・・・からの目覚め
パチリと目を開けた俺を出迎えたのは、“ハル”の姿をしたユキだった。
「随分と遅いお目覚めだね。気分はどう?」
「……まぁまぁだ」
寝起きの嫌みはスルーして硬くなった体を伸ばしながら椅子から下りる。
「一瞬で頭が冴えるくらい美味しいコーヒーがあるんだけど――」
「飲む」
首を傾げて笑うこいつは、憎らしいくらいにやっぱり綺麗な顔をしている。研究室の隣に移動し、俺は脱力したようにソファーにもたれ掛かった。
「疲れてるねぇ」
コーヒーを準備しながら、チラリと此方を見るユキ。
「そりゃあ、長旅だったからな」
「戻って来ないかと思ったよ」
「だから、来てくれたんだろ」
「だってさ、いつまで経っても戻って来ないから」
不満駄々漏れだな、と思いながらも右から左に聞き流す。ユキはビーカーに入れたコーヒーをコトリと俺の目の前に置いた。ここで出されるコーヒーが世で言うコーヒーカップやマグカップといった物に入れられて出てきたことは一度もない。そんなまともな物が置いてあるとも思えないが。
ビーカーの方が研究者っぽくてお洒落でしょ、というユキの謎の拘り。俺には理解できないし、理解しようとも思わない。ただ、ここで出されるコーヒーが美味いことだけは確かなのだ。俺は出されたコーヒーに口を付ける。
「まさか自分の夢だとは思わなかったんだよ」
「気付くの遅すぎでしょ」
「だったら、もっと分かりやすくサポートしてくれれば良かっただろ。わざわざハルの振りして接触してこなくてもさ」
「何度もやったよ。あの手この手でやってみたけど、なかなか一が受け入れてくれなかったんだ」
不満をぶつけると逆に不満で返ってきた。
「それは……、悪かったよ」
聞くと、俺が戻ってくるために色々とやってくれていたらしい。そうなると、何も文句は言えない。
「それで? 戻って来たってことはちゃんとケリはつけてきたんだよね」
「まぁ、うん」
「何、その曖昧な返事」
最愛の妹が絡んでいるからか、いつも以上に俺の態度に手厳しい。言われっぱなしも何なので、少しからかってやろうかと目の前にいる男を暫く見つめた後に、にぃっと笑ってみた。
「まさか兄貴を目の前にして、愛を確かめ合ってきました、なーんて言えないだろ」
「――はぁ!?」
俺の反撃を予想していなかったのか、くりっとした目が更に大きく見開かれる。
あれ、こいつで遊ぶの楽しいかもしれない。
「それでぇー、ぎゅってしてぇー、チュってしてぇー」
「止めて気持ち悪い! 嘘でも聞きたくない!」
辛辣な言葉を吐きながら耳を塞ぐユキは、威嚇するネコのように毛を逆立てている。
「よくこの格好してる俺に向かってそんなこと言えるよね」
今のユキはどこからどう見ても可愛い可愛い女の子にしか見えない。
そう、“ハル”にしか見えない。
「よくそんな格好して辛辣な言葉を吐けますね」
“ハル”は絶対そんなこと言わないぞ。
「ハルだって、口が悪くなる時はあったからね。一が知らないだけで」
自分の口の悪さは認めるんだな。
あー、コーヒー美味い。
「俺の口から言うまでもなく記録が残ってるだろ」
何の為のパソコンとモニターだよ、と研究室を指差す。
「何が嬉しくて妹と気に食わない男のラブシーンなんか見なきゃならないんだよ」
ユキはぷいっとそっぽを向いて拗ねてしまった。俺の苦労も知らないでとブツブツ言っている。これ以上機嫌を損ねられても面倒なので、謝っておくことにしよう。




