第二十二話 マスターの理念と思惑
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再度マスター室に戻って来てソファに腰を下ろすと、ランベールは机に置いてある呼び鈴を鳴らした。
するとすぐに一人の女性がやって来る。
「お呼びでしょうか?」
「ああ。紅茶を持って来てくれるかい?それと、紅茶はミスティに運ばせてくれ」
「はい。承知しました」
紅茶を頼んだ後ランベールは目を瞑り、急に口を開かなくなったため、シャルとセシリアも口をつぐんだまま時間が過ぎるのを待つが、会話をしてはいけない雰囲気を感じ少しだけ居心地が悪い。
紅茶を頼んでから数分が経っただろうか。
緊張感のある雰囲気を壊すように扉がノックされる。
「どうぞ」
扉がゆっくりと開かれると、そこにはカタカタと震える受付嬢が紅茶のトレーを持ちながら立っていた。
シャルは受付嬢に気付くと即座に立ち上がり頭を下げた。
「昨日は申し訳ございませんでした」
「ヒッ!!」
受付嬢は涙目になりながらもコクコクと頭を動かす。
「彼女は当ギルドの受付嬢ミスティだ。ミスティ、どうして君がここに呼ばれたか分かるかい?」
「あ、あの、いえ、その……」
ミスティはランベールの問いにしどろもどろになりながら答えた。
「昨日の件での……謝罪……でしょうか?」
「そうだね。ラヴィ君は君に頭を下げた。君は?」
ミスティは謝罪を要求されたことに、急に冷静さを取り戻した。
「は?え……?私が謝罪……ですか?」
ミスティは自分が悪いとは思っていなかったんだろう。
どうして自分が謝罪しなければいけないかを理解していなかった。
「はあ……前任のギルドマスターはどういう教育をしていたんだか……」
「あ、あの、お言葉ですが!私は悪いことを何もしていません!」
「でも君はあからさまに彼に差別的な態度を取っていたよね?ガンビー達とは違い、君はギルドの職員であって、来訪者を無碍に扱うことは許されないよ」
「そ、それは……でも彼はハーフエルフですよ!?それに隣の娘は獣人です!」
その瞬間ランベールの目付きが変わり、凄まじい威圧感が部屋を支配する。
思わずシャルとセシリアもその迫力に背筋を伸ばした。
「君は純粋な人間がそんなに偉いとでも思っているのか?」
「ひっ!……わ、わた、私はただ、当たり前の対応をしただけであって……」
ランベールは諦めたようにため息をつきながら威圧を解いた。
「はあ……分かった。とりあえず今は形だけでもいい。彼らに謝罪をしなさい。じゃないとギルマス権限で君を謹慎処分にする」
「…………わ、わかりました。昨日は申し訳御座いませんでした」
「と、いうわけだ。誠心誠意というわけではないが、謝罪を受け入れてもらえるだろうか?」
シャルとセシリアは思わず目を見合わせ、困惑した。
「あ、あの、謝罪は受け入れますが、どうしてでしょうか?」
「ああ、私は差別というか、人を見下す人間が嫌いなんだ。それに冒険者ギルドの受付として、人を見た目で判断してはならない。もしラヴィ君が超優良依頼を持ってきている人だったらどうするのさ?ギルドに多大な損失を与えてしまうよ?」
ランベールは笑顔でそう言うが、目は笑っていない。
「さて、ミスティ、謝罪を受け入れてもらえたようだから、君はもう下がって良いよ」
ミスティは、震える手で紅茶を応接テーブルに置くと、すぐに部屋から出て行った。
「さて、改めて私からも謝罪をさせてもらおう。君たちの対応に関して不快な思いをさせてしまった。申し訳なかった」
ランベールはソファに座ったまま二人に深く頭を下げた。
「ちょ、ちょっと頭を上げてください!俺たちは逆に謝罪をしに来たんですから」
「いや、さっきも言っただろう?私は人を見下す人間が嫌いなんだ」
ランベールは淡々と話し始めた。
「私は元Sランクまで駆け上がった冒険者だからね。そりゃあ世界中を旅して来た。そして同時に色んな人種の仲間とも一緒に闘って来たんだよ。エルフ、獣人、ドワーフなんかとね。みんな気の良い奴らだよ。そんな彼らが差別や侮蔑と闘ってきたのを間近に見て来たんだ。だから、人を見た目や生い立ちで判断する連中が許せないのさ」
ランベールは目を細めながら懐かしさを滲ませながら話した。
「それに冒険者ギルドというのは、国には属さない独立した組織だ。だから世界中、各地に支部がある。そんな歴史を辿っている組織だから、多くの人種がギルドに登録しているし、基本的にギルド内であそこまで露骨に差別をされることはないんだ。ただ、他国に比べて、この国は選民思想がどうも強い。各地を旅するような高ランク冒険者はそんなこと気にしないんだが、恐らくこのギルドの冒険者の多くは、この街から出たことがないんだろうね。この国の選民思想の影響を大きく受けている」
ランベールはどこか悲しげに話す。
「だから、これは私がこのギルドの代表として正式に謝罪させてもらう。とは言ってもすぐにこの状況を変えられるわけではないけどね」
シャルにはランベールの気持ちが嬉しかった。
心強い味方が出来たような気がしたのだ。
「それで、ラヴィ君、君がもしまだ冒険者の登録をしたいと望んでいるなら、冒険者登録をしても構わないんだがどうする?」
「ぜひ、お願いします」
「分かった。しかしそれには条件がある」
「条件ですか?」
「ああ。先ほども言った通り、冒険者登録をしていない君はギルド規則には抵触しない。だからギルドからの処罰はないが、暴行事件であることに変わりない。ここで衛兵に突き出すことも出来るけど、元はと言えばガンビーが先に手を出して来たのが原因だし、そんなことをしても誰にもメリットがないと思うんだ。ラヴィ君が冒険者登録をするというなら、三ヶ月間、依頼を無報酬でお願いしたい。これはギルドからの処罰ではなくて、私からの個人的なお願いさ。それが条件になるけどどうかな?」
シャルは考えた。
もし冒険者になるのであれば、この街に三ヶ月間は縛られることになる。
サンロータス子爵領には早く行きたいし、ただ路銀を稼ぐためだけに冒険者登録をしようとしただけなのだ。
するとセシリアが口を開いた
「ラヴィ!私もラヴィを手伝いますから大丈夫です!」
(え?セシリアは俺がこの条件でも冒険者登録するって信じているのか?)
「あ、いや、セシリア、俺はどうしても冒険者になりたいわけではなくて、目的地までの路銀を稼ぐつもりで冒険者登録をしようと思っていたんです……だから、その、三ヶ月この街に縛られてしまうのはちょっとどうかと思いまして……」
「あ……そうだったんですか……すいません。てっきり冒険者に憧れてこの街に来たと思っていたので……早とちりしちゃいましたね!」
セシリアは自分の勘違いに落ち込みながら、最後は気を使ったかのように無理矢理笑顔を作った。
(うわあ……どうしよう……。セシリアに申し訳ないことをしてしまった気が……。それにしても三ヶ月か……)
シャルは肉体的な成長に伴い、感情がようやく身体に追いついてきていた。
小さい頃のように、脳内にある情報と感情が乖離している違和感を殆ど感じなくなってきていたのだ。
そのため、常に前世の三十八歳の頭で物事を考えるようになっている。
(早くサンロータスに行きたい気もするけど……もう既に修行で六年も待たせてるもんな……。三ヶ月くらい大して変わらないか?それにここでアーサーの情報を集めるという手も……。セシリアにも何か恩返しがしたいし、ランベールさんも信用出来そうだし……)
シャルはしばし黙考し、ようやく口を開いた。
「分かりました。三ヶ月間の依頼無報酬、その条件を受け入れます」
そう答えると、セシリアが目を丸くし驚いたようにこちらを凝視していた。
シャルはその視線に気付きながらも、敢えてランベールから視線を逸らさず答えを待った。
「分かった。それでは決まりだね。ではこちらの紙に必要事項を書き込んでくれるかい?」
シャルは必要事項を書き込みランベールに渡した。
「じゃあこの魔水晶に手を置いて、少しだけ魔力を込めてみてくれるかい?」
シャルが魔水晶に手を置き魔力を込めると、薄らと赤く光り始める。
「あ、あの、これは何をしているんですか?」
「もう少し、もう少しだ。そのまま魔力を込め続けて」
魔水晶に手を置いてから二十秒ほど経つと、光は徐々に青に変わる。
「よし!これで終わりだ。この魔水晶は冒険者の魔力を記憶するモノでね。各冒険者ギルドに置いてある魔水晶と情報を共有出来るんだ。と言っても身元確認しか使えないんだが……」
(凄いな。どんな原理で情報を共有しているんだろう?)
「身元の確認というのはどういう時に行うんですか?」
「基本的には違う冒険者ギルドに行った時だね。依頼や拠点を移す時に、身元確認のために、この魔水晶で本当にギルドに登録されているか確認するんだよ。登録されていなければさっきみたいに赤く光るし、既に登録されていれば青く光るんだ」
その時ドアがノックされた。
「丁度いいタイミングだ。どうぞ、入って」
扉が開かれると、部屋に入ってきた職員がランベールに一枚の小さな封筒を手渡し直ぐに出て行った。
「はい。これがラヴィ君の冒険者カードだ」
「ありがとうございます。一つ疑問なんですが、冒険者カードがあるのにどうして身元確認が必要なのでしょうか?」
「基本的に冒険者は誰でもなれる職業だ。腕っ節が強い奴らは大歓迎さ!でも、スラム上がりや孤児院出身なんかだと身元が保証出来ないだろ?もしかすると間諜が紛れ込んでいたり、ギルドに害を成す人間がいるかもしれない。それに、ギルドカードを持っていると、様々なところで恩恵を受けることが出来るからね。冒険者と偽ってその恩恵にあやかろうとする輩もいるのさ。それを防ぐためのギルドカードなんだが、たまに偽装カードが出回る時があってね、二重の不正防止策ってわけさ」
(確かに住所や出自は任意での記入になってた。必須記入項目も少ないし、免許証や保険証も無い世界でこんな簡単に登録出来てもいいのか?って思ってたけどそういう理由なのか……)
「通常登録直後は仮の冒険者カードを発行するんだ。そして一定数依頼をこなして、信用されるとこうやって本登録が出来るようになるんだが、ラヴィ君は私が身元を保証するから本登録をやってもらったってわけ」
ランベールの説明が終わると、隣でモジモジしていたセシリアが言いにくそうに質問した。
「あ、あのう……私も本登録をして頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん?セシリアさんはまだ本登録をしていないのかい?依頼は何回くらい受けた?」
「え、えっと、大体五十回くらいです……まだ足りませんか?」
「は!?もう五十回も受けてるのかい!?」
ランベールは溜め息をついて、セシリアの本登録を承認した。
「普通は依頼を十回程度こなしたら本登録に進むはずなんだが……ここでも差別か。悪かったね。あとでセシリアさんも本登録をしよう」
「ありがとうございます……そもそも本登録のことすら知りませんでした……」
落ち込むセシリアをよそにシャルは封筒を開け、中から冒険者カードを取り出した。
「あの、これが冒険者カードですか?なんか重厚感があって新人冒険者に渡すには随分お金をかけてますね」
セシリアがシャルの手元を覗くと、そこには銅で出来たカードが握られており、狼狽しながら目を見開いた。
「ララララ、ラヴィ!これCランク冒険者のカードですよ!!」
「ん?Cランク?」
ランベールはニコニコしながら経緯を話してくれた。
「ラヴィ君、君は私と渡り合える程の実力者だ。経験は足りていないかもしれないが、それを差し引いてもAランクの実力はある。しかし、ギルマス権限で飛び級させられるのはCランクが限界なんだ。まあ君なら直ぐにBランクにはなれるだろうけどね」
「そういうことなら有難く受け取っておきます」
シャルは自分の実力が認められたことに嬉しい気持ちになったが、恥ずかしさから表情には出さなかった。
「というわけで、明日からはCランク冒険者として高難度の依頼を受けてくれたまえ!」
「「え?」」
ランベールはさも当然と言わんばかりに、満面の笑みで圧を掛けてくるのだった。
次回は11月6日(金)19:00の更新です!
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