始まりの日
初めまして。この度は「異世界に転生してチート能力を授かって何不自由なく過ごし、美少女に囲まれながら無双する」というテンプレが流行っているこのラノベ界隈で、「(殆ど報われない)努力、裏切り、挫折」⇒『成長』をテーマにしたものがどこまで行くことが出来るのか、という純粋な好奇心から執筆を開始・投稿いたしました。
「ニーズに合わない」「こんなのが見たいんじゃない」という意見を頂きそうな試みですが、いつもとは一味違う小説が読んでみたいな、ぐらいの気持ちで流し読みして頂いて構いません。拙文・遅筆ではありますが、無理なくマイペースで進めていきたいと思います。何卒よろしくお願いします。
―――忘れもしない、2026年8月15日。それまで穏やかだった俺の日常は、突如音を立てて崩れ落ち、今までの非日常が、俺の日常へと置き換わった。
非日常の発端は2023年6月ごろから流行った「季節外れのインフルエンザ」だっただろうか。突然世界各国で蔓延した謎の変異インフルエンザウイルスは、発症すると40度を越える高い発熱と嘔吐下痢を伴い、延べ5000万人(日本でも30万人)を死に至らしめた。中には発狂し他者に攻撃する者もおり、世界中の人々を恐怖の渦に陥れた。
だが、そんな悪魔のウイルスもWHO(世界保健機構)が先進国中の英知を集い開発したワクチン「パナケイア」によって発症は完全に無効化された。この謎の病原体はイスラエルに伝わる死の神「サマエル」の名を付けられ、研究者はそれを培養し研究用の試料として用いるようにもなった。さらに、アメリカのとある研究所では、この細菌が受容体となることで不活性状態だった細胞と同化し、あらたな免疫細胞に進化することが発見され世界に新たな希望を見出した。それによってサマエル細胞を基にしたワクチン開発に期待は高まり、WHOもそのアメリカの研究所を中心として研究開発に着手することになった。研究所は世界からの期待に応えようという一心で研究に勤しみ、日を増すごとに有効性のある新薬を次々と開発。それまで不治の病と言われていた病気も完治できるようになり、その研究所はたった一年にして莫大な利益を上げ、世界トップクラスの大企業へ上り詰めた。
しかし、順調だったはずのワクチン開発は、突如これ以上の成果が見込めないとの理由で、それまでの開発計画がすべて中止され、試料として使われていた「サマエル」もすべて廃棄処分になった。当然、不可解な出来事に世界は疑問を抱き、事態の究明を急いだ。だが結局はわからず仕舞い。世界同時中継で大々的に放送された釈明会見でも先述の理由での一点張り。不信感を抱かせつつ有耶無耶なままで終わってしまったが、世間はそれを受け入れた。だが、もしかすると、この時の世界の判断が、のちの煉獄に続く旅路の最初の一歩だったのかもしれない。
1年前の8月6日。先の一件を忘れた頃に、米国の西海岸にて、暴徒と化した住民が近隣住民を襲う事件が各地で発生した。これは世界中で話題になり、ネットやSNS、テレビニュースはこの話題で持ちきりだった。今思えばすでに運命の歯車は回り始めていたのだろう。だが、その先に待つ未来も、歯車が回り始めた事実でさえも、俺たち人類は知る由が無かった。故に、もうこの時点で修正は手遅れだったのだ。
翌年3月18日。イギリスをはじめとするヨーロッパ各国にて、先述と同じような暴動事件が広範囲において多発した。国防軍も出動する事態にまで発展した今回は、流石に世界は混乱を隠し切れず、日本でも全国に警戒勧告が出る程の騒ぎに発展した。だが、人類という種族は根本的に愚かであるのだ。痛みを忘れた頃に、また同じ過ちを繰り返す。
そして、すべてが変わった同年8月15日。日本にも類似した事件が全国で発生した。でもそれは、画面越しに見た景色とは似て非なるもの。肉眼で見た光景には、血の匂いが鼻につく、鈍い曇天が空を覆う地獄と化していた故郷だった。
省みれば、俺が第一に執った行動はあの阿鼻叫喚の中で限りなく最適解だったのだろう。
『俺』こと、都内の高校に通うしがない一般人『渋澤 カズキ』は夏休みの真っただ中。部活のない休日を誰にも邪魔されず(もともと親元を離れ一人でこの安いアパートに暮らしているので、俺の一人の時間を邪魔するのは宅配のお兄さんぐらいなのだが)、ひたすらに惰眠を貪っていたのだが、その日は近隣住民のやけに煩い怒鳴り声で目を覚ました。喧騒に苛立ちながら何事かと窓を開け、寝ぼけ眼の目に飛び込んできたのはまさしく地獄絵図と化した街並み。いつもは脳が覚醒するのに時間がかかる俺だが、その時は嫌でも脳がばっちりと冴えてしまっていた。
火事、なのだろうか。黒煙が立ち昇る家屋は一つ二つではない。見渡す限り延々と続き、景観は黒と灰色で構成されていた。ほとんどモノトーンと化した景色に目を凝らすと、どこかしこで喧嘩のような、取っ組み合いのような騒ぎが起きていた。俺はすぐさまテレビを点け、充電してあったスマホを手に取り只今の現状と一致するはずの記事を探した。
やはりそうだ。俺の予感は正しかったようだ。最近話題になった世界中で起きた暴動事件。それとほとんど一致している。
俺は窓から外を覗き、一番近くの大きい火事を探した。幸いなことに400メートルは離れていたが、それでも見つけた大火事は赤々とした火が密集した住宅を呑み込みつつあった。
俺はすぐさま避難の準備に取り掛かった。通学用に使っている大きなリュックを逆さにし、中身を床にぶちまけた。少なからず入っていた教科書ノートがバサバサと音を立て床に広げられ、中身が空になったのを確認すると、常備してあった非常食、水を隙間なくパンパンに詰め込んだ。そして、衣装ケース内のウエストポーチに携帯、財布、身分証明書、充電器を仕舞い、非常用に備えていたガスコンロやランタン、モバイルバッテリーが詰められたボストンバッグをからい、避難準備万端で外に出ようとすると、玄関の扉をどんどんと強く叩く音がした。
「渋澤君!起きてるか!?」
男性の大声が扉越しに耳に入る。俺はすぐに玄関を開けた。
「良かった・・・起きていたんだな・・・」
「大家さん!」
この眼前に立つ年配の男性は、俺が借りているアパートの大家をしている人だ。独り暮らしを始めた当初から俺に良くしてくれ、トレードマークの白い口髭もあって地域住民からも慕われるちょっとした有名人となっている。
今のような緊急時でもこんな俺を気にかけてくれる、とても親切な人だ。
「すぐにでも避難所に向けて出発したい、君も早く下に降りて来てくれ!」
額に脂汗をにじませているのを見る限り、老体に鞭打って急いで避難勧告を出してくれたのだろう。この人の聖人っぷりには重々感心させられる。
「はい。あと20分もしない内にここも燃え移ります!すぐに行きましょう」
階段を降りてすぐの駐車場に向かう。避難時の集合場所はここなのだが、俺が一番乗りだったようだ。おとなしくここで待機することにする。ここのアパートに住んでいるのは大家さんを除く4世帯。母子家庭と社会人なりたてほやほやのリーマンといつも小汚い引きこもりと強面だが根は優しい兄貴分の兄ちゃん。それぞれが集合場所であるここにやってきた。
「お兄ちゃん!」
幼げな声が聞こえ、まず最初に小さな女の子がやって来た。俺はしゃがみ、小走りでやって来た少女の頭を軽く撫でる。
「ユイちゃんか。泣かなくて偉いね」
「うん!だってママも一緒だし怖くないよ!」
「カズキ君!良かった・・・無事だったんだね」
「ええ、さっきまで寝てたんですがね。騒がしくて起きたらコレですよ」
この2人、先述の母子家庭の母娘である。母親の方が『美東 サオリ』。娘の方が『美東 ユイ』という天真爛漫な小学5年の女の子だ。この2人も大家さんと同じくらい交流が深く、サオリさんにはよくお裾分けを譲ってもらう仲だ。俺はそのお返しとしては何だが、ユイちゃんの遊び相手になってあげている。サオリさんも年が近いのもあって、俺を信頼してくれている。別にロリコンでもないので、手を出したりは絶対にないのだが。
因みに、父親とは早くに別れたらしい。ユイちゃんが産まれて間もなく別の女性と浮気し、泣く泣く離婚となったそうだ。その後の連絡のやり取りはとっていないそうで、ユイちゃんの養育費もサオリさんが賄い、今まで女手一つで育ててきたそうだ。
俺と美東母娘が待機していると、そこに髪を金髪に染めた作業服姿の若い男性が来た。
「よう」
「ダイゴさん!」
俺は右手を軽く上げ、挨拶を交わす。彼の名は『近江 ダイゴ』。鋭い目つきやガタイの良い体格が災いし、その風貌からヤクザやチンピラと間違われ恐れられるが、根は優しく男気に溢れた我らの頼れる兄貴分だ。これと言って特筆すべきことが無かった為割愛するが、作業着姿なのを見るに、夜間工事が終わって帰宅したままだったのだろう。彼の眼の下には薄っすらとクマができていた。
「ったく、これから寝ようと思ったのによ・・・」
「死んだら元も子もないんスから、もう少し我慢してください。避難所に行ってから寝ればいいじゃないスか」
「さっきから頭も痛ぇし・・・気分も悪いし体も怠い・・・」
ダイゴさんは愚痴を吐きつつ、作業着の胸ポケットから煙草を取り出し、内一本を咥え火を点けた。そもそも、気分が優れないのに煙草は悪化させるだけだと思うが。
「近江君?体調が悪い時に煙草はダメよ?」
「あ、ハイ!」
サオリさんが物腰柔らかに注意すると、ダイゴさんは手癖で咥えていた煙草を地面に落とし、作業靴のつま先でぐりぐりと種火を消火した。それを見たサオリさんがポイ捨てを注意すると、吸殻をもっていた携帯灰皿の中にしまった。紹介し忘れていたが、ダイゴさんはサオリさんに頭が上がらない。理由は、サオリさんの美しい美貌にやられているからといえば、簡単だろう。
いつもは頼れる兄貴分だが、サオリさんにペコペコ頭を下げてるのを見ているとまるで別人のようだとつくづく感じていた。
しばらくすると、大家さんが戻ってきた。そのあとに続いて、薄汚い根暗な青年がやって来る。
彼の名は『阿漕 タク』。髪は伸び放題でフケが散らかり、前髪で隠れた瞳は光が灯っておらず、見るからに人生に挫折した典型的な引きこもりといった感じだ。他人との関りを全く持とうとしないため、彼がどんな人物なのか全く知らない。唯一知っているのは、引きこもって年中ディスプレイと向き合っている事ぐらいだ。
「あと一人、大野君は仕事で家を空けていた。彼はきっと仕事先で避難しているだろう。我々は今すぐ街の避難所に向かおう」
ここにはいないあと一人の住人の名は『大野 マサト』。社会人二年目、大卒、阿漕さんとは違ってこの先を期待をされた好青年だ。どうやら、彼は都内の方に出張しているらしく、このアパートには吉か凶か不在のようだった。
俺たちは大家さんの号令の後、大家さんが運転するワゴン車に乗り込み、災害や大火事時の緊急避難場所に指定されている体育館へ出発した。俺は助手席に乗り、ここ近辺の災害マップを広げ、大家さんをナビゲートする。
とは言っても、幼少からこの街で育った大家さんに道案内をする方が野暮というものだが。
「・・・・・・酷いな・・・」
俺はガラス越しに街の光景を再度目の当たりにし、言葉を漏らした。避難警報が響き渡り、街中の家という家から火が上がっている。俺は急な疲労感を感じ、座席にもたれかかって目を閉じた。
―――10分程意識が飛んでいた。どうやらその間眠っていたらしく、気が付けば俺たち一行は避難場所である体育館に到着していた。
「全員、降りて中に入ろう」
大家さんの指示に従い、俺たちは各々の荷物を持って車を降りた。そしてその足で体育館へ向かう。
体育館の正面玄関は行列が出来、そこでは役所職員による炊き出しが行われていた。俺たちは西口から館内に避難し、荷物を一か所に纏め、職員の指示があるまで待機していた。
この街の体育館は途轍もなく大きい。プロのバスケットボールやバレーの試合が行われたりする程だ。当然、その分観客を大勢動員できるように客席も二階席まであり、この街の人口がすべて入ってもそこそこ余裕がある。以前は今より全然小さかったが、前市長の方針により、スポーツの招致活動の為と災害時の避難場所として改修工事が行われた。我らが兄貴分のダイゴさんもこの改修工事には作業員として駆り出された事もあったらしい。
俺は立ちっぱなしも何なので、床に座り込んでスマホからネットニュースを眺めていた。トップニュースは日本各地で起こっている火災や暴動事件で一面覆われており、それだけ事の重大さを物語っているように感じた。そんな中、館内放送のチャイムが鳴り、選挙で聞いたこともあるような市長の声が響き渡った。
「住民の皆様へご連絡致します。只今大規模な火災が発生しており、外は大変危険です。皆様の身の周りの安全が確保できるまで、役所職員の指示に従って行動してください。繰り返します・・・」
ガヤガヤとした館内全体に行き届かせるためだろうが、それにしても大きすぎる放送が耳を劈いた。
「みんな、今日は家に帰れそうもないようだな。というわけで、取り合えずここでの生活の準備を整えよう。私とサオリさん、タク君は配給を貰いに行く。カズキ君とダイゴ君はブルーシートと毛布を持って来てくれ。どちらも私の車の中に積んでいる筈だ。万が一のために備えておいて良かった」
「わかりました」
この状況でも自らリーダーシップを執り、冷静に判断できるのは年の功といったところなのだろうか。俺は大家さんに素直に感心し、彼の指示に従った。
配給で人だかりのできた正面玄関を避け、入ってきた西口から外に出た。そのまま真っすぐ駐車した所まで戻り、止めてあった大家さんの車から毛布とブルーシートを降ろした。
「うっ・・・流石にそろそろ限界・・・カズキ、俺は戻ったらひとまず寝るわ」
「あんまり無理しないでくださいよ?」
帰り際、明らかに顔色が悪いダイゴさんは吐き気を訴えた。俺はさっさと睡眠を取ることを勧めたが、どうせいつもの二日酔いだか睡眠不足だかで気分が優れないのだろうと思っていた。普段不規則な生活をしている彼だから、いつもと変わらず杞憂で終わると、タカを括っていた。
だがそれが、俺の日常を非日常へと変貌させた発端となる出来事に繋がるなんて、当時の俺は微塵も感じていなかった。すぐにいつも通りの生活に戻れる等という淡い希望は、この日の夜、水泡となってはじけ飛ぶのだった。




