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始まりの日END

・・・意識が朦朧とする。視界が揺れ、ピントも定まらない。あれは誰だ。知らない人間が4人・・・どうでもいい。というか、此処はどこだ。俺は客席で寝てたはずだ。俺はいまどこにいるんだ。水が飲みたい。体が熱い。大家の爺さんが居る。サユリさんも居る。ユイちゃんも居る。カズキはどこだ?・・・まぁいいか。


・・・なんだ?なんでみんな、こっちを眺めてるんだ?そういや、口元がやけに生暖かい。ああ、鼻血が出てるのか。耳のなかが風呂上りの時みたいにジュクジュクしてる。なんだか、口元が淋しいな。何か食べるもの。腹が減ってんだ。肉。肉だな。肉がいい。


・・・肉。肉。肉。肉肉肉肉肉肉肉肉。肉を寄越せ!!なんでも良いから!!早く!!


・・・うるせぇな。カズキのやろう、なに暴れてんだよ。一喝しなきゃな。・・・ていうか、なんだこの手、誰だよ。俺を後ろから羽交い締めにしてんのは。ああ、大家の爺か。




・・・・・・・・・もう、どれでもいいわ。




息を切らしながら更衣室に辿り着き、バリケードの隙間を通って俺は吉報を持ってきたつもりで中に入った。


「見つけました!出口!地下用具室の窓から外に出られます!早く逃げましょう!」


ばっと大家さんがこちらに振り返る。そして、髭に隠れた口が開く。きっと、俺が持ってきた報せに対する称賛の嵐だろう。




「渋澤君、そこを離れろ!!!」




その声に気を取られ、はっとしてから視界に移ったのは、こちらに飛び掛かってくるダイゴさんの姿だった。容体が良くなったのかと思ったが、どうやら様子がおかしい。

鼻と耳から血が垂れ流しになって、目は真っ赤に充血している。


「うわっ!!」


俺は反射的に顔をガードした。だが、いつまでたっても衝撃は来ない。見れば、大家さんが必死にダイゴさんを羽交い締めにして食い止めていた。


・・・この症状。そうだ。俺が見た、混乱の原因とそっくりだ。


そう理解すると、俺はとっさに口を開いて、


「逃げろおおお!!!みんなあああ!!!」


と叫んでいた。


その場に混乱が訪れる。パニックになった密室は阿鼻叫喚の渦に飲み込まれ、少なからずの生き残りの本能は最大限の警鐘を鳴らした。


大家さんがダイゴさんを食い止めている間に、精一杯の力で踏ん張り、更衣室の進路を阻害していたバリケードの隙間を押し広げる。生き残りの人間は一目散にそこから抜け出し、廊下に躍り出た。そしてそこに運悪く出合わせた自衛隊の捜索隊。逃げ惑う生存者、狂暴化したダイゴさん、こちらを射殺しようと動き出す自衛隊。様々な事象が重なり合い、ここは一瞬にして地獄と化した。


「生存者発見!発砲準備!」

「駄目です!死角に入りました!」

「!! 物音が更衣室から!誰かいます!!」

「田村!私と来い!残りは彼らを追え!見つけ次第拘束せよ!」

「「「了解!!」」」


指揮官と思われる男の号令とともに、幾重の足音が重なり合う。もう逃げ場はない。俺は更衣室に取り残されてしまった。廊下から聞こえてくる迫りくる2つの足音。部隊の内2人はこちらの制圧に当たる様だ。残りの人数は何人かは知らないが、足音の重なり具合から少なくとも5、6人はサオリさんたちを追いかけているはずだ。俺は覚悟を決め、この2人だけでも足止めすることを選んだ。


「ぐっ!このォ!」


「大家さん!!」


しかし、こちらはこちらでピンチに陥っていた。大家さんの羽交い締めを逃れたダイゴさんが、完全に理性を失って飛び掛かったのだ。大家さんは地面に押し倒され、その上にダイゴさんがのしかかる。ダイゴさんは目の前に映る首筋に噛み抜こうと迫り、大家さんは決して噛み付かれまいとダイゴさんの喉に自分の腕を押し当て距離を保っていた。

そして、その場に自衛官2人が介入する。


「うおおおおお!!」


強引にバリケードを蹴破られ、ロッカーが大きく傾く。俺は重厚なロッカーに押しつぶされる前にその場を離れることで下敷きという悲愴な運命を回避した。

しかし、咄嗟の行動で尻餅をついてしまう。突入してきた自衛官は銃口を突き付け、転んだまま俺は死を悟った。


「感染者!?撃て田村!こいつらを殺せ!」


このまま何もしなければ、俺たちは脳天に風穴を開けられ死んでしまうのだろう。抵抗できず、されるがままに、3人とも。だが、そんな運命を上書きするように俺の生来のしぶとさが働いた。

雄たけびを上げながら瞬時に跳ね起き、こちらに銃口を向ける片方の軍人に無意識に体当たりをかましていたのだ。恐らく指揮を執っていたであろう厳格な中年自衛官は俺の突飛な反撃に虚を突かれ、手に持っていた小銃を手放し、更衣室の扉まで放り投げた。


「た、隊長!」


「何をしている!撃たんか!!」


きっと新人であろう自衛官は、想定外の事態に狼狽えた。俺はその隙を逃さず、上官のヘルメットを掴んで持ち上げ、硬いコンクリートの地面に叩きつけた。そんな攻撃はヘルメットが衝撃を吸収して効果がないのだろうが、俺の頭はアドレナリン全開で正常な思考は働いていなかった。


「うおおおお!!」


成り行きでヘルメットには守られていない顔面に本日2度目の拳を思いっきり叩きつけると、鼻の骨が折れたのか、その上官は血を流して悶えた。

そしてそのまま田村と呼ばれていた自衛官の腹に向かって前蹴りを入れると、彼は吹き飛ばされロッカーに激突。衝撃でロッカーは彼の悲鳴に被さるように倒れ、田村自衛官を下敷きにした。俺はしてやったりと嗤うと、以前ピンチである大家さんを救出に向かう。


大家さんが俺を護ってくれた時と同じく、ダイゴさんを後ろから羽交い締めにし、大家さんを救出する。


「大家さん逃げて!!」


「止むを得んな・・・!」


俺が必死に食い止めてる中、大家さんの髭が少し湾曲した。そして、ダイゴさんの顎と後頭部を彼の腕ががっしりと掴むと、

カコッ!!という軽やかな音ともに、ダイゴさんの首が90度に曲がった。

そして、激しく抵抗していたダイゴさんの体は糸が切れた操り人形のようにするすると俺の腕をすり抜け、そのままピクリとも動かなくなった。


「はぁ・・・はぁ・・・ダ、ダイゴさんは!?一体何をしたんですか!?」


「頸椎を折った。ダイゴ君なら脊髄損傷のダメージでどのみち助からない」


「・・・どのみちって・・・!殺したんですか!?どうして!?というか、さっきから一体何が起きてるんです!?」


質問に対し、大家さんは淡々と答えを出すのみ。俺はそんな彼の態度に無性に腹が立っていた。目の前でダイゴさんを大家さんが殺害したこともあるが、俺の目の前にいる初老の男が何者かわからなくなったようで不気味に感じ、動物の本能的に威嚇行動をとっていた。


「それなら、この方に聞く方が確実だろう」


そう言って、大家さんはもう片方の自衛官を指さした。


「くっ・・・来るな!」


上官であるほうの自衛官は、這いずって自分の小銃を取りに行こうとしたが、素早く回りこんだ大家さんによって小銃を取り上げられてしまい、丸腰になった。


「お、大家さん!」


大家さんは取り上げた小銃を一瞥すると、銃床を肩に構え、無防備な上官におもむろに銃口を向けた。俺は彼がまた人を殺めるのではと感じ取り、制止を呼び掛けた。だが、彼は意外とすんなり丸腰の自衛官を見逃すと、小銃から弾倉を抜き取り、銃側面のレバーを引いた。薬室で出番を今か今かと待ちわびていた弾丸は、役目を果たすことなく排夾口から飛び出しチリンチリンと軽快な金属音を鳴らして床を跳ねた。


「これでこの銃は弾を撃てない。覚えておくといい」


あっけに取られる俺を余所に、大家さんは抜き取った小銃の弾倉と発射不可能な小銃本体をその場に落とした。そして新たに田村隊員の落とした小銃を拾い上げる。


「な、なにをする気だ!」


上官が叫ぶ。俺は大家さんの今まで見たことがない一面に言葉を失っていた。当の本人はというと、再度銃床を肩に構え、狼狽える彼に尋問を始めていた。


「ダイゴ君のことを”感染者”と言っていたな。どこまで知っている?」


「・・・上からの命令だ・・・感染が広がる前に被害を最小限に食い止めろとのな」


「・・・自衛隊直属の上司か?」


「それ以外に何があるっていうんだ・・・!」


「・・・作戦の詳細は?」


「・・・感染した際の症状を映像で見せられた。これに類似するものを含み、同様の行動をとったものは確認次第射殺せよと言われていた。当の私たちだって何が何だかわからないんだ!事実、訓練もまともに受けていない新人も駆り出され、御国の為だ、と問答無用で民間人を射殺することも疑問でしかない!」


銃口を突き付けられ、上官は早口に答えた。今にも彼を撃ち殺さないかとひやひやしていたが、大家さんは少し考える素振りを見せると、銃口を下げ銃の安全機構を操作し、小銃を上官に返した。上官はそれを杖代わりに起き上がり、小銃を軽く点検していた。

俺は先程の彼らの会話の真意がわからず、話に割り込む隙も無いまま呆然と突っ立っているだけだった。一体何がどうなっているのか、それを大家さんに問い質そうとしたとき、遮るように倒れたロッカーの隙間から声が発せられた。


「うぅ・・・隊ちょ・・・ォ!・・・」


「田村!大丈夫か!!」


上官はロッカーに下敷きになった田村自衛官を救出に向かう。俺は大家さんに彼らを手伝う代わりにここから逃がして貰うよう交渉することを提案した。


「・・・解った。渋澤君、彼を助けるぞ。・・・・・・彼らは私たちを殺そうとしていたが、正直に話してくれたおかげで裏が見えてきた」


大家さんは何か別の思惑があるような意味を孕んだことを呟いたが、ひとまずそれは置いておいて、目の前の人命の救助に当たることにした。

少しの格闘の末、田村自衛官は窒息死する前にロッカーの下から引きずり出された。運よく命に別状はないらしい。俺はそのことに安堵し、咄嗟のこととは言え命の危険にさらしたことを詫びると、田村自衛官は「お互い様だ」と言って水に流してくれた。


「・・・助けた理由は見返りが欲しいからか?」


田村自衛官を介抱していると、上官のほうから声をかけてきた。


「・・・ええ。俺たちを逃がしてほしいんです。助けた礼として」


「・・・・・・気持ちは解る。だが、感染の疑いがある者をここから出す訳にはいかないのだ。被害の拡大を防ぐためにもな」


そう言って交渉を切り捨てた上官の無線に、別部隊からの通信が入った。彼は一言断ると、無線通信に応じる。


「こちら城木。・・・・・・・・・分かった。全員その場で待機だ。私が行くまで発砲するな。・・・・・・ああ、こちらは・・・・・・・・・誰も居なかった。すぐにそちらへ向かう。アウト」


彼は俺たちの存在を無かった事にしてくれたらしい。こちらをチラリと見やると、通信を切り長いため息を吐いた。


「こうでもしないと、無線の内容から本部にお前たちの存在が知られてしまうからな。・・・少年。残りが居るところまで案内しろ。秘密の脱出口に向かったのだろう?そこに私の部下も、お前たちの仲間も居るはずだ」


「あ、はい」


「田村、前方を警戒し感染者を視認した際は報せろ。殿は私が勤める」


城木自衛官の指示に従い隊列を組み、俺たちは目的地の地下用具室へと向かった。

いつの間に感染範囲は拡大していたのか、最初に通った時とは違い、フラフラと彷徨い歩く人型の何かがそこらじゅうに蔓延っていた。


「城木さん。あれが・・・?」


「ああ。殲滅対象である感染者どもだ。我々はその行動的特徴を鑑み、奴らを「ウォーカー」と呼称している。まぁ、一概にゾンビと言っても間違いではないだろうがな」


城木自衛官は、この先生き残るための情報として、ウォーカーの特徴や傾向について、作戦会議で伝えられた事から少しだけ教えてくれた。

感染は経口、または粘膜が主であり、血液による感染も危険だそうだ。つまり、感染した肉を食ったり、ウォーカーに噛まれたりすると一発アウト。転化の可能性は低いが、ウォーカーの血液が口や目などから体内に侵入すると、場合によってはアウトらしい。

活動を止めるためには脳や脊髄を破壊すれば良いらしく、今回の制圧には遠距離から安全に、確実に動きを止められる『銃』が用いられたと言う。


「隊長、右の通路にウォーカーが3体。こちらに気付いていません」


「視認した。前方のウォーカーを処分次第、全員迅速に移動するぞ」


パン、と乾いた銃声が響き、中年男性のようなウォーカーは前のめりに沈んだ。俺たちは銃声を皮切りに小走りで移動し、さっさと死体の脇を通り過ぎる。


「もうすぐそこです。」


「警戒しろ今の銃声で寄ってくる残党が居るやもしれん」


間も無くして、脱出口である地下用具室の壁際に座らされ銃を向けられているサオリさん達を発見した。


「隊長!指示を・・・っ!?」


銃を構え、発砲準備を済ませていた隊員の一人がこちらに気付き、そして俺たちの姿を見て驚きの表情を見せた。


「待て。こいつらなら大丈夫だ。・・・全員直ちに帰投するぞ。準備しろ」


「何!?それってこいつらを見逃すってことですか!?」


「我々の命令は感染者・及び感染の疑いがある者の殲滅だ。責任なら私がとる。貴官らも、これ以上無差別に民間人を殺すのはつらいだろう」


それから少しの間部隊内での口論は続いたが、俺たちを逃がすという結論に落ち着いた様で、彼らは帰投の準備を開始した。


「良かったのか?」


大家さんが城木自衛官に尋ねる。彼は少しため息を吐いた。


「田村を助けてくれた礼だ。それに、最後の最後で罪滅ぼしがしたかったのかも知れん。だが、此処からは我々の助けは無いし、他の奴らに見つかれば問答無用で殺される。そして努々忘れるな。恐らく、此処を抜けても()()()()だぞ」


「・・・・・・それって「わかっている」」


どういう意味か訊こうとすると、大家さんの言葉に遮られ、そこで会話は途切られた。

最後に城木自衛官は部隊の配置を伝えると、地下用具室から部下を引き連れて姿を消してしまった。


「良し。全員ここから出よう。急げ、べつの部隊が来る可能性がある」


大家さんの号令で、俺たち幸運な生き残りは体育館を脱することが出来た。そして、みんなでこれからについて話し合った。俺、大家さん、美東親子のアパート民と、家族だという残りの生存者で二手に分かれ、彼らは自分の家へ向かうそうだ。彼らの無事を祈り、後姿を見届ける。


残った俺たちは大家さんの指示に従うことにした。


「これから、どうするんですか?」


「まずはある場所へ向かう」


大家さんはハザードマップを広げ、目的地を指さした。


「そこって・・・」


俺の疑問を見透かしたように、大家さんは口を開いて気がかりな言葉を発した。


「渋澤君。君はこの状況について知りたがっていたな。・・・ここに来れば、すべてがわかるはずだ」


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