“はじまり”って何処からが“はじまり”なんだろうね 2
「ちょっと前に偶然、一を見かけたんだ。度々この店を利用しているようだったから、少しの間、一のことを観察してた」
俺が周りを観察している間に、俺も観察されていたということか。
「このアプリ、一が作ったんでしょ?」
スマホの画面を見せられる。そこには、見慣れたデザインのプロフィール画面が映し出されていた。それよりも……
「このプロフィール……」
「そう。これ、一のプロフィールだよ」
「何で俺の? ……それに、プロフィールを作成する為には幾つもの質問に答えなきゃいけないだろ? 適当に答えるんじゃあ、正確なものとは言えないぞ」
「ハルの日記に書いてあったことを登録した。一の誕生日とか、好きなものとか、他にも色々。観察して得られた情報も沢山あるけどさ、人間の好みなんて、何かない限りそうそう変わるもんでもないでしょ。それとも大幅に何か変わった?」
だから、それをする真意は?
俺の疑問が伝わったのか、ユキは笑みを深める。
「俺は今、夢について研究している」
「それと、俺のプロフィールと何の関係が――」
「まぁ、聞いてよ」
言葉を遮って片目をパチリと閉じる仕草は元がいいからか、様になっている。俺の口許がピクリとしたのは決してそれに対して苛立ちを覚えたからではない。
「研究をしている過程で、夢が人間の精神的救済に役立つことが分かったんだ。そこで俺はある装置を開発した。人間が心の奥底に閉じ込めてしまっている闇を夢で見せることによって、精神的な苦痛を軽減出来るんじゃないかと思ってね。俺は夢治療と呼んでいるんだけど。その装置を使って夢を見せることで、自分の闇と向き合えるようにしたんだ」
「装置……ねぇ。でも、その人にとって闇なんだったら、夢で見せられるなんて余計に苦しいだけなんじゃないか? 逆に精神的に追いつめてるんじゃ……」
「閉じ込めてしまう程だから、大抵の場合それが闇だって本人は気付いていないんだよ。何だか分からないけど、心が重いとかしんどいとかってね。気付いていたとしても、どうすればいいか分からない人が殆どだ。だから、そうだね……。気付きの力っていうのかな? それを利用しようと思って。何だかもやもやっとしたものがスッキリしたとか、そうだったんだーって腑に落ちれば、何となく心が軽くなる、みたいな……? そういう事ってあるでしょ?」
「まぁ、確かに」
「その、“何となく”を引き出す手伝いができたらいいじゃない? それで、心が少しでも救われれば万々歳。だから最近ね、治験者を募集して色々と実験をしてるんだ。その時に役に立ったのがこのアプリ。これ、プロフィールを登録すれば、性格診断とかもやってくれるでしょ。意外と使えるんだよねー、コレ」
「“意外と”は余計だよ」
アプリがユキの研究に役立っていることは分かった。でも、俺のプロフィールをわざわざ登録する意味が分からない。
ここまで説明する間も、ユキはカラフルな飲み物に刺さっているストローを指で弾いたり、クルクルと回したりしながら、遊ぶ手を止やめない。ソレ、気になるから飲むなら飲む、飲まないなら飲まないで止やめてくれないかな。
「研究を重ねている内にね、他人の夢に入り込める人間がいることに気付いたんだ。それは、他人に共感、同調しやすい人。つまりは、他人の体験を自分に起きたことのように感じられる人。こんなアプリを作るくらいだから、一は人間観察が得意なんでしょ? そして、きっと俺の求めている他人に同調しやすい共感力の高い人間なんだろうなーと思った。だから、試しに一のプロフィールを登録してみたんだ」
「で、結果は?」
「うん、思った通り」
見せられたプロフィールの性格欄には、ばっちりと共感力が高いと記されていた。
「成る程。それで俺に協力しろと?」
「話が早くて助かるよ」
頬杖をつき、上目遣いで此方に微笑んでいる目の前の奴に溜め息が出そうになる。
「俺が素直に協力するとでも思ってるのか?」
「一は、してくれるよ。だって人間大好きでしょ?」
昔、ハルにも言われたことがある。
“はじめ君ってあんまり他人と関わろうとしないけど、人間大好きだよね。だって、いつも誰よりも見てるもんね、他人ひとのこと”
同じことを言うのは双子だからか。三人でいる時はハルが間に入っていたから、こいつと直接言葉を交わすことは殆ど無かった。お互いに仲良くする気もなかったし。言葉のキャッチボールなんて数える程しかしたことないのに、お前に俺の何が分かるっていうんだよ。
「放っとけないでしょ、一は。困ってる人のこと」
全部分かってる、とでも言うように終始笑顔のユキはストローで残りを飲み切るとスッと立ち上がる。そしてメモを置き、代わりに伝票を持つとそれをひらひらさせながら俺から離れていった。
「ここは払っとくから。じゃあね」
決して、長い髪を靡かせながら去って行った後ろ姿が忘れられなかった訳じゃない。それなのに再会してから一週間後、俺は渡されたメモにある住所の場所にいることとなる。




