分岐点
ここに来れば、すべてがわかるはずだ」
そういって刺した場所は、俺たちが数時間前まで普段通り過ごしていたアパートだった。
大家さんの言葉に、俺は生唾を呑んだ。彼は俺の知らない何かを知っている。周りに広がる地獄の如き光景の原因も、俺たちの命が狙われた理由でさえも。きっと彼が指さす『そこ』へ行けば、すべての合点がいくのだと。直感的にそう感じ取っていた。
「これは、何の根拠もない推測です。大家さんは、ウォーカーの事、ダイゴさんの事もずっと前から知っていたんじゃないですか?」
答えは返ってこなかった。しかし、彼は俺の推測を否定する素振りを見せようともしなかった。
「その答えもここにある。君にはそこですべてを話すつもりだ。一刻も早くそこへ向かおう」
俺は口を閉じ、大家さんの後をついていった。まずは駐車場に停めた車を取りに行くのだという。
時刻は明け方。いつも通りに昇ってきた太陽の日差しが、荒廃した街を照らし始めた。その光景を目の当たりにし、胸がきつく締めつけられる。親元を離れ、独りで暮らし始めたこの街は、早くも俺にとっての第二の故郷となっていた。暖かい周りの住人のおかげもあり、この街が好きなのだと思い知らされたのだ。そんな街が、今となっては荒れ果てている。
そして、まだ浅い付き合いではあるが、数少ない学友の顔も浮かび上がった。今すぐ彼らに安否を問う電話を掛けたいが、大家さんの指示に従い、掛けるの止めた。
「君の気持ちはわかる。親や友人に報せを送りたいだろう」
「・・・取り敢えずは後回しにします。まずはアパートに行くことが目標ですよね」
「つらいがそれが最適解なのだ。まずは生き延びる事。きっとこの先、何よりも重要になるだろう」
駐車場につき乗ってきた車に乗り込む。街の住人の殆どが避難したため、早朝のドライブの道中はやけに静かなものだった。
「お兄ちゃん・・・ダイゴさんは?」
車中、静寂を切り裂くようにユイちゃんが口を開いた。問いに対する答えを悩み、思わずサオリさんの顔色を窺った。彼女はすべてを察したようで、手を口元に持って行ったが、溢れ出る涙をグッと堪えると、娘に優しく語り掛ける。
「ダイゴ君はね、私たちを置いて独りで行っちゃったのよ・・・酷いよね」
「そうなの・・・?ダイゴさん酷い!」
「そうだね・・・酷い人だ。一人だけ逝っちゃったんだから」
そこからは何かが突っかかった様に息苦しくなり声が出なかった。改めてダイゴさんの死を実感し、何も知らないユイちゃんに悟られないよう声を殺して咽び泣いた。前に向き直り、兄貴分の死を弔う。
数分後、何事もなくアパートへ到着した。しかし、残っていたのは燻ぶった骨組みだけ。俺たちの家は、全焼していた。
「全部燃えちゃった・・・」
ユイちゃんが悲しそうに呟く。見れば、健気に涙をこらえていた。幼いながら強い子供だと思った。
「私たち、これからどうすれば?」
「リュックも置いてきちゃいましたよ?食べ物もありませんし・・・」
「わかっている。こっちだ」
道を示す大家さんについていった先は、誰も使っていない空き部屋だったはずの焼け跡だった。瓦礫をかき分けていると、床に明らかに異質な存在感を放つ鉄の扉が現れた。
「これって・・・?」
「この中だ。この中に、君の知りたい事のすべてが詰まっている筈だ。そして、この中に入る前に、みんなに知って置いて欲しいことがある」
「私の前職は、戦場カメラマンであり、この中には戦地で実際に体験したことを記す情報が眠っている。・・・そして、私の正体は政府管轄の極秘工作員だ」
彼の正体を知り、すべての蟠りが解けた気がした。カオスな状況でも冷静な思考を保つ精神力や、初老にしてはそぐわない行動力。よく見れば、彼が纏っているのは脂肪ではなく硬い筋肉だと気付いた。
通りで、たった一人で危険極まりない建物内を徘徊し、自衛隊が持っていた銃の取り扱いにも精通している訳だ。
「誰も来ない内に入ってくれ、此処には国家機密の情報もあるんだ」
地下へ続く扉を解錠し、彼は俺たちに中へ入るよう催促した。
重厚な鉄のハッチを開け、階段を下りるともう一つ扉が現れた。鍵穴は無く、ダイヤルロック式の扉だ。
「この中を第三者に知られるわけにはいかないからな。セキュリティは万全にしとかないといけないのだ。・・・だがもう守秘義務を果たす必要もないだろう」
カチカチとダイヤルを操作し、ロックが解除された。
「さ、入ってくれ。決して広いとは言えないが、地表のどこよりも安全だ」
そういって、大家さんは扉を開けた。隠し部屋の壁はシンプルなコンクリートで四方を覆われ、広さは10畳程であり、小さなキッチンに一人用のソファ。硬そうなマットレスが乗ったシングルサイズのベットが存在し、入り口の隅には食糧・水・よくわからない部品等物資が山積みされていた。
中でもひときわ目立っていたのは、幾数の写真が張られた作業台だった。
「これは?」
紙テープで壁に貼り付けられていた写真の一枚を指し、尋ねた。
「私が戦地で撮影した写真だ。・・・渋澤君、君には知ってもらいたい情報だから近くによってくれ。美東さんにも事情はかみ砕いて説明するが、まずは君からだ」
美東親子に目配せして、俺は大家さんの近くに寄った。大家さんは俺一人に聞こえる様声のトーンを落として話し始める。
「ショッキングな画像だ。注意してくれ。これらの写真を撮影したのは3年前。丁度季節外れのインフルエンザが全世界で流行ったころだ」
「確か、5000万近くの患者が亡くなったとか・・・」
「そう。そのころ私は中東にいた。病原体の発祥地と言われていた場所にな。当時、中東は紛争状態にあった。私は戦場カメラマンとしての使命を果たすためにそこに滞在していた。これがその時とったものだ」
そういって、大家さんは机上に積まれていたファイルの山から一冊のファイルを抜き出し机に広げた。
そこには正規軍らしき統一されたサンドカラーの迷彩服を纏う兵士の写真や、捕らえられたテロリストの写真、銃弾を喰らったのか腹部から血を流す兵士の写真など、戦争の悲惨さを伝えるには十分なものが綴られていた。
「でも、これが一体どうしたというんです?俺たちが襲われた理由と何の関係が?」
「関係ないさ。直接的にはな。本題はこれからだ」
大家さんは黒いファイルを広げ、中から3枚の写真を取り出した。
「これは!」
「そう、体育館でも遭遇した感染者たちだ。こいつらは3年前から存在していたのだ。君も耳に挟んだことはあるだろう?世界各地で『市民が市民を襲う事件』が発生したことは」
「ええ。でもそれが公に出てきたのは1年前からじゃ・・・」
「それまではテロリスト達が野犬に襲わせた残虐行為としてどうとでも隠し通せた。だが、恐らく送還された兵士の中に感染したものも居たのだろう。そいつらが故郷に戻り、感染が発症して被害が広がった」
新たに1枚の写真が目の前に出された。
「うっ・・・」
それは思わず目をそむけたくなる光景だった。それは人としての原型を留めておらず、人だった肉塊に過ぎなかった。
「ここまでで、君の疑問はこうだろう。感染者の存在が隠蔽されていたのは何故か。そして、襲われた理由は?何の関係があるのか」
「・・・教えて下さい」
「先ず、体育館に現れた自衛隊、あれは単なる駒に過ぎない。そしてその上にいるのは、『オシリス』という会社だ」
「オシリス・・・!?・・・それってアメリカの大企業の!?」
「ああ。悪魔の病原体であるサマエルを使い、新たな医薬品を作り出した、単なる研究所あがりのあそこさ」
オシリス社とはサマエルを使って新薬を開発し続け、史上類を見ない速さで世界トップクラスまで上り詰めた大企業だ。エジプト神話に登場する神の一柱の名を冠する世界の救世主とも言える大企業であり、アメリカに本社を置き各国に支部を構える多国籍企業と聞いている。
給与、福利厚生、将来性、どれをとっても最高峰であり、エリートならこぞって就職を目指す程らしい。世界中の投資家からの投資の総額も何十億を超えるという。
「話が見えてこないんですが・・・一体どういう事なんです?なぜオシリスがそんなことを?」
「・・・この感染は、所謂ウィルス感染。そして、そのウィルスを作ったのはオシリスなのだ。奴らは何らかの理由、恐らく軍事利用にでも発展させようとしていたのだろうが、実験場である中東の戦場で感染者の異常性が見つかったから、その存在を封印しようとした」
「・・・じゃあ、俺たちを始末しようとしたのも?」
「徹底的に感染を止める為だろうな。・・・奴らは事態の収束のためにはどんな手でも使うだろう。ゴキブリを徹底して駆除するために殺虫剤を振りまくる様にな」
「・・・でも、政府がなにか対策をとるんじゃ?国民が殺されるのを黙ってみているんですか?」
「政府は役に立たん。オシリスは裏に隠し持つ軍事力においてもトップクラスだ。本国アメリカを凌ぐほどにな。逆らおうにも返り討ちにあって余計に死者を募らせるのが関の山だろう」」
「・・・じゃあ俺たちはどうすれば・・・」
顔を俯かせ唸る。拳を硬く握り、何もできない自分の無力さに悔しさを募らせた。
大家さんは肩に手を置いた。その手は確かな温もりがあったが、小刻みに震えていた。
「・・・君は無謀と笑うかもしれないが、私はオシリスの駒と化した政府の軍隊と戦うために、仲間を集うつもりだ」
「え・・・?」
一瞬、彼の言い放った言葉の意味が解らなかった。大家さんは、理解に苦しむ俺を余所目に机の上に地図を広げ、マーカーでとある地域をまるで囲んだ。
「ここは、都心ヒルズ?」
「そうだ。ここを本拠地に、仲間を集い、互いに手を取り助け合い、自衛の力を手に入れるのだ。私たちは、誰の手も借りず、自分達だけでこの世界を生き延びるのだ」
都心ヒルズ。200メートルを超える超高層ビル内には、ありとあらゆる商業施設や共同住宅、学校なんかも存在する。のろまな感染者にとって、高層ビルの階段は苦手だろうし、人の出入りが激しいヒルズなら生き残った人間がいてもおかしくない。
水耕栽培なんかも、準備を整えさえすれば実現できるだろうし、立てこもる為の拠点としては十分だろう。
「でも、どうやってそこまで行くんです?車で行こうものなら、あっという間に取り囲まれますよ!」
「確かに、人口密度の高い都心は、ここらのような住宅街と違って感染者であふれているだろう。だからこそ、徒歩で行く。生き残った人間たちと結託し、武装して都心を目指し、いざとなればヒルズ内の圧倒撃滅も行う」
「・・・俺は反対です!いくら何でも危険すぎる!第一、どうやって仲間を集うっていうんです!」
「無線を使う。ラジオ放送をするための簡易的な設備もここにはある。東京を覆うほどの範囲に放送は流せる。ヒルズ内の通信設備も確保出来たら、全国にラジオを流し難民を集う」
「・・・どれくらいの規模が集まるのか見当はついてるんですか?」
「中東の感染被害の広がり方から、恐らく日付が変わるまでには東京の半数は感染するだろう。もしくはそれ以上かもしれない。日常的にラジオを持ち歩いている人間も殆どいないだろうから、1000人程度だろうな」
「・・・死ぬかもしれない危険を冒してでも、やるべき事なんですか?」
「少なくとも、私はこれが最善手だと考えている」
俺の問いに、大家さんは力強く答えた。きっと、彼がそういうのだから、そうなのだろう。俺は彼の後ろをついていき、彼の指示通りに動く。それが生き延びるための最善手だと理解していた。理解していたが、
「・・・出発はいつなんですか?」
「一週間後だ。それまで一人でも多くの生存者を集う」
「・・・時間をください。俺に、この世界を生き延びるための術を教えてください!」
俺の導いた結論は最善とは言い難い、独りで生きていくための力をつけるというものだった。
投稿さぼった(自戒)




