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始まりの日2

西口から大家さん達の元へ戻り、俺たちは待機場所を変えた。広いが街の住民でごった返した1階のメインコートではなく、2階の観客席へと移動する。階段から2階へ上がり、広めの通路に運んできたブルーシートを広げる。学校の運動会で団体さんがよく使っているような大きさで、スペースは十分にある。6人全員が横になっても余裕があるようだ。シートの上に腰を下ろし大家さんたちが受け取ってきてくれた配給を食べ始める。この街は人口がそこそこ多く一人当たりの配分が必然的に少なくなってしまった為、育ち盛りの俺にとっては内容がパンとおにぎりとお茶では少し物足りなく感じた。大家さん曰く、想定より早く備蓄が底をつきそうなので、これから先は配給が年配者や小児に優先的に行われるらしい。その為俺たち大人には配給を後回しにせざるを得ないとの事だった。俺は不満は残るが仕方ないと割り切り、お詫びでもらったと言うゼリー飲料の封を切り、大事に少しずつ飲んでいく。

 

「まぁいざとなったら俺が持ちこんだ非常食がありますし、何とかなるんじゃないスか?それに、食料も無くなるだけじゃなくいずれはつぎ足すと思いますし」

 

 俺は缶詰、インスタント食品がしこたま詰められたバッグをポンと叩いた。この中には500ミリリットルの水が数本入っている。人間食事無しでも3日は生きられるというし、水があればギリギリ1週間は生き延びられるといわれているので、これでひとまずは大丈夫だろう。

 

「なぁ、カズキ・・・そん中水あるか?」

 

 細々と掠れ、弱弱しく声を発したのはダイゴさんだった。そういえば、さっきから体調を悪そうにしている。俺は早速出番が訪れたリュックの口を開いて水を取り出した。ダイゴさんはそれを受け取ったが、キャップを開けようとしない。どうやら熱による影響で指先に力が入らないらしく、代わりにペットボトルの蓋を開けてからダイゴさんに手渡した。

 

「ダイゴさん、ほんと大丈夫ですか?さっきから調子悪そうですし」

 

 見かねた大家さんがダイゴさんを観客席のベンチに座らせ、背中をさする。今にも嘔吐しそうな様子を見て、俺はダイゴさんの額に手を当てた。

 

「大丈夫かね、ダイゴ君」

 

「大分熱が高いです。体温計が無いので正確な値は出ないスけど、40度は越えてるんじゃないかと」

 

 大家さんが、ダイゴさんをブルーシートに横にならせ上から毛布を被せる。

 

「カズキ君、ひとっ走り頼めんか?スポーツドリンクと、氷を取ってきてほしい。きっとどこかしらに自販機が置いてあるはずだ」

 

「わかりました」

 

「大丈夫?ダイゴ君・・・」

 

 サユリさんもダイゴさんについてくれる様だ。俺は二人に看病を任せ、自販機と製氷機のある1階ラウンジまで駆けた。

 

 この体育館は、町の小中高生が競技大会の試合で使うような製氷機やそれを観に来た父兄や観客が軽い飲食が出来るコミュニティスペースが設けられており、製氷機も同じ場所に置かれている。俺はそこへ赴き、製氷機から氷をビニール袋1つと、自販機からペットボトルのスポーツドリンクを2本買い、両手に抱えながら足早に大家さん達の元へと戻った。


 しかし道中、遠方のほうからやってきた避難者たちの列によって足止めを食らってしまった。ダイゴさんには大人二人がついてくれているし、心配はないだろうが、それでも早く戻るに越したことはない。だが、ようやく到着して疲れている避難者を押しのけてまで戻ることはできない。俺は歯がゆい気持ちを押し殺し、列が進むのをまった。


 独り順番を待っていると、どこかのグループの会話が耳に入った。それが気になる話題だったので、さりげなく聞き耳を立てて会話を盗み聞く。


「聞いたか?アイツ、弟に噛み付かれたんだって。それも首元に」

「それマジィ?怖いなぁ・・・」

「マジのマジ。なんかさっきメール来てさ。その弟が高熱出してうなされてて、看病してたらしいんだよ。何度かゲロってたみたいでつきっきりだったらしい。そしたら急に、がぶうっ!!」

「うわっ!!?急に来るなよ!」

「ハハハ。でさ、ちょっとしたらまた寝込んじまったらしくて。その間にこっちについて、今は救護室にいるらしいぜ?待ち合わせしてっから、あとから会いに行こうな」


 そんな会話を盗聴していると、少し前に起きた事件を思い出した。ヨーロッパで起きた暴行事件。その詳細を思い出そうとしたが、その前に前方の人だかりが解消され、思考を後回しに、まずはすぐさま大家さん達の元に戻った。

 

「すみません!お待たせしました!」

 

 ダイゴさんの傍に駆け寄ると、すぐにスポーツドリンクの封を切り、彼の口元に飲み口を近付ける。少し煽らせ、ダイゴさんが水分を摂取出来たのを確認すると、そのまま大家さんが車に積んでいた毛布をダイゴさんにかけた。

 

 さらに、氷の入ったビニール袋に水を少し流し込んでから低温火傷対策にタオルで包みんだ簡易的な氷嚢を作り、額に当てる。

 大家さんをはじめとする手厚い看護に、大分楽になったのか、ダイゴさんは弱々しく感謝の意を述べるとそのまま糸が切れたようにブルーシートの上に横になり、そして死んだ様に深い眠りについた。

 

「どうやら、ただの二日酔いじゃないみたいだね」

 

 枕がわりに重ね折にした手拭いをダイゴさんの頭に挟ませ、大家さんが呟いた。小さなため息を吐き、そこに疲労が混じっている。


「調子はどうです?」


「だいぶましになったな。今もすっかり寝入っている。ただ・・・」


 言葉を濁し、大家さんは長そでのシャツの袖をまくった。

 そして、そこに浮かび上がっていた歯型の傷に、俺の心臓は小さく縮み上がった。 


「さっき、すこし噛まれてね。恐らく高熱のストレスで攻撃的になってしまったんだろう。すぐに離してくれたし、冷静になったら謝ってもいたしね」


 それでもやっぱり痛みは残っていたのか、痛覚を和らげようと患部をさすっていた。

 俺はその光景に固唾をのみ、思考を反芻させる。「高熱」「噛み付く」「すぐに落ち着いた」という3つのキーワード。さっきのグループの会話の状況と酷似していることに気付いた。そして携帯を取り出し、検索プラットフォームから過去に起きたはずの類似事件の記事を探す。


「・・・やっぱりそうだ・・・」


 どうやら予感は当たっていた。3月に起きたヨーロッパ全域で発生した事件の詳細と、殆ど同じなのだ。高熱を出してうなされていたものが、突然近くのものに噛み付いた事件。一種の狂犬病かと推察されたが、原因は解明できず、掲示板では攻撃的になる呪いだとか、麻薬中毒が引き起こした悪影響だとか根も葉もないいい加減な推測が飛び交った。

 

「大丈夫?お兄ちゃん」

 

 普段はあまり使わない思考回路を稼働させたお陰で、パンク寸前だった意識を、少女の声が引き戻した。

 

「うん、平気だよ」

 

 心優しいユイちゃんの心配にぎこちない笑顔で返し、リュックから天然水のペットボトルを2本取り出し片方の封を切る。封を切った方をユイちゃんに手渡し、水分補給を促すと彼女はそれに従った。

 

 俺はそれを見届け、自分も水分を補給するとSNSのタイムラインを眺めた。

 

「・・・・・・大規模な火災・・・狂暴化した市民・・・」

 

 大々的な見出しが書かれた書き込みと、それに対する返信を指でスクロールしていると、ユイちゃんが視界の端で舟を漕ぎだした。

 

「ねむい・・・」

 

 時刻は午後15時半。避難所に到着したのが午後13時位だったので、2時間以上ここで待機している事になる。次の炊き出しがあるのが18時なので、眠そうに目をこするユイちゃんを少し寝かせようと、彼女に軽い睡眠を勧めた。

 

「ユイちゃん少し寝な?・・・サオリさん」

 

「はいはい」

 

 同じく観客席のベンチに腰掛けていたサオリさんを呼び、ユイちゃんをサオリさんの元へ返した。彼女は大好きな母に身を預けると、瞼を閉じて寝る体勢に入る。慣れない状況の中、心労が溜まっていたのかユイちゃんはすぐに寝息を立てて深い眠りに落ちた。

 

「毛布はダイゴさんが使ってますし・・・これで勘弁して下さい」

 

 そう言って、俺は着ていた上着をユイちゃんの毛布代わりに掛けた。寝入ったユイちゃんの代わりにサオリさんが御礼を言って、大丈夫ですよ、と返す。

 

 俺も疲れた精神を労おうとベンチに腰掛け瞼を閉じる。程よくやってきた睡魔に意識を預けようとした時、館内のスピーカーからキーンと甲高いノイズが発せられた。それによって沈みかけていた俺の意識は表層に引き揚げられ、眠りに入りかけていた脳は再度覚醒を強制された。

 

「皆さん!今、都内全域で大規模な火災が発生しており、同時に豪雨を伴う雲が近づいています!外は非常に危険ですので、鎮火が済み、雨が止むまでは係員の指示に従って下さい!」

 

 大き過ぎる音量で耳鳴りを発生させたのは、どうやら役所の重役らしき人の様だ。ずんぐりと太って禿げた頭がそれっぽい雰囲気を伴っていた。

 

 俺は覚醒してしまった意識のまま、次の配給が始まる午後18時を待った。

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