気にくわない男 4
◇
ハルから言ってくれるまで待とうと決めていたが、ある時限界が来た。“ハルが階段から落ちた”なんて、聞いたら俺にはもう黙っていることなんて出来なかった。
昼休み――。
教室で相も変わらず一人で本を読んでいた時――。
俺のクラスの奴が慌てて教室に飛び込んで来た。
「鳴瀬! お前の妹、階段から落ちたって! 今、保健室に運ばれたみたいだぞ」
きっとそれまで誰も見たことがないようなスピードで俺は保健室へと走っていった。
「ハル!」
叫びながら保健室の扉を開けた俺に養護教諭はしぃーっと注意する。そんなことを気にしていられない俺は「先生、ハルは!?」と注意されたことをスルーしてハルの容態を聞いた。自分から聞いておきながら、その答えを聞くまでの僅かな時間さえもじっとしていられなくて、ハルがいるであろうベッドへと駆け寄る。すると、そこにはふふふと笑っているハルがいた。
「ハル、怪我は? ねぇ、大丈夫? どこ怪我したの?」
忙しなく心配する俺に「落ち着いて、ユキ。私は大丈夫だから」と声をかけてくれるハル。
「大丈夫だよ。階段から足を踏み外しちゃって。ちょっと足を捻っちゃっただけだから――」
こんな事があってもまだ、ハルは何も言わないつもりなの?
「――――違うでしょ、ハル」
俺に心配をかけまいとするハルに、本当のこと言ってと目で訴えかける。すると――、
「あっ、手もちょっと擦りむいちゃった」
へへっと笑いながら、絆創膏が貼られた手の平を俺に見せた。あくまでも、言わない方向で行くつもりらしい。俺とハルが無言の攻防戦を続けているとシャーッとカーテンが開けられた。
「鳴瀬くん。先生ね、これから出張で出なきゃいけないんだけど、大丈夫かしら?」
「あ、はい。俺、ここにいてもいいですか?」
「ええ、鳴瀬くんの担任の先生には私から言っておくから。貴方は妹さんについててあげて」
「どうも」
それじゃ、と言って養護教諭は出ていった。
邪魔者と言っては先生に失礼かもしれないが、ここは敢えて言っておこう。邪魔者はいなくなった。ハルが先生に聞かれることを気にしていたとするなら、俺と二人きりになった今なら話してくれるかもしれない。
「ハル、ここには俺とハルしかいないよ。本当のこと教えて」
俺の目を見つめるハル。まだ言うかどうか迷っているようだ。
「後ろから押されたんじゃないの? ハルのクラスの女子達に」
「ユキ……」
どうして知ってるの? と目が言っていた。
「俺、知ってるよ? ハルが友達を作りたがらない理由。俺が原因……、というか切っ掛けなんでしょ?」
「……ユキに“俺のせいで”って思ってほしくなかったの」
眉間に皺を寄せて力を入れながら、涙が溢れないようにと我慢しているハル。
「俺が自分のことを責めちゃうと思ったの?」
「うん……」
ぎゅっと唇を噛み、意地でも涙が溢れないようにと堪こらえている。
「ごめんね、ハル。辛かったね」
首を振り、そんなことないから謝らないでと手を握られた。俺はその手を握り返して、ハルにが寝ているベッドに座る。そして、ハルにお願いしてみた。
「ハル、ありがとう。でもね、俺のことを考えてくれるならさ、泣いてよ。辛いのに、悲しいのに泣くのを我慢しているハルを見る方が俺は辛いよ」
「ユキ……っ」
目をうるうるさせて、それでも泣くまいとしているのか、ハルの眉間の皺が更に濃くなった。
俺の前では強がらなくてもいいのに。
ああ、そんなに強く唇を噛んだら血が出ちゃうよ。
「ほら、おいで」
俺は彼女に向けて両手を広げた。そして、「ハル」と名前を呼び、笑いかける。昔からハルにだけは、自然と笑顔を見せることが出来た。
「ユキぃ……」
ハルはぎゅうっと俺に抱きついた。俺もぎゅうっと抱き締め返す。ハルが一通り泣き終わって落ち着いた頃を見計らい、もう一度嫌がらせの件について聞いてみた。ハルは今までのことを全て話してくれた。
「そう……。ハル、話してくれてありがとね」
よしよしと頭を撫でると嬉しそうに笑う。彼女が笑うと俺も嬉しい。俺は一呼吸置いてから、「ハル」ともう一度名前を呼んだ。
「ごめんね、先に謝っておくね」
そんな俺に不思議そうに首を傾げるハル。
「ハルは嫌がるかもしれないけど、俺その子達のこと許せないから、ハルがこれ以上傷付けられないように釘を刺してくるよ」
「ユキ、でも……」
俺の言葉に戸惑いを見せるハル。
でもね、ハルに何を言われても俺の気が変わることはないよ。
「俺はね、ハルを傷付ける奴は女子でも男子でも許すつもりないよ。ハルは優しいからいいよって言っちゃうかもしれないけど、俺は絶対に許せない。だから、ごめんね」
俺に何を言っても無駄だとハルにも伝わったようだ。
「私、ユキが傷付くのは嫌だからね」
「俺は大丈夫だよ」
よしよしとまた目の前にある可愛らしい頭に手を伸ばしてしまう。頭を撫でると、無意識なのか甘えるようにすり寄ってくるから、それが可愛くて俺もついついやっちゃうんだよね。




