当たるということで好評を得ていた。勿論その裏には、膨大な量のデータの存在がある。出来るだけ多くのデータを集める必要があり、そのデータの更新も常々行っていかなければならなかった。アプリの更なる改良を進める為、インターネットやSNSでの情報集めも勿論していたが、外に出掛けては自分の目と耳で情報を集める――要は盗み聞きなのだが――ことも怠らなかった。そんなことを繰り返しながら、データの鮮度を保つことに邁進していた時だった。
ある日のこと。いつものように適当なカフェに入って、パソコンで集めた情報を整理していた。しかし、俺の手はピタリとその動きを止めることとなる。今しがた、店に入って来た人物から俺は目が離せなくなってしまった。そのまま相手を目で追っていると、此方の視線に気が付いたのか彼女と視線が交わった。数秒間、俺達の時は止まる。彼女は可憐な笑みを浮かべてカツカツとヒールを鳴らしながら、此方に近づいて来た。そして俺の目の前の席に当たり前のように座る。近くを通った店員にさっと注文を済ませると彼女は久しぶりと言って静かに笑った。
「ハル……?」
そんな馬鹿な、と俺は目の前の出来事が信じられずに、思わず自分の頬をつねる。すると、クククッと笑われた。
「ごめん、ハルじゃない。俺はユキだよ」
こちらが地声なのだろうか、先程よりも少し声が低くなった。そして、可憐だった笑顔も少し……。
「ハルに見えたなら何より。俺もそのつもりでこの格好してるから」
何故? とは聞かない。
何故ここに? 何故ハルの格好で? 何故――?
そんなこと、イチミリだって興味は無い。
「ねぇ、はじめ君。今日、会えたのは偶然じゃないんだよ」
容姿との違和感を消す為か、声をハル仕様に戻すユキ。
「どういうことだよ? それと、“はじめ君”呼びはヤメロ」
ユキは俺の問いに直ぐには答えず、運ばれてきたカラフルな飲み物に刺さったストローをくるくると回して、そして咥える。端から見れば、男だとは分からない。




