ユキと“ハル”は、ハルと“ユキ”で 1
修学旅行で泊まっていたホテル。壁にひびが入っていたり瓦礫が散乱していたりするのは、一の心の乱れからだろうか。今にも崩れてしまいそうな危うさがある。それに光がない。暗くて光がないのは、彼奴の心の闇と関係している気がしてより一層危うさを感じる。
ここは――? レストランの奥か――。
自分が今いる場所を確認していると誰かがやって来た。
「だ、誰?」
可愛らしいソプラノの声。その声の主へと目を向けると大人になることが出来ていれば、恐らくそうなっていたであろう妹の姿がそこにあった。夢の中の妹だと分かってはいるが、ずっと求め続けてきたんだ。会いたいって思ってたんだ。咄嗟のことで、身を隠すことも言い訳をすることも忘れて、俺はただ呆然と立ち尽くしている。
「え……っ、ハル? ……ど、う……して……。だって、さっきはじめ君とエレベーターで運んできて、今あっちの椅子に……」
戸惑っている妹を余所に、――ああ、今はそこなのか。と何度もモニターで見ていた一の夢を頭の中に浮かべる。
「ハル……、なの?」
「俺は――――」
何て答えたらいいのか分からなかった。この子に俺はユキだと言ってもいいのか? 言いたい……。ハルに「ユキ」って呼んでほしい。
「俺は――」
「ユキ? どうかしたのか?」
――しまった。目の前の妹に意識を持っていかれ過ぎて、向こうで恐らくまだ眠ったままの“俺”と一緒にいた一の存在を忘れていた。なかなか戻って来ない“ユキ”を心配して様子を見に来たんだろう。此方に来てしまった。
「なっ!? ハル!? おま、……な、んで? ……ハルがふた、り……?」
混乱している一と不安そうにしている“ユキ”。そんな二人を視界に捉えた俺の世界はグニャリと歪んだのだった。
◆
バッと身体を起こすと研究室に戻っていた。隣を見るが、やはり一は眠ったままだ。
ふぅー、と息を吐き出す。簡単に行くとは思っていなかったが、これは思った以上に苦労しそうだ。一旦、頭の中を整理しようと椅子から離れ、ペットボトルのキャップを開けて水を飲む。大人になった妹を目の前にして不覚にも動揺してしまった。モニター越しに見るのと、直接見るのとでは大きすぎるくらいの違いがあった。夢の中に入るタイミングも考えないといけないな。
そうだ。今は自分の姿のままで夢の中に入ったけれど、妹の姿ならどうだろうか。
夢の中でも、着ている服や髪型は無条件にそのまま現実にいる時と同じになる。つまり、妹の格好をして俺がこの椅子に座り、一の夢の中へ入れば、妹の格好で夢の中に現れることが出来るはずなのである。
夢で妹が身に付けている衣服は俺が一の前で“ハル”になった時に身に付けたことがあるものだった。俺、あのワンピース持ってるじゃん。これは、試さない手はない。
早速、着替えて軽くメイクを済ませ、俺は再び夢の中に入るのだった。




