祐真くん 3
「ところで先生は、ここで何を?」
ここが先生の夢の中ならば、先生が夢だと気付く何かを探さなければならない。
「ああ、妻とね……」
先生が視線を向けた先には、レストランにいたもう一人の人物。
「先生、奥さんいたんですね」
ある程度の予想はしていたが、初めて聞いたように話を合わせる。
「ああ。君達の担任をしていた頃から既に妻とは一緒だったんだ」
「奥さんと一緒に遊んでいるあの子は、先生のお子さんですか?」
「……、ああ。そうだよ」
奥さんの隣には小さな手をどろどろにしながら、一生懸命に砂山を作る男の子がいた。先生の様子が少し変な気もするが、それ程気にすることでもないか?
「名前は何て言うんですか?」
「名前? 名前はユウマだ。僕の祐一の祐と、ああ妻は真理って言うんだけどね。妻の真を合わせて祐真。ベタだけどね」
「祐真くん、ですか。素敵な名前ですね」
「ありがとう」
先生は相変わらず優しそうな顔で笑っている。愛しそうに二人を見つめている。なのに、その瞳は憂いを帯びていて、奥の方でゆらゆらと揺らめいていた。
「先生、何か俺に言いたいことあります?」
その瞳が気になって思わず聞いていた。先生の瞳を真っ直ぐに見て、決して逸らさないようにじーっと見つめ続ける。そんな俺に堪えきれなかったのか、先生は真理さんに視線を送るとぽつりぽつりと話し始めた。
「妻は、昔から体が弱くて、子どもを産むことができないんだ……」
「え。でも、祐真くんは?」
「ああ、祐真は……」
先生はその後に続く言葉を言わなかった。そして一緒に遊んでいる真理さんと祐真くんを見ながら悲しそうに笑った。
「もともと体が弱くてね、彼女自身色んなことに引け目を感じていたんだろうね。僕に対しても……。何かある度にごめんなさい、ごめんなさいって謝って。事の大きさで言うとそんなに大したことなんて殆ど無かったんだ。だけど、精神的にも揺れてしまうことが多くてさ」
先生は話している間もずっと真理さんと祐真くんから目を離さない。
「僕は君も知っての通り、教師という職業の割にはしっかりしていないし、どちらかと言えば抜けているし。ポカをやってしまうことの方が多かった。普段はね、彼女の方がしっかりしているし、逆に僕の方が迷惑をかけてしまっているくらいだから。だからね、彼女が引け目を感じる必要なんてないんだ。僕はとっても彼女に助けてもらっていたから。彼女のことを愛していたし、今も勿論、愛してる。だから一生懸命アプローチして、彼女と結婚したんだ」
祐真くんは砂場で遊ぶのに飽きてしまったのか、今は真理さんとボールで遊んでいる。その光景を愛しそうに見つめながら、先生は話を続けた。
「子どもは無理かもしれないって覚悟はしてたんだ。彼女も僕と結婚する上で、その事をすごく気にしていた。それでも僕は彼女と一緒にいたかったから、気にしないでいいよって伝えていたつもりだった――」
“真理、僕は君とずっと一緒にいたい。二人でずっと一緒にいよう”
先生は真理さんと約束していた。この先二人で生きていくことを。どれだけ病院通いが続いたとしても、自分が彼女を支えていくことを。そして信じていた。子どもがいなくても彼女と二人でなら幸せになれるんだと。
しかし、二人の気持ちは全く同じというわけではなかった。真理さんは子どもが欲しかった。自分達の子どもが。子どもが大好きな先生を父親にしてあげたかったのだ。
「一度だけ。彼女のお腹の中に命を授かったことがあったんだ。とても喜んだよ、真理も僕も。でも、彼女の体はそれに堪えられなかった。体調が悪い時が続いて流産してしまったんだ」
そういえば、彼女のバッグを調べた時に見たあの御守り。
――そうか、あれは水子供養の御守りだったのか。
「そのショックも重なって、どんどんどんどん鬱ぎ込んでしまって。僕がどれだけ言葉を並べても彼女に届いている気がしなくて……。壊れていった……。彼女はいつからか他人の子どもを連れて帰って来るようになったんだ」




