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新生活

一ヶ月以上も経てば、人類の適応力というものはそれ相応の力を持っているものなのだと思い知るだろう。


この稼業を初めて2か月。だいぶ脚力にも自信がつき、伴って登攀力も養われたと自負しているのだが、如何せん東京のビルというものは昇りにくいに越したことはない、と少年は思いを侍らせていた。


ヒルズの三階。殆ど彼しか使っていないような奇怪な入り口に到着すると、彼は足の踏ん張りを強めて一気によじ登った。


「よっと」


商売道具でもある脚を揉み解し、一息ついたところで彼は背負っていたリュックを下ろした。そして、入り口と化している窓の横に丸められている縄梯子を窓から放り投げて展開する。しばらく待機していると、一人、また一人と息を切らしながら計3人の若者が昇ってきた。


彼ら4人の内3人は、東京都心にそびえるヒルズを拠点として生活するコロニー『Shangri-la』のメンバーである。彼らは、とある少年を監視する者として、または教えを請うものとして少年に同行していた。


「・・・はぁ、はぁ、よくこんなに走れるなお前・・・」


「・・・まあ慣れですよ、慣れ」


「置いていくのはよしてくれよ・・・渋澤」


3人に渋澤と呼ばれる少年。彼の本名は渋澤カズキといい、東京を中心に活動する『運び屋』である。かれは先程まで、Shangri-laのメンバー3名とともに、依頼として投下物資の回収に向かっていた。


世界中にウォーカーと呼ばれるアンデッドが蔓延し始めてもうすぐ2ヶ月。彼の運び屋として仕事は、大きく2つの依頼をこなすことが主となっていた。


1つは、渋澤と面識のあるShangri-laのリーダーが依頼する物資の調達。これは投下物資の回収のみならず、時には指定された薬草の調達や、過去の遺物の調達などを任されることもある。

そしてもう1つは、各地に小規模な拠点を置く無法者「レイダー」達のから収められる上納品を、レイダーを牛耳る極道組織、『豪王会』の事務所に届ける事だ。


彼は依頼を無線でやり取りし、報酬は彼が必要とするもので賄われる。その取引は彼自身の公正な価値観により行われるが、彼の確実な仕事ぶりと、仕事を済ませるまでの速さが評判を呼び、依頼は常に後を絶たない。彼の望むものさえ与えれば、どんな仕事も選ばず、確実に、そして自分はノーリスクにものを運べるという利点もあり、彼の運び屋としての商売は軌道に乗っていた。


現に、彼がアジトとして使っている湾港付近の第二倉庫には、彼が運び込んだ生活用品やその他家具の他に、仕事の報酬で手に入れた食料や水の段ボールが常に10箱も積まれている。


時に彼はトレーダーとしてその物資を売り渡り、豪王会相手に銃の取引を行い、その銃をShangri-laへと割引価格で流すことで食料を着実に増やし続けた。

彼は運び屋としての実力だけで商売を成功させたのだ。


次第に彼のもとに運び屋見習いとして仲間が集まり、今では3人体制で物資の管理、依頼の整理、輸送を分担して行っている。彼らとは同じ第二倉庫で寝泊まりし、Shangri-laのリーダーから譲ってもらった無線機を使い、様々な事業に手を出し始めていた。


いま、彼が行っているのはShangri-la専属の運び屋の育成である。彼らは仲間内からスカベンジャーと呼ばれ、主に渋澤無しでの物資の調達を行うためのグループだ。彼らはShangri-laのリーダーの方針により野外活動を行うメンバーとして好待遇を約束され、健康な若者を中心に数を増やしつつある。


そんな彼らの育成をひとまず終えて、渋澤はリーダーが待つ7階への階段を上った。


「お待たせしました。物資はいつものトコに預けときますね。西垣さん」


「いつも助かるよ。渋澤君」


西垣。このShangri-laを率いるリーダーは、渋澤にとっての師であり命の恩人であり、親同然の存在である。もとは渋澤の住んでいたアパートの管理人であり、住民からは「大家さん」と呼ばれ地域住民から広く慕われていた。渋澤も以前は大家さん呼びをしていたが、彼が西垣のもとを離れた事やアパートが燃え、立場が大家でなくなった事もあってか、いつしか名前で呼ぶようになった。


「収穫は?」


「食料と水を少し持ってきました。残りの分はクレートごと移動してカギをかけてます。場所はいつもの公衆トイレの男子便所、入って二つ目の個室です」


「わかった。後から数人で取りに行かせる」


スカベンジャー達は、常に最も重要なものを持てるだけ頂き、残りはいつもの隠し場所へ隠している。二度手間にはなるが、スキルを信頼された彼らが最低限の物資を確実に入手することは、たとえ回りくどくとも譲れないものだという、西垣の方針によるものだ。それが全員が生き延びるための方法であると彼は信じ、仲間もまた、彼を信頼していた。


「頼まれていた病人用の薬と食事の不足分はどうにかなると思います。あと、クレートの鍵です」


「報酬はほんとに要らないのか?」


「ええ。大丈夫です」


渋澤は断ったが、西垣は年上としてのメンツもあってか、電力がなくなった今では少し貴重になった良く冷やされた飲料水を渡した。渋澤はそれを礼を言って受け取ると、一気に半分ほど飲み干してしまう。やはり走ったあとの冷たい水は何物にも代えがたい。10月に差し掛かり季節は秋へ移ろうとはしているが、まだまだ暑さが残る今の時期。火照った体を冷やすには冷水が一番だ。


「じゃあ、俺はこの辺で。彼らにもゆっくり休ませてあげてください」


「ああ。気をつけてな」


渋澤は、西垣の部屋を後にした。すれ違ったヘロヘロな若者たちに別れの挨拶を告げ、その足で5回の居住階層へと下りる。居住階層は、もとはホテルだったところをそのまま転用し、エントランスは共同の談合スペース・キッチンとして使用している。


渋澤は502号室を訪ねた。今の時間なら、ここの住人は中にいるはずだ。彼はドアをこんこんとノックし、

親子の名をよんだ。


「あら、いらっしゃい」「お兄ちゃん!来てくれたんだね」


「お邪魔します」


502号室に住んでいる親子、美東サオリ・ユイ親子は、渋澤を快く迎え入れた。三人は、西垣が管理人をしていたアパートの住人同士である。彼女ら親子は、決断を渋っていた渋澤の背中を押したり、別々の道を歩むことになっても気にかけ続けたりと、渋澤にとっての心の支えとなる役目を買ってくれていた。


両者は互いに信頼しあい、高度な信頼関係を築きあげていた。


「いい子にしてた?」


「うん!今日は、みんなのご飯つくるのお手伝いしたよ!」


「おお!えらい!」


お互い一人っ子だった二人にとって、渋澤は兄のようであり、ユイは妹のようであった。渋澤はそんな可愛い妹のためにとってきたお土産を渡すために、背中のリュックに手を突っ込み、中からピンクのウサギのぬいぐるみを手渡した。ユイのお眼鏡には適ったようで、あからさまに両目をキラキラさせてぬいぐるみを抱きしめ笑って見せた。


「いつもいい子にしてるから、ご褒美」


「ありがとう!」


「いつもごめんね?」


「いえ。片手間にですから、問題ないっす」


サオリと少し世間話を交わし、20分もしない内に渋澤は502号室を出た。リュックの中身を確認し、整理をしてから、入ってきた3階の窓から梯子を伝って地上に降りる。


結局、ヒルズ周辺の制圧は叶わなかったらしく、ウォーカーのうめき声や特有の異臭は辺りに充満している。渋澤は靴紐を堅く締め、一気にトップスピードへ加速しながら駆けだした。

美東親子ルートは無いです(先手必勝)

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