気にくわない男 5
その後、俺はハルを傷付けた彼女達を呼び出した。何をしたかは細かいことは敢えて言わないけど。ねぇ、知ってる? 壁ドンの本当の使い方って胸キュンを与えるんじゃなくて、恐怖を与えるものなんだよ? なんてね。勿論、怪我なんて一ミリもさせていないし、そんな物騒なことはしない。俺が使うのは頭と口だけだから。
俺の言葉が効いたのか、ハルへの直接的な嫌がらせは無くなった。そして、ハルに近づく奴が誰もいなくなった。俺に釘を刺された女子達が手を引いても、他の奴等は周りの目が気になるのかハルに近づこうとはしなかった。いつ何が理由で自分がターゲットにされてしまうか分からないからだ。
だから、ハルは俺といる時以外はずっと一人で。友達らしい友達も作ろうとはしなかった。きっと、友達がほしいと思っていたはずなのに。本当はすごく寂しいと感じていたはずなのに。
「ねぇハル、友達作らないの?」と俺が聞くと――
「私、ユキ目当てで近づいてくる子とは友達になりたくないの。それに私ユキがいれば寂しくないもん」
――これだもの。そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。強がっているのはバレバレだった。でも、指摘すればきっと「そんなことない」と言って怒るだろうから。「俺もハルといると落ち着く」とだけ言っておいた。
そんな時、ハルの話の中に突然現れた“佐藤一”という奴。気になるんだよね、なんて言われると俺だって気になる。ハルが興味を持った奴。男……。しかも、俺と似てる気がするから気になるなんて言われたら余計に気にならない訳がない。
“ねぇ、私最近気付いたんだけどね。クラスにユキと似てる子がいるんだよね”
“佐藤くん、クラスの男子達からあんまりいい扱いを受けてないみたいなの。でも、気にしてないみたい。強いよね……”
“クラスの空気が前にも増しておかしい。佐藤くん大丈夫かな……”
“担任の先生ね、出欠取る時に佐藤くんの名前間違えるんだよね。でも、あれ天然っぽいんだよなぁ。ユキ、私どうしたらいいと思う?”
放っとけ。気にするな。
気になり出したら止まらないハル。ハルに危害が及ぶのか嫌だった俺は、念の為にと忠告していた。ハルが巻き込まれて、ハルに傷ついてほしくなかったから。でも、こうなったハルが俺の言うことを聞くわけがないという事も分かっていた。俺の予想通り――
「ねぇねぇねぇねぇねぇ! ユキ、聞いて聞いて!」
ある日の帰り道、興奮気味に俺に話すハル。
「あのね、今日ね。佐藤くんと初めて喋ったの」
「へぇー」
俺が気のない返事をすると「もっと興味持ってよ」と怒られた。
「佐藤くんね、自分から話してくれる感じじゃなかったけど、私の話ちゃんと聞いてくれて、相槌もちゃんと打ってくれて。なんだかユキと一緒にいる時みたいに安心できたっていうか――」
その後も家に着くまでハルの弾丸トークは止まらなかった。ハルに友達ができるのは嬉しいことだけど、相手は男。それだけで、ちょっと気に食わないと思うのは、今まで自分にベッタリだったハルが離れて行ってしまうようで寂しいと感じているからなんだろうか。
それからのハルは、もう“はじめ君”が止まらなかった。
“今日、はじめ君がね――――”
“今日、はじめ君とね――――――”
“はじめ君って、――なんだって”
“はじめ君に誉められちゃった――”
俺は聞きたくもない男の話を毎日のように聞かされて。
そういえば、ハルに黙って一に会いに行った時には怒られた。ハルの話の中に出てくる男の顔をこの目で見てやろうと思って、まだ見ぬ気に食わない男に一人で会いに行った。
“えー、何で私も呼んでくれなかったの!? 私もはじめ君とユキが話してるところに一緒にいたかった”
怒るところ、そこですか? 寂しいじゃんって?
なんかズレてるよ、ハル……。
勝手に会いに行ったことよりも自分に声がかからなかったことの方が不満だったらしい。
「あ! でもでも、はじめ君とユキが仲良くなるのは嬉しいなぁ」
なんか、勝手に彼奴と俺が仲良くなったことになってるし。呆れながら、俺はそれを全力で否定する。
「別に仲良くなんてなってないよ。なるつもりもないから。彼奴、気に食わないし」
「えー、何で何で? ユキとはじめ君、絶対仲良くなれるって」
何でも何も、気に食わないものは気に食わない。いくら可愛い妹でも、そのお願いだけは聞けないよ。だから、絶対無理と俺は否定し続けた。だけど、俺の言うことなんてこの子は聞いてない。最終的には「絶対仲良くなれるよ、ユキがんばれ!」と意味の分からない励ましをもらって。そういうところも、ハルの可愛いところなんだけど。




