気にくわない男 8
俺の予想通り、一の共感力はずば抜けていた。他人の夢の中に難なく入ることが出来たし、俺みたいに途中で夢から追い出されることもない。本人も俺に対しては色々と言うものの、この研究に対しては協力的だった。
俺が違和感を感じた時には既に遅かったんだと思う。
折角この研究に引っ張り込めたと言うのに、他人の闇に触れている内に自分の闇を無意識にでも自覚してしまったのか、一はどんどんおかしくなっていった。
度々、一の前で俺がメイクをして、ウィッグを被ってハルの格好をしていたからか? それが関係しているのかは分からないが、いつからか一は俺のことを“ハル”と呼ぶようになった。
一が俺のことを“ハル”と呼ぶ度に「ハルはもういない。俺の名前はユキだよ」と何度も何度も説明した。けれど、一の中での名前の入れ替わりが直ることはなかった。説明した時には「そうだった」となるのだが、また直ぐに俺を“ハル”と呼ぶ。その繰り返しだった。どうしてそんな事になったのか――。
ハルに生きていてほしい。
せめて、ハルという名前だけでもこの世に存在していてほしい。
“だから、生きている方がハルだ”
という方程式が一の中でいつの間にか出来上がってしまったのかもしれない。
混乱して? 名前の入れ替わり?
そんな馬鹿な、あり得ないでしょと正直思う。そんな事でハルを失った悲しさや虚しさを埋められる訳がないんだから。
だけど少しでも……、少しだけでもいいからってハルを求めてしまう気持ちは分からなくもない。現に俺だって寂しくなって“ハル”の格好をして“ハル”になる。それでも寂しさは消えないし、嵌はまってしまった沼からはいつまで経っても抜け出せない。分かってても止やめられない――。分かってても求めずにはいられないんだ――。
一の精神に限界を感じた俺は夢治療を受けろと言った。ちゃんと向き合って来いと言ってこいつを送り出した。こいつは自分の力で戻って来ると信じたかった。なのに、一は夢の中に閉じ籠ってしまった。目を覚まさなくなった。
モニターに映る一の夢は、俺にとっても他人事ではない。ハルがいなくなったあの日……
修学旅行の“あの日”だったから……。
――やっぱり、こいつも囚われていた。
一はずっと夢の中をループし、繰り返し同じ夢を見ている。夢の中で多少違う行動をしても、ある一定のところまで行くとまた夢が繰り返されていた。
夢だと認めたくないのか。それとも、無意識にハルが死んだ事実に気付かないようにしているのか。
モニターに映し出される一の夢を見ながら、戻って来いと何度も心の中でこいつに語りかけた。そうしながらずっと観察をしていた。しかし、何度繰り返しても一は目を覚まさない。やっぱり、自分で夢から出て来ることは難しいのか――。
誰かが一の夢の中に入るしかなかった。“誰か”とは言うものの、現状での選択肢は一つ。入るのは俺だ。
一が夢の中に持って行ったのは、ハルの日記帳だった。赤くて可愛らしい日記帳。一が大切そうに抱えているソレが目に入る。なんだかハルに一を助けろと言われているような気がした。
――ねぇハル……、俺が一を助けたら誉めてくれる?
モニターを見つめながら、椅子チェアーの背もたれに背中を預けて俺は目を閉じるのだった。




