気に食わない男 7
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“ハルに会いたい”
ただそれだけで始めたこの夢の研究。
夢の中でハルに会うことが出来る装置を作れたらいい――、それくらいに思っていた。
しかし、思っていた以上にこの研究にのめり込んでいく自分がいて。いつしか夢と人間の心の闇について考えるようになっていた。そこで考え付いたのが夢を用いた心の治療。
夢の中で自分の心の闇と向き合うことで精神的な救済が出来るかもしれない――。
俺は、人が心の内に仕舞い込んでしまった闇を夢として具現化させる為の装置「椅子」を開発した。精神的な救済を求める人達を治験者として募り、そのデータをパソコンに保存。モニターでその夢を観察しながらデータの分析。それを繰り返し行っていた。
万が一、夢の中から出られなくなってしまった場合に備えて、治験者には自分で戻って来る為の鍵を持たせた。鍵とは、治験者にとって大切な物。それがあれば、大抵の人間は現実に戻って来た。しかし、研究を進める中で自分で夢から出て来られない人達がちらほらと出始めた。そんな重傷者は稀だったが、それでもゼロではなかった。
自分で出て来られないのなら、この人達には助っ人が必要になる。そこで俺はまた、新たな仮説の検証に取り掛かる。
他人への共感力が高い人間ならば、他人の夢の中に入り込めるかもしれない――。
しかし、直ぐにそんな人間を連れて来られるはずもない為、先ずは自分で他人の夢の中に入ってみることにした。夢から戻らずに眠り続けている治験者の隣で治験者の手に触れながら、自分も眠りの体勢に入った。
次に目を開けた時には研究室とは別の場所にいた。先程までモニターで見ていた場所だ。俺はちゃんと、他人の夢の中に入ることが出来たようだ。だけど、思うようには進まない。入れたのは良かったのだが、夢の中で治験者と接触した途端に現実へと追い返された。空間がグニャリと歪んで、目を開けると自分だけが目を覚ましていたのだ。何度も入り、何度も治験者との接触の仕方を変えながら、その時は何とかその治験者の目を覚まさせることが出来た。
勿論、その後に何人か人を雇って自分以外の者でも他人の夢の中に入れるのかを試してみた。そして、分かったこと。
そもそも、他人の夢の中に入れない人間もいる。
入ることが出来るのは他人への共感力が比較的強い者。
共感力が高ければ高いほど、他人の夢の中に入り易く、途中で追い返される率も低い。
特定の人間に対する共感力が高い場合、その人間の夢にだけに入れることがある。例えば、家族とか恋人とか――。
他人への共感力を測るため、俺はあるアプリを使っていた。結果、俺が一番共感力が高く、そして夢の中から追い返される率も低かった。しかし、やっぱり自分では役不足なのだ。その後も何度も人を雇って試してみたが、自分を超える共感力の持ち主はなかなか現れない。
絶対に最後まで夢の中から追い出されない程の共感力の持ち主が存在するはずだと信じて俺は根気強く探し続けた。
そんな時に街中で彼奴を見つけた。妹の想い人だった男。醸し出す雰囲気から自分と同じような匂いを感じた。中学校を卒業して以来、思い出すことさえしなかったのに。こいつも囚われている。妹のことを引きずっている。見た瞬間に分かった。
相手に気付かれないよう観察している内に研究の中で立てた仮説をこの男なら立証出来るかもしれないと思った。俺が探していた人間、他人への共感力が高い奴。何がなんでも研究に巻き込みたかった俺は一が自分から研究に関わるように策を練った。
もしかしたら、ただ自分が救われたかっただけなのかもしれない。ハルがいない現実と妙にリアルな夢。彼女がいなくなってからずっと悩まされ続けていた。
会いたい。でも、もう会えない。夢の中にいる不甲斐ない過去の自分と現実にいる情けない今の自分を抱えながら、俺はずっとハルを求めていた。
ハルの夢ばかり見るのは、俺がハルに執着している証拠だった。夢は人間の心を映し出す鏡。意識的だろうと無意識的だろうと、その人間から作り出されているのだから。
夢を追究した先にこの寂しさを紛らわすことの出来る何かを見つけられたら……。
研究に没頭して、ふと我に返って。そんな無限ループの中でひたすらハルを求め続けた。度々“ハルになってしまう”のもきっと寂しさのせいだ。
ハルがいなくなってしまった現実を未だに受け入れられない自分。認めたくなくても、俺はもうずっと前からそんな自分に気付いていた。誰でもいいから助けてよ、と心が悲鳴をあげていた。




