第九話 おばあさんの林檎と閃きの果実
次回は10月15日(木)AM1:00に第10話更新予定です!
シャルはボスから投げ渡された銀貨を見つめていた。
(この銀貨を千倍にする方法か……どうすりゃいい?)
ウェルザー王国の通貨は十進法だ。
銅貨十枚で白銅貨一枚、白銅貨十枚で銀貨一枚。
その上には白銀貨、金貨、白金貨と続く。
前世の感覚で言えば、銅貨一枚が十円、銀貨一枚が千円、白金貨一枚なら百万円といったところか。
つまり、シャルは一週間で百万円を作れと言われているようなものだった。
シャルがぶつぶつと独り言を言いながら外に出ようと踵を返すと、オランジュが引き留めた。
「おい。今日は少し大人しくしとけ」
「……どういう意味ですか?」
「外の邪魔者共を追っ払ってやる」
(そうだった。俺は騎士達から逃げるためにここに交渉に来たんだった)
シャルはオランジュとの交渉に必死になりすぎて騎士達のことをすっかり忘れていた。
「とりあえず寝泊まりする場所くらいは用意してやる。飯は自分でなんとかするんだな。……それと、耳は隠していけ」
オランジュはそう言うと、シッシッとまるで目障りだと言いたげにシャルを追い払った。
シャルが案内された場所はアジトの倉庫で、窓はなく、室内はうっすら魔鉱石によって照らされているだけ。
ベッドは勿論、布団もない。
シャルは内心溜め息を吐いたが、オリバーの別邸よりはマシかと思うことにする。
まだ最大の難関を突破出来ていないものの、別邸からの脱走、逃走劇、そしてマフィアとの交渉、この数日の間に極度の緊張を強いられる状況が続いていたシャルは、久しぶりの安心感に深い眠りへと落ちていった。
◾️◾️◾️◾️◾️
翌朝、改めてお金を増やす方法を考えてみるが良い案が浮かんでこない。
どれだけ労働をしても一週間では金貨一枚にも満たないし、投資しようにも元手が足りない。
だから自分で新しい何かを生み出すしか方法がなかった。
そのためには誰がどんな悩みを抱えていて、どんな需要があるのか?
どんな物やサービスがあって、何が無いのか?
とにかく現状を把握しなくては話にならない。
そこでまずは腹ごしらえも兼ねて街で聞き込みをすることにした。
(アイラックから少しお金を貰っておいて正解だったな。とりあえず一週間はなんとかなりそうだ)
アジトを出て路地からこっそりと大通りを覗き込むと、オランジュが言ったように、騎士達はすでに居なくなっており、普段通りの日常を取り戻しているようだ。
まずシャルは昨日の串焼き屋に向かう。
「おじさん、串焼きを一本」
「あいよ。白銅貨二枚だ」
「ありがとう。ところで聞きたいことがあるんだけど、何か困っていることはない?商売のことでも、それ以外のことでも」
「あん?なんだ藪から棒に?……そうだなあ……」
串焼き屋の店主は特にこれといった困り事は無いようだったが、代わりに困っていそうな果物屋のおばあさんを紹介してくれた。
―――――
「おばあちゃん、林檎をひとつ」
「あいよ。白銅貨一枚さね」
「うん、ありがとう。そういえば、串焼き屋のおじさんからおばあちゃんが困っているかもしれないって聞いたんだけど、何か手伝えることはある?」
「困っていることかい?……そうさねえ、あたしゃもうこんな歳だろ?最近荷物を運ぶのが大変でね。仕入れをするにも、店頭に商品を並べるにも力が入らなくて苦労してるよ」
(ああマジか……そういう困りごとか。これじゃ金になんないな。……でも俺年寄りに弱いんだよなあ……)
シャルは自分から困った事を聞いたがために、何もせずその場を去る事に罪悪感を覚え、結局その日一日はおばあさんの手伝いをして終わってしまう。
ーーーーーー
「いやあ助かったよ。お礼にお駄賃をやるから春風亭でご飯を食べるといい」
「そんなつもりで手伝ったわけじゃないんだけど……でもありがとう。せっかくだから機会があったら食べに行くよ」
(収穫なしか)
シャルは無駄に一日を過ごしてしまったと後悔しながらアジトへ戻り、おばあさんの店で買った林檎を齧りながらその日を終えた。
次の日もその次の日も街全体を見て回り、聞き込みもしてみたのだが、お金を増やせそうなアイデアが湧いてこない。
(残り四日しかないのにどうしよう?このまま何も出来ずに終わったら殺されちゃうのかな?)
急に不安と焦りが込み上げてきてその日はなかなか寝付けなかった。
◾️◾️◾️◾️◾️
「ボス、今日もあのガキは何も出来ませんでしたぜ。露店のオヤジやその辺のババアに話しかけたり、情報を集めているみたいですが、特に進展はしていやせん」
「ふん。結局口だけか。そんなんでよくあんな啖呵切ったもんだ。まあいい。もし上手くいかなかったら、騎士達を追っ払った分とここに泊めてやってる分はきっちり精算してもらうさ」
「明日も見張りだけでいいんで?」
「ああ。どうせ何も出来やしねえよ」
下っ端の男から報告を聞いたオランジュはグラスを傾けながら鼻で笑うと、興味をなくしたようにタバコに火を着けた。
◾️◾️◾️◾️◾️
オランジュと交渉してから四日目。
シャルはこの街から逃げる算段を考え始めていた。
簡単に逃げられないと分かってはいるものの、精神的に追い込まれ、思考が後ろ向きになっていたのだ。
いつもなら前を向いて積極的に情報を取りにいくシャルが、今日は下を向いてトボトボと歩いている。
朝からただ街を歩くだけで、いつの間にか夕方になっていることにも気付けない。
すると、果物屋のおばあさんに声を掛けられた。
「おい、小僧っ子、そんなに暗い顔してどうしたね?何か嫌なことでもあったのかい?」
下を向きながら歩いているうちに、いつの間にか果物屋のおばあさんの店の前に辿り着いてしまったようだ。
「あ、いや、ちょっと考え事をしてたんだよ」
「あんたちゃんとご飯は食べているのかい?顔色も悪いし、ちょっとやつれたように見えるよ」
「ははは、そう見えるかな?でも大丈夫だよ」
シャルは力なく笑い、すぐにその場を離れようとする。
「ところで、春風亭には行ってみたのかい?美味しいもんを食べると元気も出る。まだ行っていないなら今から行っておいで!どうせロクに食べていないんだろう?」
シャルは立ち止まって振り向くと、おばあさんはまるで孫を見るような優しそうな目をしており、前世でおばあちゃん子だったシャルは少し心が温かくなり頬が緩む。
「わかった。これから行ってみるよ」
シャルは流れに身を任せてみることにした。
前世では上手くいかないことがあると、流れに身を任せるのがマイルール。
例え嫌なことがあっても抗わずに受け入れると、不思議なことに苦難を乗り越えることが出来たのだ。
そんな経験を思い出す。
春風亭に着き、扉を開けてみると結構な熱気に溢れていた。
定食屋かと思っていたが、酒場も兼ねているらしく、料理のいい香りと共にアルコールの匂いも薄らと漂っている。
カウンターの席に座り食事を注文して待っていると、酔っ払い客の大きな声が嫌でも耳に入ってきた。
「しっかし面白いことはないのかねえ?」
「面白いことって何よ?」
「ああ?例えば大人が楽しめる遊びよ」
「ギャンブルがあるじゃねえか?」
「ギャンブルなんてもう飽きたよ!サイコロ振るくらいで面白みもなんもねえ。ずーっと同じことやってても盛り上がりにかけるぜ」
「飽きたって言いながらしょっちゅうやってるじゃねえか!……つっても確かにサイコロ転がすだけってのもなんか味気ねえな」
「だろ!?俺はもっと知的な遊びがしてえんだ!こう、頭使ってよ、運だけじゃなくて、実力で勝てるような遊びよ!」
「バーカ!知的な遊びが出来る奴は知的な遊びを自分で開発するんだよ!」
そんなやり取りを聞いていると、シャルの心臓がトクンと跳ねる。
食事が運ばれてきたタイミングで、シャルはカウンターにいるマスターに質問した。
「マスター、ギャンブルって何するの?」
「ああ?坊主その歳でもうギャンブルに興味あんのか?」
「んー、あっちのおじさん達がそんな話をしていたから」
「そうだなあ、一番有名なギャンブルといえばサイコロを使ったもんだろうな。簡単だしどこでも出来る。ただシンプル過ぎて最近はあんまり人気がねえな。でもな、覚えておけ。ギャンブルってのは中毒みたいなもんだ。だからつまらなく感じても思わずやっちまうのさ」
(ギャンブルなんていつの時代もどんな世界でも一緒か……)
「もしサイコロ以外に面白いギャンブルなんて出てくりゃ中毒者続出だろうよ!この街はギャンブル好きが多いからな」
「なるほどね。他には?」
「あとは競馬だな」
「競馬!?」
「なんだ競馬なんて知ってんのか?あれは一般庶民には手が出せん。なんせ賭金が高いし、馬を走らせる場所も限られる。だからお貴族様や豪商くらいしか参加出来ないのさ」
「そうなんだ」
シャルは競馬に興味を持ったが金がかかるなら無理かとすぐに諦めた。
「最後にひとつ。ギャンブルってどこに行けば出来る?」
「ギャンブルが出来る場所は基本的にこういう酒場だ。ほら、そこに許可証があるだろ?いくら小僧だからって、酒場以外でギャンブルなんてやるなよ。許可証がないところでギャンブルをやると衛兵に捕まっちまうからな」
マスターは話し終えると、料理を作るために奥のキッチンへ引っ込んでいった。
一人になったシャルは、注文した鶏肉のソテーを咀嚼し、高鳴る鼓動を抑えながらニヤリと笑った。
(これならいける……)
少しでも続きが気になりましたら、下にある【ブックマークに追加】ボタンや【評価(★★★★★)】で応援して頂けると執筆の励みになります!
まだまだ拙い文章ですが、これからもっと上手い文章を書けるように努力していくので、応援宜しくお願いします。




